街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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スコットランドのハイランド野生公園におけるホッキョクグマ飼育場 ~ 「量」を軽視せぬ簡素な設計思想

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アルクトスとウォーカー Photo(C)Strathpey Herald

イギリス北部スコットランドのキンクレイグ (Kincraig) にあるハイランド野生公園 (Highland Wildlife Park) に暮らすホッキョクグマたちについてはこれまで何度もその様子をご紹介してきました。 2009年にオープンしたこの施設のホッキョクグマ飼育場には同年10月にエジンバラ動物園に長く暮らした名ホッキョクグマであるメルセデス(Mercedes/マーセディス) が移動してきて2011年4月の彼女の死までの最晩年をここで過ごしました。 その件については是非、「メルセデス(1980 – 2011)、その生涯の軌跡」 をご参照頂ければ幸いです。
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このハイランド野生公園にはメルセデスの最晩年と少し重複する形で2010年11月にオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園から2歳を間近に控えた雄のウォーカーが加わり、そして2012年4月にドイツのハノーファー動物園から4歳半の雄のアルクトスが加わりました。 現在はこのウォーカーとアルクトスの2頭の雄の若年個体が飼育されています。 こういった流れについては全て投稿してきました。
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ウォーカーとアルクトス Photo(C)TheWeek

さて、このハイランド野生公園の飼育責任者であるダグラス・リチャードソン氏については今まで何度もその発言をご紹介してきましたが、このたびスコットランドの日刊紙である “The Scotsman” (8月6日付) のなかでおもしろい内容の投稿を行っていますのでご紹介しておきます。 リチャードソン氏はこのハイランド野生公園のホッキョクグマ飼育場の設計も手掛けたそうですが、最初はエジンバラ動物園のメルセデスを引き取ってここで飼育することを目的としていたものの、将来的にEAZA の EEP を担うために複数頭の飼育を視野に入れていたそうです。 最近世界の各地の動物園で完成している巨額の工費をかけたホッキョクグマ飼育展示場は金はかかっているものの広さの点では金額に必ずしも見合っていないものがあり、リチャードソン氏自身は5エーカー(約2万平方メートル)の広さのあるこの用地に対してそれほど多くの予算をつぎ込むことなしに飼育場を完成させようという観点から設計を行ったそうです。 具体的には、外部との仕切りには農業用に開発された電気フェンスを使用することにしたそうで、ホッキョクグマは一度それに触れるともう二度とは触れないそうですが、このフェンスの存在自体はストレスにはなっていないようで、ホッキョクグマたちはよくフェンスのそばで居眠りなどもしているそうです。 泳ぐ池をはじめとして草木が生い茂っていたり、日陰になる場所があったりという自然の地形はもちろんのこと、人工的なものも用意されていてホッキョクグマの好奇心を満たすような工夫もしてあるとのこと。 金をかけずともホッキョクグマたちが快適に暮らすことができる施設をつくれたことにリチャードソン氏は満足している様子です。
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ハイランド野生公園見取り図
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ハイランド野生公園を取り巻く風景 Photo(C)Highland Wildlife Park

リチャードソン氏は、「量より質」すなわち「飼育場の広さよりも飼育場の質の高さ」が重要であるという“Zoo Biology” (さて、これを何と訳しましょうか?  京都大学や旭山動物園はこれを直訳的に「動物園生物学」という訳語をあてていますが、私はむしろ 「飼育生物学」 という訳語を当てるのが正しいだろうと考えています。) における原則は認めつつも、ホッキョクグマなどの種の飼育場には「変化」という質に関する要素はもちろんのこと、やはり「広さ」、「規模の大きさ」といった量の部分の充実が不可欠であると考えているそうです。
よく世の中では諸々のことに対して「量より質」などという言い方をしますが、私の感じでは実はこれは正しくない場合が非常に多いです。 基本的に「量」がなければ「質」はありえないケースが非常に多いからです。 そういったケースとは幾分ニュアンスは違いますが、やはり面積の広さはホッキョクグマの飼育にとって最も重要な要素でしょう。 飼育環境を論じる際に安易に「質」を最初に持ち出してくる考え方には注意すべきでしょう。 「質」というのは「量」があって初めて口にできる言葉だと思います。

またリチャードソン氏は、ホッキョクグマは問題を解決する能力があるなど知能は高く類人猿並みだということを語っています。(” Polar bears are incredibly intelligent, capable of solving problems, and if they had thumbs, they would be apes.” という表現、さすがにイギリス人だと思います。 "Polar bears are as intelligent as apes regarding solving problems" などのような月並みな表現は間違っても使いませんね。)
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さて、こうしてこのハイランド野生公園は次第に欧米の動物園界の中でホッキョクグマの飼育の最高の実践例であるという評価が高まってきているそうです。 客観的に見た一般評価としては、やはり現在における世界で最高のホッキョクグマの飼育施設はデンマークのスカンジナヴィア野生動物公園と、このスコットランドのハイランド野生公園だということに落ち着くのではないでしょうか。 両者共にそれほど金をかけないで素晴らしいホッキョクグマの生活空間を作り出しているといったところに共通点がありそうです。 こういった自然を利用した郊外型の施設においては「マニトバ基準」などは、はるか背後に存在していた past decade の飼育基準の遺物にしか過ぎないと言っても過言ではないだろうと思います。 こういう例を知ると、あのアメリカのバッファロー動物園がAZAのホッキョクグマ飼育基準を満たすために巨額の工費を必要とするホッキョクグマ飼育展示場を建設しようとして無理な資金集めに忙殺されているという事実に何か問題があるような気がしてきてなりません。

ここで、このハイランド野生公園に暮らすウォーカーとアルクトスの様子を比較的最近の映像で見てみましょう。





それからこの下の映像は一度ご紹介していますが、ウォーカーが雪の上で体を擦り付けている映像です。途中で今は亡きメルセデスの姿も映っています。 そしてリチャードソン氏自身がこのハイランド野生公園のホッキョクグマと、この飼育場について語っているのを聴くことができます。



こういった素晴らしい環境に暮らしているウォーカーとアルクトスですが、問題なのは彼らのパートナーをどうするかということです。 これについては以前の投稿である「スコットランドのハイランド野生公園、ウォーカーとアルクトスのお誕生会 ~ 若年世代の雌不足に悩む欧州」をご参照下さい。 こればかりは本当になかなか難しい問題です。
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ウォーカーとアルクトス Photo(C)Highland Wildlife Park

(資料)
Scotsman (Aug.6 2013 - How to bear animal welfare in mind)

(過去関連投稿)
南紀白浜アドベンチャーワールドのオホトのお母さんメルセデス(写真)は健在!
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スコットランドのハイランド野生公園、ウォーカーとアルクトスのお誕生会 ~ 若年世代の雌不足に悩む欧州
by polarbearmaniac | 2013-08-07 15:00 | Polarbearology

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