街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの起源について(4) ~ 衝撃的で強力な新説の登場により通説が遂に崩壊へ

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ピリカ (2011年10月22日撮影 於 旭山動物園)
Nikon D7000
AF-S VR Zoom-Nikkor 70-300mm f/4.5-5.6G IF-ED

(前投稿よりの続き)
さて、前回に御紹介している(4)核DNA解析による60万年前説をもってホッキョクグマの起源論争はとりあえず一服状態に入ったのではないかという私の予想は見事に外れました。 昨日7月23日付けのアメリカの科学雑誌 ”Proceeding of the National Academy of Sciences” において衝撃的な新説(“Polar and brown bear genomes reveal ancient admixture and demographic footprints of past climate change”) が登場しました。 それはなんと従来の説とは桁が一つ違うほど古い年代をホッキョクグマの起源に設定したものです。 欧米のマスコミでも昨日になってこの新説を一斉に取り上げはじめています。 数日中に日本のマスコミも報道を始めるとは思いますが、以下この新説の研究報告の内容をここでご紹介いたします。

(5)核DNA完全解析による500万年前説 (2012年7月登場)

ミトコンドリアDNAを解析して得た結論であった15万年前説に異議を唱えた60万年前説が根拠としたのは核DNAの比較解析結果でした。ミトコンドリアDNAは母親からしか受けがないわけですが核DNAは両方の親から受け継ぐわけで明らかに核DNA比較解析結果を根拠にした60万年前説は15万年前説に対して優位性があったのです。 ところがこの60万年前説が根拠とした核DNA解析については、それ自体を抽出する技術的な困難さから、実は部分的な抽出に留まらざるを得なかったことが弱点といえば弱点だったわけでした。 ですから、ヒグマとホッキョクグマの分離が15万年前であるという従来の通説を大きく揺さぶったものの完全に崩壊させたとは必ずしも言えなかったわけでした。

ところが今回のペンシルヴァニア州立大学とバッファロー大学を中心とした国際研究チームによる最新の研究ではこのヒグマ、アメリカグマの核DNAから全ての遺伝情報であるゲノムの解読を行い、これを同じく全てを解読した現代のホッキョクグマのゲノム、及び赤外光ルミネッセンス(infrared-stimulated luminescence)年代測定法で明らかにされた12万年前のホッキョクグマの化石から得られたゲノムと比較して得られた結論としてホッキョクグマとヒグマの分離年代は約4~5百万年前であると結論付けたわけです。本投稿ではこの「約4~5百万年前説」を表記上、単に「500万年前説」として記述することにします。下は新設による系統進化を図示したものです。
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(C)The National Academy of Sciences

さらにこの研究結果の過程でホッキョクグマとヒグマの分離以降も地球上での温暖期にはこの二種の間での部分的な交配があったことも明らかになっています。通常のヒグマの遺伝形質情報の中にはホッキョクグマの遺伝形質情報が2%しかないにもかかわらず、アラスカにおけるヒグマの遺伝形質情報の中にはホッキョクグマのDNAが5~10%あることが明らかになりました。つまりこのホッキョクグマの生息地の近くに暮らすヒグマとホッキョクグマとの間には過去に交配があったことを示しています。

以下に改めてミトコンドリアDNA(mtDNA) の解析による従来の通説(15万年前説)と今回の核DNA(nuDNA) を解析して得られた新説におけるホッキョクグマの起源を対比した図を示しておきます。
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(C)The National Academy of Sciences

結論としてホッキョクグマはヒグマから枝分かれ(Polar Bears split off from Brown Bears) したものではなく、お互いに分離した(Polar Bears and Brown Bears split apart) ものであることが明白になったわけです。 しかも分離年代は約400 ~ 500万年前という大変に古い年代です。 ですからホッキョクグマの種としての起源は非常に古く、人類の進化の過程と対比させれば初期の人類であるアウストラロピテクスの出現よりも古いということになります。 これは実に大変な話です。

今回のこの衝撃的ともいえる新説の研究報告の全文はOpen Access Article としてProceeding of the National Academy of Sciences のサイトのこちらのページで読むことができます。 これは期間限定かもしれませんので是非今のうちにこの報告のpdfを保存しておくほうがよいと思われます。 今回の研究結果によってホッキョクグマの未来をどう考えるかという点については稿を改めてまた書きたいと思います。 しかしそれにしても、この研究報告の全文がネットで公開されているのは素晴らしいことだと思います。

今回のこの研究報告の発表により従来から通説であった「ホッキョクグマは氷期だった約15万年前にヒグマから分離した」 などという説は木端微塵に粉砕されたと言えるでしょう。 実はミトコンドリアDNA の解析によって15万年前説を研究報告した専門家の一部が今回の新しい研究にも参加しており、このことはやはりミトコンドリアDNA の解析による従来の通説のあやまりを自ら認めたものだと言ってよいと思われます。

いずれにせよホッキョクグマの起源の解明に関して大きな意義をもった説が登場したことになります。 私は前回の60万年前節に接した時に、もっと古い起源の年代を設定する説が現れるのではないかと思いましたが、まさかこれほど古い年代の説が現れるとは全く予想していませんでした。 しかし今回の驚くべき新説の登場によってホッキョクグマの起源に関する既存の書物の記述は全て書き換えられねばならないと考えます。 何故なら今回の新説はその根拠が極めて強力であるからです。

続く

(資料)
Proceeding of the National Academy of Sciences (Jul.23 2012 - Polar and brown bear genomes reveal ancient admixture and demographic footprints of past climate change)
The New York Times (Jul.23 2012 – How Brown and Polar Bears Split Up, but Continued Coupling)
Christian Science Monitor (Jul.23 2012 - Polar bears, brown bears interbred during warm periods. Is it happening again?)
Live Science (Jul.23 2012 - Ancient Warming May Have Reunited Polar and Brown Bears, for a Bit)
Scientific American (Jul.23 2012 - How Old Is the Endangered Polar Bear?)
USA Today (Jul.23 2012 - Polar bears ancient and in decline)
UPI (Jul.23 2012 - Study tracks evolution of polar bears)

(過去関連投稿)
ホッキョクグマの起源について(1) ~ 諸説の成立過程を整理する
ホッキョクグマの起源について(2) ~ ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 の登場
ホッキョクグマの起源について(3) ~ 画期的な新説が登場するも依然として残る謎
by polarbearmaniac | 2012-07-25 01:00 | Polarbearology

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