街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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上野動物園の女神デア、その神性の宿るところ ~ 父親との同居成功という稀有の体験が語るもの

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デア (2013年3月17日撮影 於 恩賜上野動物園)

先日の日曜日に上野動物園に行って人込みの中でデアを長い時間見ていたわけですが、実は今回少し違った視点と想像力を働かせて彼女の姿を追っていました。 日曜日にも書きましたが私の見たところ、このデアは知性的で、そして周囲の状況がよく見えていると同時に自然に合理的行動をとるという稀有の大物ホッキョクグマであると感じるわけです。 そういった理解が仮に正しいとして、ではいったい彼女のこの資質はいったに何に由来しているのかということについて、過去の一つの事実に注目しつつ彼女を見ていたわけでした。 さて、その過去の事実とはいったい何でしょうか?

このデアは幼年の成長期にわたって野生下でも飼育下でもほとんど全くあり得ないほどの稀有の体験をしています。 それは幼少期での父親との同居です。 以下の2枚の写真をご覧いただきましょうか。
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生後9か月のデアと父親フェリックス、母親マリッサの家族同居 
Photo(C)Yahoo/Il@ri@ (1) (2)

これらはいずれも2009年の9月、つまり彼女が生後9か月の姿であり、写っているのは母親のマリッサと父親のフェリックスです。 この写真を見て驚かない人はまずいないといってよいでしょう。 実はこのイタリア・ファザーノのサファリ動物園ではこうして赤ちゃんを母親だけでなく父親とも同居させるというやり方を行っており、すでに3月の一般公開の時点ですでに数週間後には父親も同居させるとマスコミに予告していたわけです。 つまりこれはイタリア語で言うところの一種の “la socializzazione “ 、つまり「適応化 (と敢えて訳しておきます)」 ととらえているわけですね。 (*このホッキョクグマの「適応化」の問題については以前、人工哺育の問題を扱った際にとりあげていますので敢えて再びここでは書きません。) ホッキョクグマの母子に父親を合流させるというのは世界中のホッキョクグマ界では「禁じ手」であることはご承知の通りで、これをやってみようと考えた動物園は過去にもほとんどないわけです(ドイツのケルン動物園は20年ほど前にこれを行って成功させているそうですが)。 非常に危険極まりないわけで、そのリスクの大きさは計り知れません。 旭山動物園で飼育されていた故ハッピーは幼年期に父親に舌を噛み切られたと聞いています。 そのときの具体的状況がよくわかりませんので軽率なことは言えませんが、しかし仮にそれが事実であったならばハッピーは父親と同居していたということになるでしょう。 とすればハッピーのこういう結果は、まだしも「不幸中の幸い」 だったというレベルでしょう。 現実には、子供の命の保証はあまりないということです。

ではいったいどういう条件ならば父親を母子と同居させることが可能になるでしょうか? まずとりあえず容易に考え付くことは、父親が非常に温和で寛容な性格である場合でしょう。 ここでこのデアの父親であるフェリックスの性格を推し量る2つの映像がありますので、ご覧いただきましょう。 これは2009年の8月の映像で南イタリアに降り注ぐ夏の太陽の光の下での映像です。



この上の映像で映っているのは父親のフェリックスですが、夏の暑さと強い太陽に悩まされているという感じがします。 しかし母親のマリッサと娘のデアは室内に通じる日陰の比較的涼しい場所でゆったりと寝ているのです。 さて、次は上の映像に続くシーンの映像を以下で御注目下さい。



上の映像では暑さに耐えかねたフェリックスが母子のマリッサとデアの寝ている涼しい場所に自分が入りたいと考えてそこに向かうわけです。 ところが母子は微動だにせず、父親のフェリックスはその日陰に入るのを諦めて水に入るというシーンです。 普通の雄のホッキョクグマでしたら、「おい、そこをどけ!」 と母子を威嚇して追い出して自分がそこに入るでしょう。 ところがフェリックスは、「しょうがないなあ...」 と諦めてしまうわけです。

