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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか

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クルミ  (2012年3月10日撮影 於 男鹿水族館)
Nikon D7000   Tamron 18-270mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD

今秋はアメリカ動物園・水族館協会 (AZA) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」を何回かにわたって研究しています。 今回は産室内で誕生して間もない時期のホッキョクグマの赤ちゃんに対してお母さんがちゃんと授乳できているかどうかをどう判断したらよいかについてこの飼育マニュアルと過去の事例を引きながら考えてみたいと思います。

2000年以降、出産の可能性のあるホッキョクグマを飼育している世界の動物園の多くでは次々と産室内にモニターカメラが設置され産室内の状況がよくわかるようになってきました。 このブログでもこれまで何度もそういった映像の数々をご紹介してきました。その中にはドイツのロストック動物園やカナダのサンフェリシアン原生動物園での映像のようにホッキョクグマの赤ちゃんの誕生の瞬間を実に生々しく映し出した貴重な映像も含まれています。 出産後から赤ちゃんが順調に成育しているかどうかを知るためにも、こういったモニターカメラの映像が有用であることは間違いありません。 ところが次のように実に意外とも思える発言が存在しているのも事実です。

私はここ数年、欧州やアメリカやロシアの動物園を訪ねた際に飼育員さんと話をする機会もあるのですが、その内容やいただいた資料は例外的な場合を除いて極力ここではご紹介しないことにしていました。 それは、そういった内容をネット上に書いてよいかについて了解をもらっていないということと、誤解をもたらす可能性があるということからです。 ただしかし今回の件についてはご紹介しておいたほうがよいと考え書いておくことにします。 ホッキョクグマの繁殖に非常に実績のある某国の某動物園の飼育主任の方がおもしろいことを言っていました。 「産室内にモニターカメラを入れで映像を見ることができる時代になったのは進歩だが、そんなものがない時代でも我々は産室内での赤ちゃんの状態の推移を知るのには全く困らなかった。 マイクなどがあって産室内の音さえ聞ければ授乳の状態など全てがわかるのだ。 私たちスタッフの耳は眼と同じだけの働きをするのだ。」という自信満々の発言でした。 さらに、「モニターカメラがあったからといってホッキョクグマの繁殖の成功率が高まるわけでは全くない。」とも言い切っていました。

さて...AZAの飼育マニュアルでは産室内での誕生後の赤ちゃんの成育が順調に推移するかどうかを、お母さんからの授乳がうまく行われているかどうかをもって判断の基準にしています。 そしてその判断について以下のように言っています。

Cub cries can be very loud, and have a distinctive sound
(described as a hum or trill) during a nursing session.
Observations have shown that the humming vocalization is
generated during breathing out, with the tongue pressed
against the palate. The humming vocalization is a good
indicator that the cubs are being cared for appropriately.


この “humming vocalization”...円山動物園でララの子育てを直接体験された方には「ああ、あのことか」とわかるはずです。 では実際に誕生から間もない時期の産室内の赤ちゃんがお母さんからの授乳を受けて”humming vocalization” を行っている映像をご紹介しておきます。 まずこの下は2010年11月にデンマークのオールボー動物園でメーリクお母さんが産んだ赤ちゃんのアウゴがお母さんから授乳を受けている映像です。音声を聞いてみて下さい。



この上映像では音声からも視覚からもアウゴが順調に授乳を受けていることがわかります。

さて、下の次の映像です。 これはつい先日11月24日にチェコのブルノ動物園でコーラお母さんが産んだ赤ちゃんへの誕生から間も無い時期の授乳シーンです。 音声にご注目下さい。



この上の映像では赤ちゃんの姿は見えません。 またコーラお母さんの体に動きがなく、授乳しているのかどうかは視覚的にはわかりません。 しかし音声によって赤ちゃんがちゃんと授乳されていることが明瞭にわかります。 ブルノ動物園の担当者(そして同動物園に助言を与えているモスクワ動物園の担当者)はこの音声 (”humming vocalization”) だけによって赤ちゃんの成育は順調に推移していると判断しているわけです。 スカンジナヴィア野生動物公園でシークーが昨年の暮れに生まれたときには、産室内からこの音声 (”humming vocalization”) が聞こえないことをもって授乳ができていないと判断して人工哺育に切り替えたわけであり、視覚的な映像で授乳の有無を判断したわけではありません。

なるほど...モニターカメラの映像で視覚的に確認できるか否かを問わず、判断基準は音声というわけですね。 つまり某国の某動物園の飼育主任の方のおっしゃることはまことに正しいということになります。 AZAのマニュアルもそれを裏付けている記述になっています。 モニターカメラの映像があるために、とかく視覚だけによって産室内の様子を判断しようとする傾向に対しては警鐘を鳴らすべきでしょうか。

男鹿水族館が先ほど発表しています。 「仔獣は時おり『ククククク』という連続音を発します。この鳴き声はどうやら授乳中、もしくは授乳が終わったあと、仔獣が落ち着いているときに発するようです。当館では授乳をしている可能性があると考えていますが断定はまだできません」 と言っています。 この「ククククク」というのは ”humming vocalization” と考えて間違いないでしょう。 この音声は授乳時だけであり、授乳が終わった後に発することは滅多にないはずです。 私の考えでは「クルミは授乳していると断定してよい。」と考えます。 この先で赤ちゃんがうまく育たないケースがあれば、それは授乳以外で問題が起こったときでしょう。 現時点では「授乳に関する限りはうまくいっている。」と断定してよいと考えます。 授乳の有無に関してモニターカメラによる視覚的な裏付けは不要、そう考えてよいでしょう。

男鹿水族館にとって「第一関門」の出口の光が微かに見えてきたといったところでしょうか。 しかしながら、クルミにとっての「闘い」はまだまだ続きます。 まだ到底安心はできません。

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual

(過去関連投稿)
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
by polarbearmaniac | 2012-12-06 01:00 | Polarbearology

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