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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か

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クルミ (2011年4月24日撮影 於 釧路市動物園)
NikonD7000   Tamron 18-270mm F3.5-6.3 Di II VC PZD

アメリカ動物園・水族館協会 (AZA) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」に沿った研究を続けます。 今回は、ホッキョクグマの赤ちゃんの頭数・性別を何らかの根拠をもって事前に予測できるのかという点についてです。 実はこの点についてこのブログではすでに過去何回か触れていますし、すでにアイラアノーリの性別予測を試みてきました(過去関連投稿参照)。 そしてこの2頭の性別については当たったわけですが、こういったことを予想する場合に前提として以下の二点について確認しておかねばなりません。

① 事前予想を行うために用いる過去の飼育下のデータはサンプル数が多いわけではなく、よって厳密な意味での統計学的なデータとするのは難しい。

② 頭数・性別を事前に予測できたからといって、そのこと自体が何らかの意味を持つことにはならない。


上記の二点にもかかわらず何故ここで赤ちゃんの頭数・性別の予測を試みるかということですが、これはある種の「知的探求の遊び」としてご理解いただきたいと思います。 ホッキョクグマの赤ちゃんの誕生シーズンを迎えて、ただ誕生の発表や報道を待つだけではおもしろくないので、あれこれいろいろと考える時間を楽しもうというわけです。 ですから、まるで針の先ほどの傾向の差異を思う存分引き伸ばして予想する...そういうことになります。 こういったことを前提に今回はこの事前の頭数・性別予測の問題に入ります。

このAZAの飼育マニュアルは、飼育下のホッキョクグマの福利厚生を最大限に実現するためにはいかなる方法で飼育を行えばよいかが目的なわけですから、生まれてくる赤ちゃんの頭数・性別の予想などといったものを本来含むはずはないわけです。 ところがこの点について視点を変えた形でこのマニュアルが触れている箇所がありますので以下に引用しておきます。

Tumanov found a slight trend for females that bred early
(February) or late (June) to have fewer cubs per litter than
those that bred in March-May, however, this trend was based
on a small sample size.


ここで言っているTumanov というのはかねてから何度かご紹介しているロシアの生物学者であるイーゴリ・トゥマノフ氏の研究報告である ”Reproductive Biology of Captive Polar Bears (by IGOR TUMANOV. Research Institute of Nature Conservation of the Arctic and North, St. Petersburg, Russia)” を指すことに間違いありません。 この研究報告は1932年から1988年の間でのレニングラード(現在は「サンクトペテルブルク」)のレニングラード動物園での50回のホッキョクグマの出産によって生まれた88頭の個体についての統計記録です。 この記録では繁殖行為(交尾)日、出産日、及び妊娠日数 ("Pregnancy Duration" をそう訳しておきます) と一出産あたりの赤ちゃんの頭数、性別との間に関係があるかどうかを示唆するデータを提示しています。 AZAのマニュアルで触れているぐらいですから、おそらくホッキョクグマの繁殖行動日、出産日と頭数・性別との関連についての世界でも唯一の研究ではないかと思います。  この研究報告については以前にもご紹介していますから再掲になりますが、このトゥマノフ氏の研究報告のデータから読み取ったものを私なりに以下にまとめます。

(1)交尾日、出産日、妊娠期間、出産頭数、性別との関係
交尾日    平均妊娠日数 出産平均頭数 性別(オスの確率)
2月11-28日   281日      1.55    50.0%
3月 2-31日    254日     1.80     51.9%
4月 1-30日    237日     1.75     54.3%
5月 8-16日   207日     2.25     55.6%
6月 5-13日   166日     1.50     33.3%

つまり、 「交尾日が遅ければ平均出産頭数が増え雄(オス)の確率が次第に高くなるものの、6月に交尾が行われた場合については雌(メス)の確率が非常に大きくなる。」という傾向があります。

(2)妊娠期間と平均出産頭数との関係
妊娠期間        平均出産頭数
164 - 233日間     1.88
239 - 256日間     1.76
260 – 294日間     1.64