さて、以上のことから父親を母子と同居させることに成功する条大きな条件は、父親である雄が温和で寛容な性格であることだと結論付ける....というのは私は少々違うように思います。 それはたとえば、札幌・円山動物園で父親デナリを母親ララ、そしてララの赤ちゃんとの同居を試みることを考えてみて下さい。 デナリの性格でしたらこのフェリックス同様、赤ちゃんに危害を加えることはまずないだろうと思います。 ならば同居に成功するかと言えば、私は成功の見込みはないと思います。 その原因は母親のララです。 ララというのは自分と自分の子供たちの空間に絶対に他のホッキョクグマ(それが雌であれ)の存在を許さないという性格に見えます。 ララというのはそれほどまでに自分の空間を完全に支配しようという強い性格の持ち主であるからです。 それは自分の母親であったクーニャ譲りの「誇り高きホッキョクグマ」像を見事なまでに体現しているとみて間違いありません。 自分の娘だったピリカが何年か経て戻ってきて、かつての母親のララと同居したときのララ自身の機嫌の悪さを思い出してみて下さい。ですから仮にデナリとララ母子とを同居させれば、危ないのは赤ちゃんであるどころかむしろ父親であるデナリのほうでしょう。 ララから威嚇・攻撃がある強い可能性があるからです。

そういったことから、私は父親と母子との同居が成功するか否かの鍵はむしろ母親が握っているだろうと考えます。 デアの母親のマリッサは雄のフェリックスが自分たち母娘の空間に入ってくることに何らの抵抗もなかったということです。 これこそがむしろ、父親と母子の同居を成功させた一番の原因でしょう。 つまりこのマリッサお母さんはララとは正反対の性格のホッキョクグマであるように思います。サファリ動物園では、デアの姉のノエルとジョヴァンナの時にも父親との同居を行っていたそうですが、それを示す写真はざっと調べた限りではありませんでした。 ただしかし、やはりこの父親と母子の同居の試みは一般の動物園では極力避けるべきでしょう。サファリ動物園では成功しましたが、他の動物園ではあまりにリスクの大きなやり方です。
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産室内のデアとマリッサお母さん Photo(C)Alessandro Garofalo
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マリッサお母さんと幼少期のデア Photo(C)La Repubblica

さて、こうして父親とも同居していたデアですが、この体験はやはり相当に彼女のその後の人格(熊格)形成にプラスに働いているように思います。 自分の母親以外のホッキョクグマ、それも雄である父親が存在しているということは、デアにとっては自分の母親は絶対化された存在ではなく相対化された存在として接する対象になっただろうということです。 つまりそれが、デア自身の世界を拡げることになったことを意味します。 デアの理性的で周囲の状況を的確に捉える能力はこうして育まれたと私には思えます。 デアが大物ホッキョクグマである所以はここにあるでしょう。 我々が今まで体験しなかったような種類の稀有の「アポロ的」 ホッキョクグマというわけです。 そういう想いで先日の日曜日、私は彼女を称賛の気持ちで眺めていたというわけでした。
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デア (2013年3月17日撮影 於 恩賜上野動物園)

果たしてこのデアが将来、「偉大なる母」になるかどうかはわかりません。 しかし、「偉大なるホッキョクグマ」の系譜としてのララの後継者(クマ)となるのは間違いないように思われます。 デアにはすでにそういった下地があるわけです。

(資料)
Corriere del Mezzogiorno (Mar.25 2009 - Fiocco rosa allo Zoosafari: é nata l'orsetta polare Dea)
FederFauna (Feb.2 2010 - Uno sguardo al Polo Nord dal caldo sole della Puglia!!! )
La Repubblica (Mar.28 2009 - Zoosafari di Fasano, l'orsetto cucciolo è una femmina)
La Repubblica (Mar.28 2009 - Zoo safari di Fasano, l'orsetto cucciolo è una femmina - Video)
Parksmania (Dec.11 2006 - Zoosafari Fasano: è nato Snowy, l’orso polare)
OsservatorioOggi.it (Mar.15 2012 - L'orsa polare Dea vola in Giappone)

(過去関連投稿)
上野動物園がイタリアのマスコミ取材に対して、デアのパートナーに雄の若年個体導入の意向を語る
イタリア・ファザーノ、サファリ動物園での2008年産室内映像を振り返る ~ デア (現 上野動物園)の誕生
久方振りの上野動物園でデアとの対面 ~ 姉に瓜二つのラテン的美女の将来のパートナーは?
盛夏の上野動物園、日曜日午後のデアの姿
花の季節の到来した上野、女神デアの日曜日 ~ 「知性」から「象徴的存在」への真直ぐな階段
by polarbearmaniac | 2013-03-20 08:00 | Polarbearology

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