街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの起源について(2) ~ ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 の登場

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イコロ (2012年6月3日撮影  於 おびひろ動物園)

前投稿よりの続き)
前回の投稿で、異説が乱立していた「ホッキョクグマの起源」に関して、ホッキョクグマの化石の発見・分析とミトコンドリアDNAの抽出・分析によるホッキョクグマの起源に関する系統図上の位置付けが初めて行われたところまでを整理しました。 今回はこの「通説」と呼べるようになった(2) 11~13万年前説で採用されたミトコンドリアDNAの分析を基礎にして現れた一つのセンセーショナルな研究結果を述べてみます。それはホッキョクグマ版の「イヴ仮説」です。 実はこれは「ホッキョクグマの起源」に関する(1)と(2)のような新説ではない点をご注意下さい。

(3) ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 (2011年登場)
この研究結果についてAFP通信(日本語版)が報じた内容をコピーします。

ホッキョクグマの故郷、実はアイルランド 異種交配も10万年前から
【7月8日 AFP】 北極圏のホッキョクグマのDNA調査で、全てのホッキョクグマのルーツが、2~5万年前に現在のアイルランドに生息していた1頭のメスのヒグマにたどり着くことが明らかになった。 米ペンシルベニア州立大(Pennsylvania State University)などの国際研究チームが7日、米科学誌カレント・バイオロジー(Current Biology)に発表した。 研究チームはロシア、カナダ、グリーンランド、ノルウェー、米アラスカ(Alaska)州にまたがる北極圏全体から、現存する個体と過去の個体のDNAサンプル242頭分を集めた。 母性遺伝する遺伝物質ミトコンドリアを分析したところ、全てのルーツが2~5万年前に現在のアイルランド大西洋岸に生息していた共通の祖先に行き着いた。 また、近年問題視されているホッキョクグマとヒグマの交配が、過去10万年にわたって定期的に行われていたことも示された。 気候変動によって既に絶滅の危機に瀕しているホッキョクグマにとって、こうした異種交配は純粋な遺伝子配列の保存という意味で脅威と考える科学者もいる。 しかし、今回の研究によって、ホッキョクグマの進化の過程で異種交配が良い影響をもたらしてきた可能性が出てきた。 研究チームでは、さまざまな生物種が生き残る上で交配種が果たしてきた役割が正しく評価されていない可能性があるとして、ホッキョクグマの保護の取り組みを見直し、純粋種だけでなく交配種も保護対象に含めるべきだと指摘している。(C)AFP/Marlowe Hood
(Jul.8 2011)

この研究結果を提示した国際研究グループの一人、アメリカ・ペンシルヴァニア大学のベス・シャピロ女史の説明をご紹介しておきます。



実はこの説はマスコミの非常に誤った認識によって一般に紹介されているケースが比較的多いように思います。 それは欧米のマスコミであることや日本のマスコミであることを問いません。 この「イヴ仮説」を、あたかも「アイルランドに生息していた1頭の雌のヒグマから現在の全ホッキョクグマが生まれた」と理解するとすれば実はこれは大変な誤解なわけです。 上の映像でシャピーロ女史が語っている説明も厳密に言えば正確さに欠けていますね。 こういった専門家も一般が理解しやすいようにという意図からか、必要以上に簡単な内容に言い換えて発言するということも誤解のタネを振りまく原因になっているように思われます。

より正確な言い方をすれば、この説は「全てのホッキョクグマはアイルランドに生息していた1頭の雌のホッキョクグマに何らかの形で関連(関係)付けられる。」というのが正確な理解でしょう。 やや詳しく言えば、「現在のホッキョクグマの母親を次々にたどっていくと、ある一頭の雌のヒグマにたどりつく。 しかし、その同じ時期には他にもたくさんの雌がいて、家系図の母系だけをたどるのではなく、母系をたどりつつ時には父系をもたどるというような遡り方をすれば彼女達にたどりつくこともできる。」 ということにすぎません。 考えてみればこれは当たり前の話です。 仮に本当に現在の全てのホッキョクグマが一頭の雌のヒグマからはじまったとすれば、ではその一頭のヒグマの母親は誰だったかということになってしまうわけです。 このことだけとっても「全てのホッキョクグマはアイルランドに生息していた1頭の雌のヒグマからはじまったのだ」という理解の仕方は形式論理上も成り立たないわけです。

なぜこの研究が「アイルランドに住んでいた1頭のヒグマ」という帰結をわざわざ持ち出したかも問題でしょう。 そもそもこの「イヴ仮説」は人類の起源をめぐる議論において「アフリカ単一起源説」を補強するものとして登場したという経緯がありますが、「現代人のミトコンドリアDNAを分析すると、すべてが20万年前頃のアフリカに住んでいた一人の女性(イヴ) にたどりつく」という非常にセンセーショナルな形で世界的に紹介されたわけで、ホッキョクグマに関しても「二匹目のどじょう」として「アフリカの一人の女性」に代えて「アイルランドのヒグマ」をクローズアップさせた感がしないでもありません。

続く

(資料)
AFP 日本語版(Jul.8 2011 - ホッキョクグマの故郷、実はアイルランド 異種交配も10万年前から)
AFP (Jul.7 2011 - Mother of all polar bears from Ireland)
Current Biology (Volume 21, Issue 15 - Ancient Hybridization and an Irish Origin for the Modern Polar Bear Matriline)
U.S.News & World Report (Jul.7 2011 - Female Ancestor of All Living Polar Bears Was Brown)
The Pennsylvania State University (Jul.7 2011 - Ancestry of Polar Bears Traced to Ireland)
NPR (Jul.23 2011 - Today's Polar Bears Trace Ancestry To ... Ireland ? )
BBC News (Apr.2 2003 - Tanzania, Ethiopia origin for humans)

(過去関連投稿)
ホッキョクグマの起源について(1) ~ 諸説の成立過程を整理する
by polarbearmaniac | 2012-06-27 20:30 | Polarbearology

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