つまり、「交尾日から出産日までの期間が短ければ短いほど1回の出産頭数は増える。」という傾向があります。

(3)1回の出産あたりの出産頭数の確率
1頭出産の確率  -  28%
双子出産の確率  - 68%
三つ子出産の確率 -   4%

つまり、「ホッキョクグマの出産のうち三分の二は双子の出産である。」ということになります。

こういった傾向に関してはAZAのマニュアルも述べているように非常に限られたサンプルから得られたものであるため、統計学的にどれほどの意味があるかという問題があります。 しかしだからといって、同じ動物園という気候環境の同じ場所で50回のホッキョクグマの出産によって生まれた88頭の個体を調べたこの研究以上のサンプルをはたしてアメリカの動物園で得られるかといえば、それは不可能でしょう。 よってこのトゥマノフ氏の得たデータとそれが示す傾向は十分に評価に値すると思われます。

さて、これに基づいて男鹿水族館でクルミの産んだ赤ちゃんの性別を予想してみることにします。 実はこの予想は赤ちゃんの誕生の事実が判明したものの頭数が不明であるという段階で行えば効果的だったのですが、男鹿水族館はすでに「一頭のみ確認しています」 という微妙な言い方をしていますので、とりあえず一頭と考えて、この上の傾向に当てはめてみることにします。

豪太とクルミの交尾が最初に確認されたのは4月4日です。 トゥマノフ氏の研究報告では交尾日については確認された最初の日を採用しているわけですから整合性をとるために、これは4月4日を採用します。 出産日については最初に泣き声が確認された12月4日を採用することとします。 そうしますとPreanancy Duration (妊娠期間) は244日間となります。 これをトゥマノフ氏の研究報告のデータに当てはめていきますと....ウーン、難しいですね。 といいますのも、このクルミの出産についてはデータ的に見ればホッキョクグマの出産としてはあまりに平均的なものだからです。 しかしあえて上の傾向で言えば、「クルミが現在産室でケアしている1頭の赤ちゃんは雄(オス)である。」 という予想となります。 ただしかし実は今回のクルミの出産は、この交尾日と出産日から考えると双子である確率のほうが本当は高いように思いますけれどもね。 何故かと言えばPregnancy Duration の244日間というのは平均出産頭数が多くなるデータの傾向に引っ張られているからです。 再度繰り返しますが、あくまでもこれは「頭の中の遊び」といった程度の予想です。

さて、ともかく男鹿水族館から今後出てくるクルミの赤ちゃんに関する情報については、非常に大事な節目のものについてはここでフォローしますが、それ以外については今後いちいち触れないことといたします。

(*追記 - ちなみにアイラの場合は1頭で雌(メス)、クルミの赤ちゃんの場合は1頭で雄(オス)と、1頭の場合の私の事前の予想の判断が異なる理由は、2010年におけるララとデナリの交尾日が、2012年におけるクルミと豪太の交尾日よりも時期が早いからです。 交尾日が比較的早い場合と極端に遅い場合は雌(メス)の確率が大きくなります。 よく、「1頭の場合は雌(メス)なのだ。」という意見があります。 これはたとえばツヨシやピリカ(そしてアイラ)は1頭で雌(メス)であってイコロとキロルの双子が雄(オス)であるという事例からそう考えられているのかもしれません。 しかしこれはデータが示す傾向とは明確に反する考え方です。)

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual
Reproductive Biology of Captive Polar Bears (by IGOR TUMANOV. Research Institute of Nature Conservation of the Arctic and North, St. Petersburg, Russia)

(過去関連投稿)
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ララの次の出産個体の性別 (個人的予想)
ララが降誕祭に生んだ赤ちゃんの性別を予想する!
ホッキョクグマ出産統計から見た傾向を再確認する ~ 出産シーズンに向けての知識整理
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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
by polarbearmaniac | 2012-12-07 01:00 | Polarbearology

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