街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの cannibalism(同種食い) を考える

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Photo(C)Jenny Ross

ちょっと気になる記事と写真が公開されていました。アメリカの地球物理学会の総会で発表されたイギリスの写真家であるジェニー・ロス女史が極地(ここではノルウェーのスヴァールバル諸島)でホッキョクグマを撮影した写真のうちの何枚かです。 この写真は雄のホッキョクグマが幼年個体を殺した(動けなくした)あとにその体を引きずっていき食べてしまうという一連の写真です。 ロス女史は最初はホッキョクグマはアザラシを食べようとしているように思ったそうですが注意して見ると、ホッキョクグマが食べようとしていたのは幼年個体だったことに気が付いたと言っています。 頭部に噛みついて殺してしまうやり方はまさにアザラシ捕獲と同じやり方だったそうです。 そして彼女たち一行が接近していることに気が付いたホッキョクグマがとった仕草や行動は、捕まえた幼年個体が明らかに自分の獲物であり食べ物であることを誇示するものだったとも述べています。 つまり明らかにこのホッキョクグマは幼年個体を食料と見なしている行動だったとロス女史は語っています。 また、付近にはこの幼年個体の母親だと思われるホッキョクグマもいたそうです。 要するに母親は雄の襲撃から子供を守りきれなかったということなのでしょう。

こうやって自己と同種を食べてしまうことを cannibalism といいますが、どうも正確な訳語を当てるのは難しいですね。 英和辞典では「共食い」という訳語が出ていますがこれは限りなく間違いに近い訳語だと思われます。「共食い」というと集団内での食い合いの色彩が強いですね。 相当に無理な訳語だと思われます。cannibal(ism)をCOD (Concise Oxford English Dictionary) で引いてみますと、

1.a person who eats human flesh
2.an animal that feeds on flesh of its own species

が出てきます。今回のホッキョクグマの写真で言うところのcannibalism は明らかに2で、「共食い」ではなく「同種食い」というべきでしょう。 ともかく cannibalism は正確な意味では日本語に存在しない語と思えますが、とりあえず「同種食い」と言っておくことにします。

この「同種食い」ですが、地球温暖化によってホッキョクグマが食料であるアザラシを捕獲するのがだんだん困難になりつつあることと安易に結びつけた解釈がなされたこともありましたが、そもそもホッキョクグマの世界ではかつてから見られたことであり、人間がこれを最初に確認したのは1896年のことだったそうですし、その後もたびたびとこれを目撃した極地探検家はいたわけです。 地球温暖化によって氷の面積が縮小し、ホッキョクグマがアザラシを捕獲することが難しくなったことと「ホッキョクグマの同種食い」を単純に結びつけると人目を引く記事が書ける...過去にはそういったこともあったでしょう。 ところが今回のアメリカの地球物理学会で紹介されたジェニー・ロス女史の一連の写真について、ホッキョクグマ研究者として著名なイアン・スターリング氏が、「ホッキョクグマの同種食いは以前からあったが、だんだんと増加している可能性がある。」と述べているそうです。 統計数字の裏付けはないが一つの有力な解釈として理解すべきでしょう。 もしホッキョクグマのこの「同種食い」が増加しているとすれば、かつてから行われていた「同種食い/幼年個体殺し」が今までとは異なる意味合いをもってなされていることになるでしょう。 しかしホッキョクグマが我々の予想以上に追い詰められていることは間違いないですが、この「同種食い」の増加の可能性とその意味合いをこれに簡単に結びつけることは依然として慎重であるべきでしょう。 マスコミの飛びつきたくなる写真ですが、何かに取材して事実関係を伝えるということならばマスコミの情報はある程度は頼りになりますが、何らかの価値判断・状況判断が関係してくるものには注意が必要です。 今回公表された写真だけによってホッキョクグマの「同種食い/幼年個体殺し」が増加しているということは到底判断ができないと思われます。

今回のジェニー・ロス女史の撮影した一連のシーンですが、この下の1枚を見ると、幼年個体を襲って食べた雄のホッキョクグマは大変に堂々としていて恰幅のよい雄ですね。 私には飢えに悩んでいるホッキョクグマのようには見えませんが、いったいどう解釈してよいものでしょうか。
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Photo(C)Jenny Ross

(資料)
Maxisciences (Dec. 9 2011 - Face à la pénurie de nourriture les ours polaires deviennent cannibals)
PhysOrg.com (Dec.9 2011 - Is cannibalism in polar bears on the rise? )
Daily Mail (Dec.9 2011 - Nature at its most savage: The shocking pictures that prove polar bears are cannibals - and will even eat bear cubs)
BBC (Dec.8 2011 - Polar bear 'cannibalism' pictured)
by polarbearmaniac | 2011-12-10 23:30 | Polarbearology

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