街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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メキシコ・モレリア市、ベニート・フアレス動物園のユピクの移動を求めた動物保護活動家の署名活動

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ユピク  Photo(C) Cerdo Morado

昨今の飼育下において、ホッキョクグマをより環境の優れた施設に移そうという諸々の力と、それに抗する地元の動物園という、一種の力のせめぎあいが見られる例についてはすでに御紹介しています(ラトヴィア・リガ動物園のロメオのケース、ポーランド・ヴロツワフ動物園のシニェシュカのケース)。 世界の動物園におけるホッキョクグマのことを調べていきますと実はこういった一種の対立関係の図式が、それがすでに表面化しているケースであれ潜在的可能性のケースであれ、現在のホッキョクグマ飼育に対する問題点としては避けて通ることのできないものとして浮かび上がってきているわけです。 実は日本においてこういった「外部からの力」を実感するケースは今まで全くと言っていいほどなかったがために、この対立図式の存在自体を理解しにくいという状況があります。
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ここでさらにもう一つ、こういった「対立図式」、「力のせめぎあい」の事例をご紹介しておきます。 それはメキシコ・ミチョアカン州のモレリア市にあるベニート・フアレス動物園 (Zoológico Benito Juárez de Morelia) で飼育されている21歳になる雌のホッキョクグマであるユピク (Yupik) のケースです。 ユピクはアラスカで孤児となっていたのを保護され、1992年よりこのメキシコ・モレリア市のベニート・フアレス動物園で飼育されてきました。 同動物園の公式映像でこのユピクの姿をご覧下さい。



さて、このユピクですが、カナダの動物保護活動家のグループからベニート・フアレス動物園のホッキョクグマ飼育展示場の環境について手厳しい批判がなされ、そしてメキシコの環境保護団体もそれに呼応する事態となり一躍その存在がクローズアップされたわけでした。 その彼らの主張としては、熱帯地方に近い場所でのホッキョクグマの飼育は本来好ましくないだけでなく一日17時間もコンクリートしかない展示場で過ごさせる不適切さ、そして強い太陽光線を遮るものがないこと、そして獣医によって健康管理のなされていない環境と管理体制といったものでした。 そしてこの活動家グループはユピクを気候条件、飼育環境のよい他の施設に移動させることを求めて署名活動を始めたわけでした。 この署名活動は約8万2千もの人々の署名のもと、ベニート・フアレス動物園のアレス園長や州知事に対して請願書の形で提出されたわけです。
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ユピク  Photo(C)Cambio de Michoacán

これ対して州政府およびベニート・フアレス動物園のアレス園長は、ユピクの健康状態については全く問題がないこととユピクはすでにここの気候に適応・順応していることを強調し、そういった動物保護活動家の批判は当たらないと反論しました。 そして、ホッキョクグマ展示場には日陰となる部分を設置することとユピクに砂の入った箱を与えて生活の刺激を与えてやるようにすることを明らかにしたわけでした。 しかしこのアレス園長、こういった動物保護活動家の動きに対してカチンときた点があったようです。 特に外国、それもカナダの活動家からの「物言い」に対してでした。 このカナダの活動家の運動では、ユピクをカナダのオンタリオ州の施設またはアメリカのデトロイト動物園への移動を提案しており、この二つの施設からユピクの受け入れについてすでに了解を取り付けていたという事実があったわけです。 アレス園長は、「カナダでは依然としてホッキョクグマを殺す狩猟を認めているにもかかわらず、そういった国の施設がユピクを保護のために受け入れようとするのはダブルスタンダードである。」と記者会見で不満をぶちまけたわけです。 そして、メキシコの公的機関からはホッキョクグマの移動を求める要請は何一つ来ておらず、今回のこの動物保護活動家のホッキョクグマ移動を求める運動は不透明で政治的なものであり正規の公的なものではないため移動は不要であると主張しています。  もう一つユピクの映像をご紹介しておきます。



