街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ポーランド ・ ヴロツワフ動物園のシニェシュカとの告別 ~ 最初で最後のホッキョクグマとの別れの哀感

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晩年のシニェシュカ Photo(C)Tomasz Hołod /Gazeta Wrocławska

このブログでポーランドのホッキョクグマを取り上げるのは初めてです。 ポーランドのホッキョクグマ....と言いましても、実はもうポーランドにはホッキョクグマは飼育されていません。 ですから今回取り上げる対象は2009年9月にすでに亡くなったホッキョクグマになります。 報道が正しければ彼女こそ、ポーランド国内でホッキョクグマ繁殖の成功によって誕生した「最初」のホッキョクグマであり、そして同時にポーランドで飼育された「最後」のホッキョクグマとなったしまったわけでした、
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Photo(C)GP24.pl

このホッキョクグマはシニェシュカ (Śnieżka) という愛称で呼ばれていたヴロツワフ (Wrocław) 動物園で飼育されていた雌のホッキョクグマです。 正式な名前はトゥィア(Tuya) だったそうです。 彼女は1978年にポーランド南西部シレジア地方にあるホジュフ (Chorzów) の動物園で双子として誕生しました。 この時の双子の誕生は、現在に至るまでポーランドにおいて最初で最後のホッキョクグマの自然繁殖だったそうです。 当時このホッキョクグマの双子の赤ちゃんはポーランド国内で非常に大きく報道されました。 一歳のときに彼女は彼女の双子の兄弟であるソプレ(Sople)とともにヴロツワフ動物園に移動となり、それ以来ずっとこの動物園で飼育されたのでした。 実はこのヴロツワフ動物園には性別が不明ですがもう一頭のホッキョクグマも飼育されていて、その一頭がシニェシュカあるいはソプレとの間での繁殖が試みられていたようです。 しかしそれは成功しませんでした。 以下の写真は新聞記事の写真のようですが、いつ撮影されたものかわかりません。 しかしこのヴロツワフ動物園で三頭のホッキョクグマが飼育されていた当時の古い写真です。
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いつの頃かソプレが亡くなり他の一頭も亡くなり、シニェシュカはヴロツワフ動物園に残る一頭のホッキョクグマになってしまったわけでした。 彼女はすでに31歳になろうとしていましたが、2009年の9月にドイツのハノーファー動物園に移動することが決まりました。 すでに高齢になっていたシニェシュカの移動の明確な理由はポーランドのマスコミ報道では今一つよくわかりませんが、報道内容を総合的に考えれば、このヴロツワフ動物園のホッキョクグマ舎の飼育環境が問題視されたことが原因だったようです。 この移動が2009年の7月に決まったときにはヴロツワフ動物園のスタッフはシニェシュカとの別れを大変に悲しんだそうです。 夏になるといつも彼女に野菜やら魚の入った氷をプールに投げてプレゼントするのが恒例だったわけで、そうした折にシニェシュカが融けるまで氷と遊んでいる姿をもう見られなることも悲しんだわけでした。
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Photo(C).pl.

ところがシニェシュカはこの移動が決まった直後から体調を崩してしまったようです。 そしてとうとう2009年の9月24日に飼育場で亡くなってしまったわけです。 死因は肝臓ガンだったそうです。 こうしてこの31歳のシニェシュカの死とともにポーランドにはホッキョクグマが一頭もいなくなってしまったわけでした。 ヴロツワフ動物園の園長さんは再びホッキョクグマを飼育するのが夢だと語っていますが、やはり飼育環境のよい新施設でも建設しない限りそれは難しいのではないでしょうか。 以下は生前のシニェシュカの彼女が亡くなる年の5月の映像です。 飼育環境が悪いといえば言えますが高齢のホッキョクグマをわざわざ他国の動物園に移動させねばならないほどのもののようには思われませんが。



欧州は地続きですので国内にホッキョクグマを見たいと思えば隣国に行けばよいとも考えられますが、しかしやはり国内からホッキョクグマが不在になってしまったことに対してポーランドの人々には特別の思いがあるように感じられます。 ポーランドに残る唯一のホッキョクグマであったシニェシュカの死を報じるポーランドのマスコミ報道には、なにかヴェールに包まれたように抑制された記述の中に悲しみがにじみ出ているように感じました。 ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンが彼の恋人であるマリア・ヴォジンスカとの愛が悲恋の結末に終わり、フレデリックが彼女からそれまで受け取った愛の手紙を紙に包んでその上に” Moja bieda “(わが悲しみ)と書き込み、その思い出の手紙の束を終生持っていた...ちょっとこのエピソードを思い出しました。
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私には、何かここにポーランド的な悲しみの外への現れ方として共通のものがあるような感じをもっています。

実は私はポーランドというのは大好きな国であり、これまでかなりの回数訪問しています。 ポーランド語もかつて熱に浮かされたように学習しましたが、欧州の言語をゲルマン系、ラテン系、スラヴ系の三系統だけに絞りますとポーランド語が間違いなく最も難しい言語であるように感じます。 今回の投稿に際して久しぶりにポーランド語と格闘しましたが、やはりポーランド人というのはホッキョクグマとの告別の記事の文章ひとつとっても同じスラヴ系のロシア人とかチェコ人とはかなり感性が違うのがわかります。 ポーランド人の書く告別の記事にはなにか「透明で澄み切った悲しみ」というものを感じました。
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(*追記) 実は私の手元にある資料によりますと、ポーランドではこの1978年に生まれたシニェシュカとソプレの双子以外にも繁殖に成功した例があることになっています。 今回のこのシニェシュカの件に関してポーランドの専門家は" Od tamtej pory w Polsce nie udało się już tych niedźwiedzi rozmnożyć. " と発言していますが、これは「ホッキョクグマはそれ以来(つまり、1978年のシニェシュカとソプレの双子の誕生以来)ポーランドでは繁殖していない。」という意味になるはずです。 このポーランド語の解釈の仕方によっては「この双子を繁殖させることはできなかった。」ともとれますが、双子同士では繁殖させることができないのは当然ですのでこの解釈は無理があると考えます。 一方、私の持っています資料では1980年にポーランドのカトヴィツェ(Katowice)動物園で1頭の雌のホッキョクグマの繁殖に成功した例があることになっています。 そしてこの誕生したホッキョクグマ(個体番号696)こそ鹿児島の平川動物公園のホクトの母であるアイカ(現 ベルリン動物公園)である....ということになっています。 ただしかし、こういったようにポーランドの専門家がシニェシュカの死に際して「それ以来ポーランドでは繁殖していない。」というような重要な事実を誤認しているとは考えがたいと思います。 よって本投稿では「シニェシュカは最初で最後のホッキョクグマであった。」として記述してあります。

(資料)
Gazeta Wrocławska (Jul.10 2009 - Miś polarny wyjeżdża z wrocławskiego zoo. To ostatnia szansa, by go zobaczyć)
Gazeta.pl Wrocław (Sep.25 2009 - Jedyny w Polsce niedźwiedź polarny nie żyje)
Gazeta Wrocławska (Sep.25 2009 - Jedyna w Polsce niedźwiedzica polarna z wrocławskiego zoo nie żyje)
gp24pl. (Sep.25 2009 - Wrocław. Zmarła Śnieżka - jedyny niedźwiedź polarny w Polsce)
Kakt.pl.(Sep.25 2009 - Nie żyje jedyny niedźwiedź polarny w Polsce)
by polarbearmaniac | 2012-07-11 21:30 | Polarbearology

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