街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

プロフィールを見る

「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?

a0151913_18455593.jpg
a0151913_1846631.jpg
a0151913_1846209.jpg
フリーマスお母さんとピセルとノルチェの双子 
(オランダ・ヌエネン、「動物帝国」) Photo(C)Dierenrijk

オランダのヌエネン(ニューネン)にある「動物帝国 (Dierenrijk)」 で昨年の11月16日にフリーマスお母さんから誕生した双子の赤ちゃんである雄のピセル (Pixel) と雌のノルチェ (Noordje) が生後88日目の2月12日にすでにお母さんと共に戸外に出たことはすでに投稿しています。 このピセルとノルチェですが早々と3月3日にフリーマスお母さんの厳重な監視のもとに初めて水に入るようになりました。 生後107日目ということになります。その映像を撮られた方がいますので下にご紹介しておきます。



やはりフリーマスお母さんは相当に注意を払っていますね。 実にしっかりしたお母さんです。 札幌・円山動物園で2010年の12月25日に生まれたアイラが最初に水に入り始めたのは翌年の4月16日で生後112日目でした。その時の様子を伝えるマスコミの映像を再度ご紹介しておきます。



この時はララお母さんが見ていないときにアイラは水に入ってしまったわけでした。

2008年12月9日生まれのイコロとキロルがプール初体験をしたのは翌年2009年4月19日、つまり生後131日目でした。 この時の映像を円山動物園の公式映像で振り返ってみましょう。 こちらのページです。 この時はララがツインズに水に入るように促す動作がありました。

さて、以前からご紹介しているアメリカ動物園・水族館協会 (AZA) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」(pdf) ですが、赤ちゃんたちをいつ頃から大きなプールを使用させてよいか、その場合にどういうことに注意せねばならないかを以下のように述べています。

Cubs should not have access to large pools until they
are old enough to swim, usually at about 4-5 months of
age. (中略) If possible, pool water levels should be
initially lowered to desensitize the cubs to water,
and to ensure that they are able to get out of the pool.


だいだい生後約4~5か月を経過した時点以降に認めてよいという記述となっています。 つまり生後120日以降というのを目途にしているわけです。 そして最初はプールから上がれるように水位を低くしておくことを勧めています。 このAZAのマニュアルの記載から考えれば今回の「動物帝国」のピセルとノルチェのプールデビューは少し早いような気もしますが、施設のプールが池のようなもので常に水が存在しているということでしたら母親がちゃんと監視していれば問題ないと思います。 また、円山動物園のイコロ、キロル、アイラの場合はプールの水位の調整が楽ですのであのように水位を低くして赤ちゃんたちの安全を確保している点で、結果としてこのマニュアルの内容に沿ったやり方になっていると思います。 簡単に水を抜いたり水位を調節できるプールの場合と、自然に近い池のような場合とでは扱いが違うということもあります。 それからモスクワ動物園では赤ちゃんの戸外初登場の時からプールには水が入っていますが私が現地で見た限りでは赤ちゃんたちは怖がって水に近づこうとはしませんし、お母さんの監視もしっかりしているので水に入るという状況にはならないこともわかりました。

まあいずれにせよケースバイケースということになるでしょうか。産室から戸外へ出す時期に比べれば水に親しませる時期はもっと柔軟であると考えてよいように思います。誕生後何日といった硬直的なものと考えないほうがよいのでしょう。 しかしまた次のような事例を考えてみる必要もあります。

a0151913_227561.jpg
フギースお母さんとウォーカーとスウィマーの双子 Photo(C)anp

さて、ここで過去の事例のうち非常に有名なものを再度またご紹介しておきます。 オランダ・レネンのアウヴェハンス動物園で飼育されている欧州を代表する偉大な母であるフギースが2008年12月7日 (つまりララがイコロとキロルを産む2日前) に産んだウォーカーとスウィマーの双子の兄弟の件です。 このウォーカーとスウィマーは翌年2009年3月17日、すなわち生後100日目にフギースお母さんと一緒に戸外に登場しました。 その時の映像をまず以下でご覧ください。最初のフギースお母さんに咥えられて登場したのが体の小さなスウィマー、次に普通に歩いて登場したのがウォーカーです。



この戸外初登場の4日後の3月21日、つまり生後104日目に悲劇がおこりました。 それはスウィマーの突然の死です。 この日はあのイコロとキロルの一般公開日の翌日だったわけです。 以下の映像をご覧ください(これは過去にもご紹介しています)。 全画面表示をおすすめします。



その日は週末の土曜日で何人もの来園者がこのホッキョクグマ展示場にいたにもかかわらず、このスウィマーの死の瞬間については確実な証言が非常に乏しかったわけです。 アウヴェハンス動物園はこのスウィマーの死について当初は 「溺死である可能性が極めて強い。」 と述べていました。 当時私もこの映像を見て溺死に間違いないと思ったわけです。 なぜならスウィマーの体は濡れていて明らかに水に入ったことを示していたからです。 いくらなんでも一般公開の4日後(生後104日目)に水に入るのは極めて危険であるとも思いました。 水を怖がるスウィマーを無理やり泳がせようとフギースお母さんは鼻で彼の体を押したためにスウィマーは溺れてしまったのだという、やや不確かな目撃証言もあったようでスパルタ教育を信条としているように感じるフギースお母さんならやりそうなことだと周囲も考えたのは無理もないでしょう。 私もそうだとその後も思い込んでいたわけでした。 

さて、アウヴェハンス動物園はスウィマーの死因を確かめるためにユトレヒト大学の獣医学部に遺体を運びました。 ところが意外なことに検死の結果は、横隔膜(から)の体内大量出血 (bloeding van middenrif) が死因であったと判明したそうです。 しかし何故突然そのような出血が起こったのかはよくわからないという見解だったとのこと。 私もこの件についてはどうも腑に落ちない点を感じます。 水に入ったことは間違いないことがスウィマーの濡れ方でわかります。 そうすると水中で突然、このような体内での出血が起こったということなのでしょうか? 

