街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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札幌・円山動物園の新ツインズ(ノワールとブランシュ – 仮称)、そして他のララの子供たちの将来 (上)

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ノワール(右)とブランシュ(左)
(2013年3月23日撮影 於 札幌・円山動物園)

そういうことで、今回の新ツインズは両方共に雌(メス)だったわけです。 さて、そうなると彼女たちの今後に注目が集まります。 彼女たちが将来いったいどこでどういうパートナーを得るかということです。 今回はこうして日本で一気に雌の赤ちゃんが3頭誕生したわけで非常に喜ばしいことです。 ララにとってこれで雌を5頭出産したことになります。 こういったララの子供たちの将来、特にアイラ、ノワール(仮称)、ブランシュ(仮称)といった貴重な雌の幼年個体は仮に将来も北海道内に留まろうがそうでなかろうが、やはり海外との関わり合いのなかでその将来が決まってくることになるであろうと考えざるを得ません。 こう書いてはまるで何かのゲームやビジネス上での駆け引きででもあるかのような感じで語弊がありますが、現時点において雌3頭の幼年個体の存在というのは好むと好まざるとにかかわらず、欧米の動物園に対して潜在的に強烈な力を持つ交渉カードとなる存在になってしまっているわけです。 ララは順調にいけば今後もあと最低2回は出産するでしょう。 そういった今後生まれてくる赤ちゃんの中にさらに雌(メス)が一頭もいないということは考えにくいわけです。 さらに若年個体としてのピリカも加えれば、これは、ララの娘たちが日本にとって貴重な交渉カードになる、そういう感じを一層強く持ちます。 イコロやキロルといった雄の個体も加えて、こういったララの子供たちの将来について今までの経緯を振り返りながら考えてみたいと思います。

札幌・円山動物園はもともとイコロとキロルの一般公開がなされて比較的早い時期から海外との個体交換の可能性を探っていたわけで、職員を欧州に派遣したりもしたわけでした。 仮に具体的にイコロとキロルの交換個体となりうる具体的な個体があったとすればそれは結果的にオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園に2009年12月に生まれた雄のウォーカー(現 スコットランド・ハイランド野生公園)かデンマークのオールボー動物園で2008年12月に生まれた雄のミラク (*後記 - 実はミラクはこの後、実際は雌だったことが判明しました。 こちらをご覧ください。)、円山動物園は一応はそれを念頭においていたようです。 たまたま以前、前園長さんの時代に当時のS園長さんにお話しする機会があったときに確かそう漏らしていらっしゃったのを私は聞いたような記憶があります。 あるいはもう一歳年長のアルクトスとナヌーク(当時はウィーンのシェーンブルン動物園)だったかもしれません。今一つ私の記憶が定かではありません。 しかしご存知のようにこの計画は失敗に終わり、2010年の秋に日本でも遅ればせながら「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」が立ちあげられたわけです。(それからのこの「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の動きの速さは予想以上のものでありました。 座長であった旭山動物園のFさんの抱いていた気迫、使命感、行動力、頭脳の明晰さを強く感じました。 Fさんの功績を大いに評価すべきでしょう。) 
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(2013年3月23日撮影 於 札幌・円山動物園)

私などよりも札幌のファン方々のほうがずっと詳しいと思いますが、円山動物園がイコロとキロルの交換個体を求めて最初にアムステルダム (EAZA) のコーディネーターと接触した際に、彼ら(オランダ人たち)が何と言ったでしょうか? 私が聞いた範囲では、「日本ではXX頭ものホッキョクグマを飼育しているのだから自国内で繁殖させればよい。」 とかなんとかそういったいったような返事だけではなかったでしょうか? 日本の飼育環境というような重要な問題を持ち出す手前のところで、こういった内容の返事をするということは、要するに円山動物園の提案を真面目に受けとっていなかったことの証拠でしょう。 ただしかし、私はそれを聞いて円山動物園は欧米の人間に対してどのように話をもっていき、どう相手方を説得するかという対外交渉のテクニックについてはあまりに無関心だった(らしい)こと、そして欧州のホッキョクグマの繁殖のシステムについての事前の研究不足が露呈してしまったことを非常に残念に思うと共に、こういった場合の提案についてはオランダ人を相手にするよりもドイツ人を相手にしたほうがやりやすかっただろうとも思ったわけでした。 その時から私は、円山動物園は、こういった件については真面目に考えてくれそうなドイツの動物園を 「一本釣り」 にして交渉し、その後にEAZAのEEPとの調整の問題が生じてきたときにはアムステルダムのオランダ人のコーディネーターに対してはドイツの動物園に説得をまかせたほうがいいだろうと、ふと思ったわけでした。
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ノワール(左)とブランシュ(右)
(2013年3月23日撮影 於 札幌・円山動物園)

