街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの起源について(5) ~ ホッキョクグマとヒグマとの進化過程での交配を否定する新説登場

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イワン (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

昨年、「ホッキョクグマの起源について」という4回の投稿で、ここのところ議論が盛んになっていた「ホッキョクグマの起源」に関する諸説をまとめると共に新説の登場についてもご紹介しました。 現時点で最も新しく、そして核DNAの完全解析にという極めて強力な根拠を持つ昨年夏に登場した「新・通説」では約500万年前に、ホッキョクグマはヒグマから枝分かれしたのではなくホッキョクグマとヒグマはお互いに分離したのだという考え方に立つものであることもご紹介しています。 その後、この「新・通説」、すなわち「核DNA完全解析による500万年前説」に対して異議や疑問を投げかけた研究者は存在してはいますが、そういった異議や疑問の多くは化石からヒグマの進化などを研究してきた古生物学の研究者が最近の分子生物学の成果の前にたじろぎ、そして戸惑う姿をそのまま反映したものに他ならず、正攻法による「核DNA完全解析による500万年前説」への批判とはまだ成り得ていないようです。

この「新・通説」である 「核DNA完全解析による500万年前説」 ( “Polar and brown bear genomes reveal ancient admixture and demographic footprints of past climate change” ) は内容的には2つの構成から成っています。それは、(A)ホッキョクグマとヒグマのお互いの分離年代の確定、(B)分離後のこの両種の進化、こう言ってよいかと思います。これは、今までのいくつかの説でもこの二つの構成から成り立っていたことと変わりません。私が「ホッキョクグマの起源について」という4回の投稿でまとめできたのは、このうちの(A)の部分の諸説の変遷であったわけです。 では(B) の「ホッキョクグマの(その後の)進化」の問題はどうかといいますと、実は依然として多くの研究者が解明に悪戦苦闘するほど難解であり、「新・通説」である「核DNA完全解析による500万年前説」においてすら、それが提示している(B)は(A)を踏まえての一つの有力な説明といったものに留まっているわけです。ですから現時点でほぼ確定的に言えるのは「新・通説」のうちの(A)の部分、すなわちホッキョクグマの起源、つまりヒグマとのお互いの分離年代 (枝分かれではありません) についてというわけです。
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ヒグマとホッキョクグマ(C)Photos.com

実はこの(B) の部分、すなわちホッキョクグマの(その後の)進化」についてはタイトルを改めて新たに数回投稿したいと思ってはいるものの、研究者ですら頭を悩ませているこの複雑な問題を、私自身がその諸説を手際よく整理してご紹介できるまでに至っていないわけです。 しかしそうこうするうちに、一昨日になって極めて興味深い説が登場しましたので、これを簡単にご紹介しておきます。 それは一昨日の14日に公表された、 "Genomic Evidence for Island Population Conversion Resolves Conflicting Theories of Polar Bear Evolution" というアメリカを中心とした複数の研究者による共同研究報告の内容です。 これは7頭のホッキョクグマ、アラスカ州のアドミラルティ島 バラノフ島 チチャゴフ島の三つの島(ABC Islands などと略されています。 下の地図で2の地域です。) に住むヒグマ、そしてアラスカ本土に住むヒグマ、そしてアメリカグマのゲノム全体にわたるDNA配列を徹底的に分析するという研究です。
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(C)2013 Cahill et al.

今回の共同研究者に名を連ねているアメリカの進化生物学者のベス・シャピロ女史は、かつて 「15万年前説」 を支持し、その後 「ホッキョクグマ版イヴ仮説」 を提唱した一人ですが、このシャピロ女史が以前の(通)説の間違いを認め、その間違いの原因についても述べています。 以前の説においてはホッキョクグマはヒグマとの交配によって、すべてのホッキョクグマはヒグマからの遺伝子を一部受け継いでいると考えられたわけですが、今回の新しい説では実はそういったホッキョクグマは限られた集団だけであり、他のほとんどのホッキョクグマはヒグマからの遺伝子は受け継いでいないことがわかったと同時に、遺伝子の継承は今まで考えられていたのとは逆にホッキョクグマからヒグマに受け継がれたのだと述べています。 そして、ホッキョクグマは実は主としては驚くほど同質・純粋の種でありヒグマが祖先であったという形跡は今回の研究では明確には認められなかったと述べています。 つまりこれは、以前の通説で考えられていたように「ホッキョクグマはヒグマから枝分かれした」のだという考え方が正しくないということが、「新・通説」の登場の時と同様、ここでも再び明らかになったのだと考えてよいでしょう。

シャピロ女史は、なぜ以前のような考え方がなされたかについて、実はかつてサンプルとしていたアラスカ州のアドミラルティ島 バラノフ島 チチャゴフ島の三つの島に生息していたヒグマが通常のヒグマとは異なる特殊な遺伝子を保持しているからだと述べています。 実はこの三つの島のヒグマにはホッキョクグマの遺伝子が含まれていることが今回の研究でわかったそうで、この特殊な遺伝子を持つヒグマをヒグマ全体のサンプルとして使用したがために大きな混乱が起こり、それが今までの説が間違っていた原因だと述べています。
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アドミラルティ島 バラノフ島 チチャゴフ島に生息するヒグマ
Photo(C) Michael Dobson/LiveScience

