街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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メルセデス (1980 – 2011)、その生涯の軌跡

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Photo(C) Aaron Sneddon

4月16日付けの投稿( 「スコットランドのメルセデス、とうとう安楽死が執行される!」 )で、イギリス・スコットランドのハイランド野生公園で飼育されていたメルセデス(Mercedes/マーセディス)が15日に亡くなったことを御紹介しています。その後イギリスにおいてこのメルセデスを追悼するいくつかの文を読み、やはり再度ここでこのメルセデスについて触れておくことにいたします。スコットランドの王立動物協会(Royal Zoological Society of Scotland)が発表したメルセデスの追悼文(“Mercedes: A very special bear ...”)を書いているダグラス・リチャードソン氏の文章は非常に素晴らしい追悼文です。メルセデスの生い立ちについては以前の投稿で簡単に触れてはいますが、今回のリチャードソン氏の追悼文で述べられているメルセデスの生涯の軌跡について、これを機会にあらためてやや詳しく御紹介しておきます。

メルセデスはカナダのマニトバ州のハドソン湾西湾地域で1980年の暮れ(もしくは81年初頭)に生まれました。メルセデスは成長の過程で自然と母親とは離れましたが食料を求めてチャーチルの街に出没するようになりました。そういったホッキョクグマに対する当時のチャーチルの対処方針は、「2回は許すが3回は許さない」、すなわち2回までは捕獲して遠くに離すことにするが3度目にまた出没すれば今度は射殺する...そういうものだったようです。出没したホッキョクグマがこれで何回目なのかを瞬時に判断するのは簡単ではないとは思いますが、体に数字の識別番号を入れられていたということです。メルセデスは2回捕獲され、いずれも街から離れた場所で解放されました。そして3度目..またメルセデスはチャーチルの街にその姿を現したのです。通常ならばメルセデスは射殺される運命でした。まさにそうされようとしていたとき、救いの神が現れました。それがイギリス・スコットランドの王立動物園協会だったのです。下の写真が彼女が1984年に3度目に捕獲された時の写真です。
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Photo:RZSS

同協会のカナダ側への要請でメルセデスは寸前のところで射殺の運命を逃れ、1984年1月19日にスコットランドのエディンバラ動物園に到着したのでした。その後25年間、このエディンバラ動物園が彼女の住処となったのです。彼女はこのエディンバラ動物園でバーニー(Barney)という雄のパートナーを得て、2頭の子供を育て上げました。最初の子供は1988年11月18日に生まれた雄のミンティ(Minty)でした。そして2番目の子供は1991年11月15日に誕生した雌のオホト(Ohoto)です。何を隠そう、この雌こそ南紀白浜のアドベンチャーワールドで飼育されているオホトです。この下の写真は彼女と子供の写真ですが、ミンティとの写真なのかオホトとの写真なのかは残念なことに不明です。
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Photo:RZSS

その後1996年11月19日に大変不幸なことにメルセデスのパートナーだったバーニーが亡くなってしまいました。その後のメルセデスはエディンバラ動物園で1頭で暮らしてきました。エディンバラ動物園における彼女の姿をまた以下に一つ御紹介しておきます。



このエディンバラ動物園でのホッキョクグマの飼育環境について動物保護団体などから、ほとんど言いがかりに近い多くの抗議があったりしたのですが、リチャードソン氏はそれには触れてはいません。メルセデスの次の住処、そして彼女の終焉の地となったハイランド野生公園に移動したのが2009年10月19日でした。彼女のエディンバラ動物園からこのハイランド野生公園への移動に関するTVのニュース番組、これはもう何度も御紹介していますが再度またご覧いただくのも悪くはないと思います。



彼女のハイランド野生公園における映像もいくつかすでに過去の投稿で御紹介していますので、ここでは以下だけを御紹介しておきます。



このハイランド野生公園のホッキョクグマの施設は自然を完全に取り込んで大変に広く、ここに到着したメルセデスは当初の懸念を払拭し、実にのびのびと生活できたようです。降り積もった雪や氷の張った池などにも大層喜んだ様子でした。この素晴らしい環境に目をつけたEAZAの要請によりオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園から2歳のウォーカーも2010年11月5日に到着しメルセデスと同居を始めた件についてはかなり詳しく御紹介してきましたのでここでは省きます。ウォーカーとメルセデスが雪に体を擦り付けている映像を是非またご覧になってみて下さい。開始後26秒から35 秒、41秒から48秒がメルセデスの姿です。特に後者の彼女の姿は実に美しくて素晴らしいです。


ウォーカーとの同居がメルセデスの負担にならないように飼育員さんも獣医さんも毎日彼女の状態を注意深くモニターしていましたが、やがて彼女の健康に異常が見られるようになり、それは日増しに悪化していきました。そして4月15日に「安楽死」という方法でこの世を去ったわけでした。彼女の健康が日に日に悪化していった状況についてもリチャードソン氏は述べていますが、それについてはここでは省略します(興味のある方は下の資料欄のリチャードソン氏の文章をご参照下さい)。

私には映像や写真などで見るメルセデスの姿は旭山動物園で昨年亡くなったコユキさんの姿とどこかで重なります。容姿だけではありません、メルセデスの老いたる体には、やはり若いウォーカーの登場は負担だったのではないかとも思います。旭山動物園でのサツキ(そして後にはルル)との予期せぬ同居が、老いたるコユキさんの体にも負担になっていたのではないかという感じがしたことと同じです。

このメルセデスの死についてイギリスで書かれたいろいろな追悼の文を読みましたが(ほんの少しだけ資料にあげてあります)、いかにイギリスという国の社会と文化の奥行きが深く、そして懐が深いかをも今更ながら改めて実感しました。「1頭のホッキョクグマに関するニュースによって、その国の社会と文化が見えてくる」これを再度実感したわけです。先日のクヌートの死に後でドイツでいろいろと書かれた文章と比較するとかなり違いますね。私には、その追悼の文章の質においてはイギリスのドイツに対する「圧勝」に見えます。
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Photo(C)RZSS

メルセデス...彼女の生きているうちに、どうしても会っておきたかったホッキョクグマでした。 再度、メルセデスの冥福を心より祈ります。

(資料)
Highland Wildlife Park ( “Mercedes: A very special bear ...” by Douglas Richardson)
Herald Scotland (Apr.16 2010 – “Hard to bear as Mercedes gets to the end of the road” by BRIAN DONNELLY)
The Scotsman (Apr.16 – “Farewell Mercedes, you very special bear” by CLAIRE SMITH)
NowPublic(Apr.15 2010 – “Mercedes the Polar Bear passes away at the Highland Wildlife Park” by Aaron Sneddon)
Aaron Sneddon co.uk (RZSS Project)
The Telegraph (Dec.17 2009 - A new home for Britain's last polar bear)
(過去関連投稿)
南紀白浜アドベンチャーワールドのオホトのお母さんメルセデス(写真)は健在!
ホッキョクグマの健康管理 ~ スコットランドのメルセデス(南紀白浜AWSのミライの祖母)の体重測定
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スコットランドのメルセデス、とうとう安楽死が執行される!
by polarbearmaniac | 2011-04-20 18:00 | Polarbearology

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