実はこのスウィマーの死の比較的直前にこの親子を撮った映像があります。 まずオランダのTV局の映像です。  この映像ではウォーカーだけが水に入っています。



次はスウィマーの死の30分前の映像です。 これをじっくりご覧ください。 最後のほうでウォーカーが水に入ろうとするとフギースお母さんが彼の体を鼻で押すシーンが映っています。 この後のシーンが映っていないのですが、多分フギースお母さんはウォーカーの体だけでなくスウィマーの体もこうやって押したのは間違いないのではないでしょうか。 この映像の後の30分間に謎が残ります。



いずれにせよまだこの時期に、しかも双子であるにもかかわらずウォーカーの半分以下しか体重のなかったスウィマーが水に入れるようなこの展示場の状態も問題だったと思います。 無理して早く泳ぎを習得させる必要はなかっただろうと思います。 この点では、やはりAZAの飼育マニュアルで言うように生後約4~5か月を経過した後で水に親しませるのがよいということになるのではないでしょうか。 サンクトペテルブルクのレニングラード動物園のウスラーダは幼少の子供たちが水に接近するのを厳しく禁じるお母さんですが、同じ厳しさでもフギースお母さんのように子供たちを無理やり泳がせようという厳しさよりも、泳がせない厳しさのほうが安全だろうと思います。 スウィマーの死については、私はアウヴェハンス動物園、そしてフギースお母さんの両方にも責任が免れない点があるように感じます。
a0151913_153222.jpg
フギースお母さんと亡くなった スウィマー Photo(C)HLN.be-nieuws

話は少し変わりますが、このスウィマーは亡くなるまでは雌(メス)だと考えられていたそうです。 亡くなって検死の際に本当は雄だったと判明したそうです。

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual
HLN.be-nieuws (Mar.23 2009 - IJsbeertje verdrinkt voor ogen bezoekers in Nederlands dierenpark)
HLN.be-nieuws (Mar.23 2009 - "IJsbeer Swimmer stierf aan bloeding van middenrif")
RTV Utrecht (Mar.23 2009 - IJsbeer Swimmer was een mannetje)

(過去関連投稿)
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」でホッキョクグマの双子の赤ちゃん誕生! ~ 成功した大陸間の個体交換
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」で誕生したホッキョクグマの双子の赤ちゃんの名前が早々と公募で決定
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」で誕生の双子の赤ちゃんの最新の近影が公開
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」で誕生の双子の赤ちゃん、ピセルとノルチェの産室内の新映像
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」で誕生の双子の赤ちゃんのピセルとノルチェ、早々と戸外に初登場!
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」のフリーマスお母さん、初産で堂々たる母親ぶり
オランダ・ヌエネンの「動物帝国」の双子の赤ちゃんとフリーマスお母さんの映像 ~ 性別の異なる双子の行動
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(6) ~ Courtship Behavior の位置付け
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(7) ~ 産室内の母親は室内に留め置くべきか?
by polarbearmaniac | 2013-03-06 07:00 | Polarbearology

カテゴリ

全体
Polarbearology
しろくま紀行
異国旅日記
動物園一般
Daily memorabilia
倭国旅日記
しろくまの写真撮影
旅の風景
幻のクーニャ
エッセイ、コラム
街角にて
未分類

最新の記事

ロシア北東部・サハ共和国、ヤ..
at 2017-03-24 15:00
ドイツ・ミュンヘン、ヘラブル..
at 2017-03-23 20:00
男鹿水族館のクルミと豪太のペ..
at 2017-03-22 23:30
ハンガリー・ブダペスト動物園..
at 2017-03-21 20:00
ロシア・ノヴォシビルスク動物..
at 2017-03-21 18:00
ロシア・ノヴォシビルスク市の..
at 2017-03-20 19:00
デンマーク・オールボー動物園..
at 2017-03-19 20:30
チェコ・ブルノ動物園の「国際..
at 2017-03-19 00:30
ドイツ・ミュンヘン、ヘラブル..
at 2017-03-18 11:00
フランス・ミュルーズ動物園で..
at 2017-03-18 00:30

以前の記事

2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月

検索

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ライフログ


人生と運命 1


スターリン―青春と革命の時代


モスクワは本のゆりかご


私のモスクワ、心の記憶


自壊する帝国 (新潮文庫)


甦るロシア帝国 (文春文庫)


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)


ロシア 春のソナタ、秋のワルツ-1999-21st


それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影


ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌 (新潮文庫)


わがユダヤ・ドイツ・ポーランド―マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝


ベルリン戦争 (朝日選書)


Hof――ベルリンの記憶


カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺


北京烈烈―文化大革命とは何であったか (講談社学術文庫)


慟哭の通州――昭和十二年夏の虐殺事件


主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録 (1965年)


藤田嗣治 異邦人の生涯


Barle's Story: One Polar Bear's Amazing Recovery from Life As a Circus Act


Hotel Adlon: Das Berliner Hotel, in dem die grosse Welt zu Gast war


Ein seltsamer Mann


Alma Rose: Vienna to Auschwitz


St Petersburg: A Cultural History


Gulag


The Guest from the Future: Anna Akhmatova and Isaiah Berlin