街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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札幌・円山動物園の新ツインズ(ノワールとブランシュ – 仮称)、そして他のララの子供たちの将来 (中)

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イコロ (2012年10月21日撮影 於 おびひろ動物園)
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キロル (2013年3月16日撮影 於 浜松市動物園)

前投稿よりの続き)

前回は日本側(つまり札幌・円山動物園)がホッキョクグマの個体交換に関して欧州との接触を図った推移を振り返ってそこに浮かび上がった問題点を考えてみたわけですが、今回はこの一連の経緯の底に存在した動機について考察を加えておきたく思います。

そもそもいったい何故、円山動物園は2度にもわたって欧州との接触の機会を求めたかというこの問題の肝心の原点の部分についてです。 その前に述べておきたいのですが、私は同園にはホッキョクグマの個体交換について欧州側と接触して何をどう実現し、それが日本のホッキョクグマの繁殖の問題解決にどう寄与するかということについての緻密で明確な筋書きがおそらく存在していなかったのではないかと思います。 何故なら、「飼育基準」云々といった問題の存在を把握するまでに3年を費やしているからです。 しかし、仮にそういった筋書きが存在していたものと仮定し、そしてそれが過去にはどう描かれていたのか、現在どう描かれているのか、将来をどう描いているのか、ということを想定しつつ話を進めていきたいと思います。
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ピリカ (2012年3月4日撮影 於 旭山動物園)

2009年の第一回目の接触 (対 EAZA のコーディネータ) の目的ですが、この時はイコロとキロルの両方もしくは一頭を欧州個体と交換したかったということだったはずです。 しかしですね...そうやって欧州から日本にやってきた個体 (A動物園のX,B動物園のY) を具体的にどうするつもりだったのでしょうか? 今から振り返ってみると意外なことに実はここのところ、つまりこの計画の原点の部分が案外よくわからないという点なのです。 言えることは、「日本のホッキョクグマの血統の多様性を図る」 とでもいった抽象的なことが一義的な目的ではなく、同園のララが産んだ個体になんとかしてパートナーを見つけようという、あくまでも同園の願望の追及が主たる目的であり、その結果として二次的に日本のホッキョクグマ界の維持につながるだろうと考えたのだろうということです。 では個体交換によってやってきた欧州の個体を具体的にどうしようと考えたのでしょうか? 考え得ることは以下の三つです。

(a) すでに存在しているララの娘(ツヨシor ピリカ) のパートナーにする。
(b) これからララが産むであろう娘の個体のパートナーにする。
(c) あわよくば欧州から雌の個体を入手してイコロorキロルのパートナーにする。


この三つ以外にはありえません。

(a) の可能性を考えてみます。 これは確かに十分ありえる選択です。 ただしツヨシについては釧路市(動物園)の所有ですし、あの時点では性別取違い事件の影響で釧路市は秋田県を巻き込んで独自の動きを見せていましたのでこの件の候補からは外れます。 となると対象はピリカの一頭に絞られます。 ピリカは帯広市の所有ではあるものの、事実上は札幌市の多大な影響下にあったわけで、ピリカを札幌に戻して第二ホッキョクグマ館でララの後継者とするという考え方は必ずしも突飛なものではなかったわけですが、そもそも第二ホッキョクグマ館建設の話自体がその時点では蜃気楼のような状態になりつつあったわけです。

(b) の可能性ですが、これは将来の可能性を考慮に入れたにせよ不確定要素が多くて外国との個体交換のような具体的で手間のかかる案件を(札幌市の)組織内部で通すだけの動機、理由付けには不十分だっただろうと思います。 要するに組織内での稟議が通りにくいということです。

(c) についてですが、実はこれが本当の筋書きだったのではないでしょうか?  しかしこの年齢の雌の個体が世界中で不足気味であることはその時点でも明らかでしたから、この実現の可能性が極めて低いことは当時でもわかっていたはずです。 

さて、そうしますと今から振り返ってみれば、意外なほど当時の円山動物園の個体交換プロジェクトはそれほど確固とした筋書きの上に存在していたものでもなく、綿密に練り上げられたものでもなかったと言わざるを得ないということです。 強いて言えば、当時の筋書きの本当の意図とは別に(b) の実現ならば後々まで意味があったという程度の意義でしょうか。 あの当時は同園が発表したイコロとキロルの海外個体との交換計画の意義を、なんとなく私も気分的にはわかったつもりでいたわけですが、こうやっていざ具体的に突き詰めて検討してみると、実は単なる思いつきのアイディアといった域を出ない計画だったように思います。
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アイラ (2012年10月20日撮影 於 おびひろ動物園)