円山動物園が海外との関係構築を狙って次なる動きに出たのは昨年2012年夏のドイツ・ハノーファー動物園との個体交換を模索した動きでした。 昨年から私も何回か、欧州における雌の若年・幼年個体の不足によって雄の個体のパートナーが不足している件は投稿しています。 そうした状況を見透かしたかのようにドイツの一つの動物園をターゲットにした点については狙いに間違いはなかったわけですが、そこで持ち出されたのが飼育施設の基準の問題です。 これが障害になってこの計画についても暗礁に乗り上げた件については以前の投稿である 「ドイツ・ハノーファー動物園と個体交換交渉を行った札幌・円山動物園 ~ その背景を読み解く」 をご参照下さい。 私の考えではドイツ側はなんとか雌の若年・幼年個体を獲得したかったからこそ、唯一の障害である飼育基準の問題を持ち出さざるを得なかったと考えます。 日本側の提案にに乗り気でなかったために拒否の言い訳として「飼育環境基準」の問題を持ち出したのではないだろうということです。 つまりそれだけドイツの動物園は真面目に日本からの個体導入 (そして交換としての日本への個体移動) の可能性を考えてくれたであろうことを意味します。

実は昨年その時期に、ハノーファー動物園に日本の動物園(つまり円山動物園)のホッキョクグマの件で何らかの動きがあることだけは私は全く偶然、欧州サイドにおけるある事情に関連して掴んでいました。 その時、「やっぱりな。」 とも思いました。 そして日本の施設の飼育環境について当然相手方(ハノーファー動物園)は欧州の基準の存在を指摘して問題にしてくるだろうということは私には十分な予想はついてはいました。 ただし、欧州との再度の交渉がうまくいかなくなるであろう最大の原因には「飼育環境基準」の問題があることを明確に我々が認識・理解することが可能となり、それによって円山動物園その他の日本の動物園が新しいホッキョクグマ飼育展示場を新設しなければならない動機付けになるであろうことに、むしろ逆に期待感の大きさを感じたわけでした。 そういうことをはっきりと示してくれるであろうドイツの動物園に、むしろ感謝すべきだろうとまで思ったわけです。 円山動物園が欧州との最初の交渉にアムステルダムのコーディネーターを選び、そして実際にオランダに出向いた際には相手方から「飼育環境基準」の問題という本来は最も重要であるべき問題を正面から提示されるどころか、そうではなく「現状における日本のホッキョクグマの頭数はXX頭だから日本国内で繁殖させればよい」 とでもいった焦点の今一つ定まらないような返事しか得られなかったために円山動物園では「欧州の飼育環境基準」の存在こそがこの問題の最大の障害になっていることに明確な意識を持つことが不可能だったわけです。 ところが2回目のハノーファー動物園との交渉では、これを明確に相手方が示してくれたわけですから、真面目な交渉相手としてはドイツの動物園のほうがはるかによかったということを意味します。

そしてさらに昨年の秋ごろから、アムステルダムのコーディネーターとドイツの動物園との間に軋みが生じているのではないかということを暗示するような状況が生じて来ている点に私は注意を払っていました。 若年個体の移動の件で、コーディネーターはオランダの動物園(レネン、ロッテルダム)での繁殖ばかりを優先してドイツの動物園の繁殖については後回しにされているらしいことに不満のようなものをドイツの動物園が抱いているらしいことが薄々感じ取れてきたわけです。 それならば、日本側(円山動物園)の交渉相手は今後ともドイツの動物園にすべきであろうと思うわけです。 さて、そうしますと次なる予想しなかった重要な問題が日本側に生じてくることになります。 我々は前もってそのことを予想しておかねばなりません。 それについて次に考えたいと思います。 (次回投稿に続く

(*注 - ノワールとブランシュというのは勿論、この赤ちゃんたちの正式な名前が決まるまで私が便宜上、勝手につけた仮称です。)

(過去関連投稿)
ドイツ・ハノーファー動物園のアルクトスとナヌークの双子兄弟に4歳のお誕生祝い ~ 将来への不安
ドイツ・ハノーファー動物園のウィーン生まれの双子に別離の時来る ~ アルクトスがスコットランドへ
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ララの子供たちの繁殖について思う
ドイツ・ハノーファー動物園と個体交換交渉を行った札幌・円山動物園 ~ その背景を読み解く
ドイツ・ニュルンベルク動物園の双子の兄弟、グレゴールとアレウトがポーランド・ワルシャワ動物園へ!
by polarbearmaniac | 2013-05-22 23:45 | Polarbearology

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