何故この三つの島にホッキョクグマの遺伝子を持つという特殊なヒグマの集団が存在しているのかということについてですが、一つの有力な仮説として、最後の氷河期が終わりアラスカ南部の氷が後退したためにそこにホッキョクグマの集団が孤立し、そこにアラスカ本土から泳いで渡ってきたヒグマの雄との交配がおこってそのホッキョクグマの集団はヒグマの集団に変わってしまったという仮説を提示しています。 そのためにこの地域に住む現在のヒグマにホッキョクグマの遺伝子が多く受け継がれているのだという仮説です。 こうなりますと以前の説である「15万年前説」、そして「ホッキョクグマ版イヴ仮説」、そして「核DNA部分的解析による60万年前説」は完全に否定されたことになります。 なぜなら (A)はすでに否定されていることは勿論ですが、(B)に関してこれらの説は全て「ホッキョクグマはヒグマから枝分かれした」と考えていたからです。 「新・通説」である「核DNA完全解析による500万年前説」はホッキョクグマはヒグマとは互いに分離して別種になったとしていますので、今回の新研究とは矛盾しないと考えられるでしょう。 しかし、「新・通説」である「核DNA完全解析による500万年前説」が(B)ホッキョクグマのその後の進化 として説明しようとした仮説の内容とはかなり異なることになります。 なぜなら、「新・通説」も (B)ホッキョクグマの進化については過去何度かの時代におけるホッキョクグマとヒグマとの間の広範囲な交配を想定したものであったからです。 しかしやはり「新・通説」における(A)の部分、すなわち年代の部分については揺るがないということになります。

さらにシャピロ女史は、仮に地球温暖化が進行するとホッキョクグマは後代に地域においてかつてこのアラスカ南部の三つの島にホッキョクグマの集団が孤立したのと類似の状況になり、そうなればホッキョクグマはヒグマと交配してヒグマに変化していく可能性にも触れています。 そうやって環境に対応する能力がホッキョクグマあると述べていますが、この部分についてはや幾分飛躍があるようにも私には思えます。 欧州のマスコミは今回のこの新研究についてその結論は「ホッキョクグマは環境の変化に対応してヒグマに変化する可能性」という部分に主眼を置いて報道していますが、私の見たところそれは正しくないように思います。 そういった報道は、ホッキョクグマの起源についてここ数年にわたって新しい説が次々と提唱されてきたという経緯を考慮に入れていない浅い理解による記事としか思えません。 今回の新研究の主眼はそこにあるわけではないのです。 ホッキョクグマが地球温暖化によって生息域が狭められたためにヒグマの生息域に入り込んで、そこでホッキョクグマとヒグマとの間の交配が生じることによって生き残るという可能性の根拠を、従来の説ではホッキョクグマの進化の過程で過去これが何度か行われたからなのだという説明に基づいていたわけですが、今回の研究結果はホッキョクグマがヒグマと交配して生き残る可能性の根拠を、アラスカ州のアドミラルティ島 バラノフ島 チチャゴフ島の三つの島で最後の氷河期の終わりに偶然と思われる状況でホッキョクグマとヒグマの交配が行われたという可能性に基づくのが正しいのではないか、としたところに今回の新研究の重要なポイントがあるわけです。  その点で大方のアメリカのマスコミは「ホッキョクグマの進化の謎が深まる」といった点に主眼をおいて報道していますが、私はそれが正しいと考えます。 日本のマスコミは果たしてこの新研究をどう報道するでしょうか? 報道すること自体無理だと思います。 全く関心など示さないでしょう。 何故なら日本にはこういうホッキョクグマの起源と進化に関心を持つという層が存在しないからです。 地球温暖化とホッキョクグマの将来、それを彼らの過去の進化と結びつけて理解しようということに興味を持つ層はなおさら存在しないのです。 欧米と日本との間の大きな距離感を感じてしまいます。 これではいけないと思いますが...。

いずれにせよ、ホッキョクグマとヒグマの過去における進化の問題、そして今後の進化については依然として解明には時間がかかりそうです。 しかし実に興味深いことです。  (続く

(資料)
PLOS Genetics (Genomic Evidence for Island Population Conversion Resolves Conflicting Theories of Polar Bear Evolution)
Phys.Org (Mar.14 2013 - DNA study clarifies relationship between polar bears and brown bears)
NBCNews.com (Mar.14 2013 - Polar bears' mysterious origins stymie scientists)
LiveScience.com (Mar.14 2013 - Polar Bears' Mysterious Origins Befuddle Scientists)
Toronto Star (Mar.14 2013 - Polar bears could turn brown as climate changes, geneticist says)
RedOrbit (Mar.15 2013 - DNA Study Reveals Secrets Of Gentically Similar Polar And Brown Bears)
“Polar and brown bear genomes reveal ancient admixture and demographic footprints of past climate change”

(過去関連投稿)
ホッキョクグマの起源について(1) ~ 諸説の成立過程を整理する
ホッキョクグマの起源について(2) ~ ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 の登場
ホッキョクグマの起源について(3) ~ 画期的な新説が登場するも依然として残る謎
ホッキョクグマの起源について(4) ~ 衝撃的で強力な新説の登場により通説が遂に崩壊へ
by polarbearmaniac | 2013-03-16 07:00 | Polarbearology

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