街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ドイツ・ヴッパータール動物園の故イェルカの死因はヘルペスウィルス(Zebra herpesvirus)の感染と判明

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故 イェルカ Photo(C)Zoo Wuppertal Net

2年前の6月にドイツのヴッパータール動物園で飼育されていた20歳の雌のホッキョクグマであるイェルカが急死し、同居していた雄のラルスも同時期に病気になったものの回復した件を投稿していますのでまずそれをご参照下さい(「ドイツ・ヴッパータール動物園のイェルカ、突然逝く」、「ドイツ・ヴッパータール動物園のラルス(クヌートの父)、病状回復へ」)。 また下の映像はこの2年前のイェルカの死を報じる西部ドイツ放送(WDR)のニュース映像です。 (*注 - 放送ではキャスターもヴッパータール動物園の担当者もこのホッキョクグマの名前 (Jerka) を「ジャーカ」という英語読みの発音をしていますが、このブログでは本来のドイツ語の発音に従い「イェルカ」と表記しています。それが表記のあり方として正しいと考えます。)



実はこのイェルカの死因に関してその後、ベルリンのライプニッツ研究所を中心とした国際研究チームが徹底的な究明を行っていたわけですが、その結果報告がアメリカの生物化学誌である”Current Biology” の最新号に発表されました("A Potentially Fatal Mix of Herpes in Zoos")。 原因はシマウマヘルペスウィルス(Zebra herpesvirus)の感染であったと特定されたそうです。
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Grafic: IZW/Zoo Wuppertal

ヴッパータール動物園ではホッキョクグマ展示場とシマウマ展示場の間には70メートルの距離があり、また担当飼育員も別だそうですから直接感染は考えにくく、いったいどうしてホッキョクグマがシマウマの感染するシマウマヘルペスウィルスに感染したかの経路は依然としてよくわからないようです。 しかしこの今回の研究チームの一人は、「ネズミが媒介したのではないか。」と考えているそうです。 つまりシマウマ舎からホッキョクグマ舎へネズミがこのウィルスを運んだということになるでしょうか。

動物園で飼育されている動物達にとってこれからはこのウィルス感染というのがますます脅威になるかもしれません。 というのもウィルスの変異は予想もつかないものだからです。報道によりますと今回の件でも当初イェルカの脳組織から検出されたのは馬に感染する EHV1(Equine herpes virus Type-1: 馬ヘルペスウイルス)だったそうですが、これは純粋なEHV1ではなく一つの遺伝子がEHV9 のDNA を持っていてEHV1 と EHV9のハイブリッドとなってシマウマに感染し、それが何らかの経路でイェルカとラルスにも感染したということのようです。 EHV9は以前アメリカのサンディエゴ動物園のホッキョクグマの命を奪ったウィルスだそうですから、今回のイェルカの死因となったウィルスとは異なるウィルスということになるでしょう。 そして驚くべきことにライプニッツ研究所がさらに明らかにしていることは、別の動物園で2006年に腎機能障害で亡くなったとされているストルッポというホッキョクグマもEHV1に感染していたそうでこのストルッポの場合は血液にこのウィルスが存在していたもののイェルカのように脳への感染ではなかったためにこのウィルス感染が致命的な症状を呈するには至らなかったとも述べています。 今回のイェルカの脳が感染したウィルスは基本的にこのEHV1であり、それにEHV9が結合した変種ということのようです。

あのクヌートの水死の引き金となった発作をもたらせたものは脳脊髄液腔 (Hirnwasserkammer) の異常によって引き起こされた脳漿の肥大によって脊髄が炎症を起こし脳に異常が起きて発作が生じ水中に転落したためですが、その一連の因果連鎖の原因がウィルスであることは昨年の検死報告によって明らかにされていたわけです。そのウィルスはまだ具体的には特定されていません。 しかし、このシマウマヘルペスウィルスの感染をその原因と考えることが可能がどうかについてはもっと専門家の意見を聴いてみたいように思います。 ちなみに故イェルカもラルスも発病当初はまるで癲癇(てんかん)の発作ででもあるような症状を見せていたそうで、それがクヌートの場合と共通しているそうです。 ホッキョクグマであれ他の動物であれ発作を起こした場合、今まで癲癇(てんかん)だと考えられていたものは実はウィルスが原因であったということが実は多いのではないでしょうか?

動物園という場所は限られたスペースに多くの動物が飼育されています。それらの動物たちの存在は互いに、自然界では決して出会うことのない組み合わせでも飼育下では何メートルか何十メートルしか距離のないところで存在しているケースがほとんどでしょう。 その動物のうちの特定の種に感染するウィルスが変異をとげて他の動物にも感染するようになることは恐ろしい話です。 今回のケースでは野生のホッキョクグマと野生のシマウマの遭遇ということは自然界では極めて考えにくい話です。 ですから本来はシマウマに感染したウィルスがホッキョクグマに感染するケースなどは自然界では考えにくい話のわけです。 ところがそれが飼育下でおきてしまうというところに恐ろしさがあると言えるでしょう。 我々人間にも感染することを防ぐためには動物園から出た後は早く手を入念に洗うという単純なこと以外に対策はないでしょう。 一方、動物たちへの感染を防ぐためにできることといえば外部からの「侵入動物」を極力防ぐような対策が必要でしょう。 それ以外はお手上げかもしれません。

(資料)
Current Biology (Aug.16 2012 – A Potentially Fatal Mix of Herpes in Zoos)
Stern (Aug.16 2012 - Wuppertaler Eisbär war mit Virus von Zebra infiziert)
JuraForum.de (Aug.16 2012 - Springende Viren als Ursache von Erkrankungen von Eisbären im Zoo)
Discover Magazine (Aug.16 2012 - Zebra herpes virus kills zoo polar bears)
Phys.Org (Aug.16 2012 - Viruses jumping species and zoo polar bear disease)
Science Daily (Aug.16 2012 - Polar Bears Dying in Zoo from Virus That Jumped from Zebras)

(過去関連投稿)
ドイツ・ヴッパータール動物園のイェルカ、突然逝く
ドイツ・ヴッパータール動物園のラルス(クヌートの父)、病状回復へ
by polarbearmaniac | 2012-08-17 12:30 | Polarbearology

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