街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?

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ララとデナリ (2012年4月15日撮影 於 札幌・円山動物園)
Nikon D5100  AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VR II

もう8月も末になり、なんと実はホッキョクグマの赤ちゃん誕生シーズまであと3か月ほどになっています。それまでの間に論者の野生のホッキョクグマの頭数変化への評価問題と並んで、断続的に動物園におけるホッキョクグマ飼育の問題点を整理することにより、基本に立ち返ってホッキョクグマの福利厚生について考えをめぐらせたいと思います。 テキストとして利用するのはアメリカ動物園・水族館協会 (AZA) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」です(pdf)。 こういった飼育マニュアルについては日本でもホッキョクグマ繁殖検討委員会がその計画・準備をしているのはご承知の通りです。 このアメリカにおける飼育マニュアルは、動物学の観点から長年にわたっての飼育下のホッキョクグマに対する研究結果と全米各地のホッキョウグマを飼育・繁殖している動物園の担当者飼育の飼育実践を融合したものですが、日本でホッキョクグマ繁殖検討委員会が計画・準備しているのはあくまでも飼育の実践を基礎にしたものになるだろうと私は理解しています。

さて、今回は「雄雌の同居は繁殖行動期だけにすべきなのか?」 という点につき諸例を振り返りつつ考えてみたいと思います。 実はホッキョクグマを飼育している日本の動物園のほとんどは「雄雌の同居は繁殖行動期だけにすべきなのか?」という問題設定に関して「Yes」と考えているらしいことが見て取れます。 旭山動物園のイワンとルル、天王寺動物園のゴーゴとバフィン、男鹿水族館の豪太とクルミ、仙台・八木山動物公園のカイとポーラ、その他の例を見てもそれは明らかでしょう(「別居」には「交代展示」を含めます)。 一方で釧路市動物園はそう考えていないらしいことは以前のデナリとクルミの例、現在のユキオとツヨシの例を見ても明らかです。 札幌・円山動物園は幾分柔軟な考え方のようで、以前はたしかデナリとララの同居は夏ごろまでは続いていたような記憶もありますが今回は比較的早い時期に別居になっています。 別居の問題に関してデナリとララのようにすでに繁殖実績がある場合とそうではない場合とを同じに考えてよいかは非常に微妙な問題ですが問題が必要以上に複雑化しますので今回は便宜上同じに考えていくことにします。
(*後記)札幌・円山動物園の飼育員さんの記録を見ますと、ララとデナリの別居は2003年(ツヨシ誕生)では10月12日、2007年(このときは翌年2月1日に赤ちゃんは死亡)では7月、2008年(イコロ、キロル誕生)では5月8日だったとのことです。 だんだんと別居の時期が早くなってきています。 これは「雌個体への徹底したストレス軽減」が目的だっただめだそうです。

さて、海外に目を転じてみますとこれとは全く正反対の事例があります。 たとえばモスクワ動物園です。 この世界で最もホッキョクグマの繁殖実績を誇る動物園にはウランゲリとシモーナ、ウムカとムルマという繁殖実績の豊富な二組のペアが飼育されているのですが、この二組のペアともに雄雌の同居は雌が産室入りする11月初頭まで継続させています。 つまり、雌の出産。子育て期間中以外は年を通して雄雌が同居するというやり方をやっており、別居もさせなければ交代展示もしないそうです(飼育員さん談)。 確かに私が昨年の9月にモスクワ動物園に行きましたときにも同居していました。 その2つのレポート(「ウランゲリ、右前足の爪先を負傷か? 」「秋の日のモスクワ動物園のシモーナとウランゲリ ~ 再び期待されるこのペアの繁殖」)をご参照下さい。 特に二つ目のものは9月も下旬になっての様子ですが、このレポートから2か月してシモーナは三つ子を無事出産しているわけです。 それからオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園も昨年5月に私が訪問した際には雄のヴィクトルと雌のフギースは彼らの繁殖行動期(3月)をかなり過ぎていたにもかかわらず広い展示場で同居していたのを見ました。 ところが同じロシアでもモスクワ動物園のライバルであるサンクトペテルブルクのレニングラード動物園ではメンシコフとウスラーダの同居は繁殖行動期だけに限定されており、それ以外は完全別居という、モスクワ動物園とは正反対の日本に近いスタイルです。 いったいこれらの事例をどう考えたらよいのでしょうか?
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モスクワ動物園のシモーナ(手前)とウランゲリ(奥)
Photo(C) Александр Суханов/zver911.ru

そこでこのAZAの作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」 がこの点に関してどういっているかを見てみましょう。49ページの “7.1 Reproductive Physiology and Behavior” にズバリこう言っています。そのままコピーします。

The decision of whether to introduce males and females for
specific breeding interactions, or whether males and females
can be housed together year-round, will need to be based on
the temperaments of the bears, evidence of affiliative or
aggressive interactions, and the facilities available at each
institution. Some males and females can stay together
the whole time. The design and size of habitat areas provided
to polar bears that are separated during any point during
the reproductive process should follow the recommendations
and requirements described in Chapter 2. The challenges that
can arise during the breeding season, or during specific
breeding interactions, include males being overly aggressive,
and females not being receptive to males. Inexperienced and
young bears may require additional time together before
successful copulation occurs.


要するに簡単に言えば、繁殖行動期以外にも同居させてよいかどうかはこの雄と雌の気質・性格の問題と施設の構造の問題次第だということですね。 この点に関してどちらがどうという結論的なことは言っていません。 場合場合によって柔軟に考えてよいという意味であると理解できると思います。 以上、モスクワ動物園の事例、そしてアメリカの動物園の多くの事例を総合したAZAの「ホッキョクグマ飼育マニュアル」の2つから言えることは、「雄雌のペアは繁殖行動期以外は別居させねばならない」 という考え方は必ずしも常に正しいとは言えないという結論になります。 私は、まさか日本の多くの動物園が 「別居させることが常に100%絶対なのだ」 とまで硬直的には考えていないだろうとは思っています。

(*追記) しかし仮に繁殖行動期間を過ぎての「別居」が「交代展示」の形でなされ、そして1頭がバックヤードでの飼育の形になるということであれば、それはAZAの飼育マニュアルの趣旨に従えば、むしろこれは「同居」させるべきであるという結論になるように思われます。 何故なら、「別居」させるにしてもその2頭の双方がこのマニュアルに定められているChapter 2 の飼育条件をクリアしない限り「別居」は推薦できないということになるからです。 昼間もバックヤードで飼育するならば、これをクリアすることはできません。 かといって、もちろん同居させようとする場合でも2頭の性格・気質の問題がクリアされることが条件にもなることは言うまでもありません。  サンクトペテルブルクのレニングラード動物園がウスラーダとメンシコフが繁殖行動が終了すると直ちにこの2頭を別居させているのは、この2頭にはそれぞれの独立した飼育・展示スペースが用意されており、1頭をバックヤードに収容して交代展示とする必要がないからとも言えるかもしれません。 

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus maritimus) Care Manual

(過去関連投稿)
ウランゲリ、右前足の爪先を負傷か?
秋の日のモスクワ動物園のシモーナとウランゲリ ~ 再び期待されるこのペアの繁殖
ケンピンスキーホテルからレニングラード動物園へ ~ ウスラーダとメンシコフとの再会へ!
円山動物園、春の陽光の下でのホッキョクグマたちの場景
by polarbearmaniac | 2012-08-27 20:30 | Polarbearology

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