次に2012年の第二回目の接触 (対 ハノーファー動物園) ですが、この時の目的はなんだったのでしょうか。 2012年夏の時点の状況が前回の2009年夏の状況と異なっている点といえば、アイラが誕生していた点と、ツヨシ、ピリカにとりあえずとはいえパートナーが与えられていたという点です。 こういった時点での欧州側(ハノーファー動物園) との接触ですが、これも個体交換を狙ったものであることは間違いありません。 となれば交換個体候補は前回の時点から依然として残っているイコロとキロルの2頭にアイラを加えた計3頭です。 あえて相手をハノーファー動物園にしたからには同園で飼育されている雄の2頭であるシュプリンターとナヌークが念頭にあったと考えられますが、確か私がドイツのどこかのマスコミ報道で読んだ記憶があるのですがハノーファー動物園はナヌークの所有権を近年シェーンブルン動物園から獲得していたはずです。  ですから実質上ハノーファー動物園が自由にできるのはナヌークだけのはずです。 しかし本件ではそれはたいした重要な問題ではありません。  さて、そうなると昨年の時点での筋書きの可能性としては以下があることになります。

(a) ナヌークとイコロ or キロルを交換してナヌークをアイラのパートナーにする。 場合によってはピリカのパートナーとする。
(b) ナヌークとアイラを交換してナヌークを将来のために同園で当分温存飼育する。


まず(a) についてですが、これは日本だけが有利ですので考えにくい案です。 次に(b) についてですが、これが本当の筋書きだったのではないかと私は推理します。 ドイツ側にとってみれば待望の雌の幼年個体を入手できますし、日本側にとってはナヌークをイワンとうまくいかない場合のピリカや、今後生まれるであろうララの娘たちとの組み合わせが可能となるなど選択肢が広がります(幾分の年齢差はありますが)。 どちらにとってもそれなりのメリットはあったわけです。 つまり円山動物園が第一回の欧州との接触から3年経過して再び交渉を欧州に求めたのはアイラという新しい存在の出現が理由であったと考えるのが合理的 だということです。
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ブランシュ(左 - 仮称)とノワール(右 - 仮称)の新ツインズ 
(2013年3月24日撮影 於 円山動物園) 

さて、この第二回目の接触で「飼育基準」 の問題の存在を知り、新しいホッキョクグマ展示場の建設計画を推進することになった円山動物園ですが、今後第三回接触が行われるとすればそれは新施設が完成する予定の2017年となるでしょう。 とすれば、その2017年の時点でどういう筋書きを考え得るかが次の問題です。 2017年(仮に4月の時点)では、イコロとキロルは8歳です。 アイラは6歳です。 新ツインズのノワールとブランシュ(仮称)は4歳です。 2017年までの間にこれらの5頭にパートナーとなる個体が国内で現れるとすればイコロかキロルにでしょう。 その唯一にして有力な候補といえば上野動物園の女神デアですが、デアのパートナーを海外に求めたいらしい当初の上野動物園の方針 が現在も不変なのか否かが不明ですのでこれは何とも言いようがありません。 2017年までにララにはさらなる出産があることもほぼ間違いないでしょう。 しかしその今後誕生するであろう個体については今回は便宜上、脇に置いて話を進めます。 それから男鹿水族館のミルクはララファミリーの個体ではないので本論では脇に置いておきます。

さて、2017年4月の時点でララの子供たちのこういったパートナー不在状態を解決しようとすれば、どうやって第三回目の欧州との交渉 を行ったらよいでしょうか? いくつかの選択肢があるのですが、全て相手があっての話ですから予想は難しいです。 この第三回目の交渉を第一回目のようにEAZAのコーディネーターと行うか、それとも第二回目のように欧州内のどこかの動物園を「一本釣り」 にして行うかも思案のしどころです。 仮に前者だと仮定して今回は話を進めることにします。 次は趣向を変えて欧州側の立場から考えてみます。 私が仮に欧州側の人間だったとすれば諸々の情報から言えることは以下です。