結局のところこのユピクはメキシコにとどまることになったわけですが、この7月になってアレス園長は施設改修のために合計26万ペソ(約2000万円)の予算で空調設備の設置その他の飼育環境改善のための工事を行う予定であることを発表しました。

最近御紹介していますラトヴィアのリガ動物園やポーランドのヴロツワフ動物園のケースでは、この「外からの力」はEAZA(欧州動物園水族館協会)であり、その力の根拠は欧州の「飼育基準」であったわけですが、今回のこのメキシコのケースは「外からの力」は主に外国の動物保護活動家からのものでした。 しかしその根拠は主観的なもので「飼育基準」のような客観的なものではありませんでした。 ですから州政府や動物園側がこういった署名による請願を拒否したこと自体は筋が通っていると思われます。 だからと言って、もし仮にこのベニート・フアレス動物園の飼育環境が動物保護活動家の言うように劣悪だったとすれば動物園側も彼らの主張に耳を傾ける必要があります。 このベニート・フアレス動物園の園長さんはその点では柔軟な面も持っていたようで施設の環境整備を行うことを決めたわけでしょう。

現在アメリカの動物園ではホッキョクグマの飼育展示施設はあってもホッキョクグマのいない動物園というのがいくつかあります。 そういった動物園では野生の個体の入手が事実上不可能になっているため、どうやったらホッキョクグマの入手ができるかに頭をしぼっているそうです。 仮に例えばメキシコの動物園(ホッキョクグマを飼育している動物園は4園あるそうです)のホッキョクグマの入手を狙って動物保護活動家を装った団体にメキシコの動物園の飼育環境の不備について声をあげさせ、結果としてホッキョクグマのアメリカの動物園への移動を実現させる....そういったやり方が出てこないとも限りません。 結果はどうあれホッキョクグマが飼育環境の良い動物園に移動することはよいことだと単純に考えるか、それともそれはアメリカの動物園の横暴であると考えるか...なかなか難しい局面が今後出てくるかもしれません。 また、今後日本の動物園が仮にホッキョクグマの繁殖について欧米の動物園と協力関係を構築しようと思えば、日本の動物園は欧米の動物園の「飼育基準」を満たしている施設を持っていなければ協力関係は成り立ちえないでしょう。 この「飼育基準」という点で欧米の動物園は急速に施設の新装・改修を行っていますから、もう彼らの背中が完全に見えなくなってしまう前に日本の動物園も飼育環境の大幅な整備が必要でしょう。 「マニトバ基準」ですら現実にはもう古くて陳腐なものであるわけです。

(資料)
Cambio de Michoacán (Aug.6 2012 - La osa polar del Zoológico de Morelia no será trasladada a un santuario)
El Sol de Morelia (Jul.30 2012 - Entra el zoológico de Morelia en etapa de restructuración con una inversión de 259 mil 851 pesos)
Cerdo Morado (May.9 2012 - Piden reubicar a osa polar)
El Sol de Morelia (May.5 2012 - Yupik, la osa polar, no se moverá del Zoológico de Morelia)
ignaciomartinez.com (May.4 2012 - El caso "Yupik" conmociona a los morelianos)
Moreliactiva.com (May.3 2012 - Incongruencia en el traslado de Yupik: Zoológico de Morelia)
cbtelevision.com (Mar.2 2012 - Zoológico de Morelia remodelara estanque de la osa polar "Yupik")
Care2.com (Save Yupi the Polar Bear)

(過去関連投稿)
ラトヴィア、リガ動物園のロメオに外国の動物園が食指 ~ 「小さくて弱い」 動物園に対するイジメか?
ラトヴィア・リガ動物園、創立100周年を迎えての苦悩 ~ ホッキョクグマのロメオを守る園長さんの決意
ポーランド ・ ヴロツワフ動物園のシニェシュカとの告別 ~ 最初で最後のホッキョクグマとの別れの哀感
アメリカで登場したホッキョクグマ輸入の特別枠要求への動き
ホッキョクグマの繁殖計画、飼育環境整備、そしてその後に来るべき新しいフェーズについて
by polarbearmaniac | 2012-08-13 21:00 | Polarbearology

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