(A) ドイツ・ニュルンベルク動物園の雄のフェリックスの息子のパートナー未定である若年個体(ミラク、グレゴール、アレウト)のうち1頭を欧州から減らしてその代わりに血統の異なる雌を導入したい。
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フェリックス (2011年4月29日撮影 於 ドイツ・ニュルンベルク動物園)

(B) オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園の雄のヴィクトルの息子 ・ 娘でパートナー未定の若年個体(シュプリンター、ウォーカー、ルカ、リン)のうち、できれば雄2頭を減らしてその代わりに血統の異なる雌を2頭を導入したい。
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ヴィクトル(2011年5月2日撮影 於 オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園)

ヴィクトル (2012年3月24日撮影 於 オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園)

他にもいくつかあるのですが欧州にとっての一番の頭痛の種、つまることろ幼年個体、若年個体についてはこの2つを考えているであろうことは間違いないものと思われます。 さて、ではこの2つは2017年時点での円山動物園が狙う筋書きと一致するでしょうか?  

まず(A)についてですが、グレゴール、アレウトの母親であるヴェラはモスクワ動物園のシモーナの娘ですから、つまりあのウスラーダの孫でありアンデルマの曾孫です。 そうなるとヴェラの息子であるグレゴールとアレウトを日本側が導入するというのは避けたい気がします。 となればミラクが残ります。 (*後記 - 実はミラクはこの後、実際は雄ではなく雌だったことが判明しました。) ミラクは2017年には8歳です。 ミラクを日本に導入しようとすればアイラ、ノワール(仮称)、ブランシュ(仮称)のいずれか一頭を欧州に出すことになります。この場合、年齢の若いノワールかブランシュのほうがアイラよりも欧州側はより一層喜ぶかもしれません。 そして日本に導入したミラクをアイラのパートナーにするという方法です。 これはあり得る選択です。 そうなるとこう予想できます。
(選択肢1)ノワールかブランシュは2017年に欧州に移動する。

次に(B)を考えてみます。これは非常に難しいですね。 まず日本に海外に出せる可能性のある異なる2血統の若年・幼年個体の雌というのがそもそも存在しないわけです。 要するにララファミリーの血統だけです。 敢えて言えば男鹿のミルクですが、これは本論の対象外です。 そうすると1血統だけの雌ということならばやはりアイラかブランシュかノワールなのですが、さてどう考えたらよいでしょうか? まず欧州側の雌つまり、リンをアイラ、ブランシュ、ノワールと交換するという雌同士の交換なら可能のように思いますがどうでしょうか? 微妙ですね。 やはり欧州側は不満でしょうね。 しかし可能だとすればこう予想できます。
(選択肢2)アイラ、ノワール、ブランシュのうち1頭は2017年に欧州に移動する。

さて、では(A)と(B)が同時に実現する可能性はどうでしょうか? ありえるでしょうね。 日本から雌2頭が欧州に行き、欧州から雄1頭と雌1頭が日本に来る...ということになります。 ただし欧州側はこの雌2頭がいずれもララの娘という同一血統であることに不満があるかもしれません。 しかし仮に上記の2つが実現するとすれば、(選択肢1)と(選択肢2)を合体させると以下のような予想になります。

(予想) アイラ、ノワール(仮称)、ブランシュ(仮称)の3頭のうち、2頭は2017年に欧州に移動する。 

ということでしょうか。 しかしこの予想は円山動物園の新展示場が本当に2017年に完成するのかどうかという点と、欧州と日本のホッキョクグマ界でこれから数年のうちにどういう状況になっていくかによって大きく変わってきます。 特に欧州側の動きはダイナミックです。 4年先のことなど誰にも正確なことはわからないわけです。
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アイラ (2012年2月13日撮影 於 円山動物園)
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ノワール(左 - 仮称)とブランシュ(右 - 仮称)の新ツインズ
(2013年5月25日撮影 於 円山動物園)
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ララお母さん (2013年5月26日撮影 於 円山動物園)

次投稿に続く)

(過去関連投稿)
ドイツ・ハノーファー動物園と個体交換交渉を行った札幌・円山動物園 ~ その背景を読み解く
札幌・円山動物園の新ツインズ(ノワールとブランシュ – 仮称)、そして他のララの子供たちの将来 (上)

(*注 - ノワールとブランシュというのは勿論、この赤ちゃんたちの正式な名前が決まるまで私が便宜上、勝手につけた仮称である。)
by polarbearmaniac | 2013-06-07 06:00 | Polarbearology

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