街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum
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餓死したホッキョクグマの写真を掲載した報道記事の波紋 ~ イアン・スターリング氏のコメントをめぐって
「またもや」 とでも言いたくなるような写真と記事が8月6日付けのイギリスの日刊紙であるガーディアン(“The Guardian”) 紙に掲載されました。 それが冒頭のホッキョクグマの遺体の写真です。
ガーディアン紙の記事 (及び追加取材を行ったアメリカNBC) によりますとこういうことが書いてあります。 まずこの「骨と皮」だけになった16歳の雄のホッキョクグマの遺体は7月にノルウェーのスヴァールバル諸島で発見されたもので、この遺体について著名なホッキョクグマ研究者であるイアン・スターリング (Ian Stirling) 氏によれば、「この場所でまさに死に瀕したホッキョクグマは骨と皮だけになって餓死したようだ。」 と同紙に語り、そして北極圏における氷の減少によってホッキョクグマたちが食料を求めてより広範囲に動いているものの、結局それには成功していない。」 と、その背景について語っています。
また、この個体については前年にノルウェーの極地研究所がスヴァールバル諸島の北部で確認しており、今年の4月にも同じ地域で健康な状態であることが確認されていたそうです(おそらくタグによって確認したということなのでしょう)。 ところが今回この個体の遺体が発見されたのはそういった地域から250キロも離れた場所であり、この事実は通常この地域に暮らすホッキョクグマが移動する距離の2~3倍の距離であることも明らかにされました。 イアン・スターリング氏は、「昨冬にこの列島間の地域の海洋の氷結は正常なものではなく、本来ならばホッキョクグマが狩猟することが可能な地域でも十分な成果がなかったために、また別の場所に移動してみたもののやはり成果がなかったらしい。」 とも述べています。 要するに地球温暖化の影響で昨冬の北極圏の氷の減少が顕著だったために、この個体は獲物を求めて長い距離を移動して体が痩せ細りこの場所で亡くなったのだという解釈です。
さて、こういう写真があるとすぐに飛びつくのがマスコミです。 そしてマスコミの取材に対して地球温暖化のホッキョクグマに与える影響を解説し、そしてその写真の意味するところを説くのは決まってこのイアン・スターリング氏です。 実は以前に「ホッキョクグマの cannibalism(同種食い) を考える」という投稿をしておりますが、その時もマスコミに登場した写真についてイアン・スターリング氏は地球温暖化とホッキョクグマとの関係に結びつけて、掲載した写真の意味を説明しようとしていたわけです。 今回のこの痩せ細って亡くなったホッキョクグマの写真についても同じことです。 しかしさて、こういった写真による一例をもって果たして本当にこのホッキョクグマの死が地球温暖化のもたらせたものなのかと言えば、実はそう断言する明確な根拠はないわけです。 今までだってこんな形で死亡したホッキョクグマなどは何頭もいただろうからです。 いくつかの国のマスコミもこの今回の写真に飛びついてこのホッキョクグマの死を地球温暖化に結びつけた報道を行っていますが、私にはそれは奇妙なことに思われます。 しかしそういった欧米各国の報道をいくつか読んでみた中で唯一、非常に冷静に報道を行っているのが8月7日付けのフランスのフィガロ ("Le Figaro") 紙です。
一般的に、こういった写真をマスコミに持ち込むのは写真家だと思いますが、このような形で記事に使用されれば金銭的な報酬を得られるわけですし、センセーショナルな形で地球温暖化の悪影響を報道したいと考えるマスコミはこういった写真は大歓迎というわけです。 そのようなマスコミに対してホッキョクグマ研究者としては世界で第一人者の一人でもあるイアン・スターリング氏は、いとも安易にマスコミの意図に乗っかる形で発言を行うというのは問題でしょう。 前回のホッキョクグマの cannibalism (同種食い) の件についても然りです。 このイアン・スターリング氏の著作は私も持っていますしホッキョクグマの研究については大変に功績のある方であり、私はその著作だけでなくこの方の書かれたものにはかなり目を通して大変に貴重なことも学んできたつもりですが、敢えて言わせていただくならば、中・長期的な気候変動がもたらすであろうホッキョクグマへの影響についてはともかくとして、このイアン・スターリング氏は短期的な気象変動すらも簡単にホッキョクグマの減少と結びつけてしまいたがる傾向があるのではないかということです。 そういった性急な結論付けの細かい部分の discrepancy について温暖化否定論者やホッキョクグマ減少否定論者に付け入る隙を与えているように思うわけです。 まあこのことはいつか詳しく述べてみたいところです。
イアン・スターリング氏がカナダでホッキョクグマの調査を行っている様子を下のカナダ放送協会(CBC) の映像でご覧ください。この映像は1999年の映像です(冒頭、及び途中に2つほどCMが入ります)。 音声は on にして下さい。
1999年の時点からホッキョクグマの体が以前と比較して小さくなってきているとの調査結果について、ではそれから13年経過した現在ではどうなのか、頭数はどうなっているのかについてその結果を地球温暖化と結びつけて立証するのは実は難しいのではないかという気もするわけです。 「イアン・スターリング氏は昔からホッキョクグマは危機に瀕していて頭数は減少の傾向を示すだろうと言い続けているが実際はそう減ってはいないらしいのはどうしてか?」 という問いが最近になって発せられているのはどう考えたらよいのでしょうか。
(*追記) ホッキョクグマの将来は地球温暖化によって非常に悲観的なものであることは間違いありません。 そのことを、ホッキョクグマ研究者としてはイアン・スターリング氏に勝るとも劣らないスティーヴン・アムストラップ氏は、実は数字に裏付けられたデータを示してこのことを主張しようという意図は薄いようで「生存圏が縮小すれば頭数は減少する。」といったような、物の道理を中心に据え力点を置いて論じようとしています。 ところがこれを数字に裏付けられたデータとして明確に証明しようとする傾向が非常に強いのがイアン・スターリング氏です。 将来の頭数の減少の必然性を証明するためにイアン・スターリング氏が持ち出してくるデータは、たかだか過去20~30年ほどのホッキョクグマの(頭数)データをさらに何年かに区切って、その時の気温の変動、氷の面積と対比させたものを用いて証明しようというわけです。 ところが、そのような短いタイムスパンでの気候変化ではホッキョクグマの頭数の変化にぴったり牽引された結果が出にくいわけで、そこのところを「ホッキョクグマ減少否定論者」に突かれてしまうわけです。 つまり、現時点以降の地球温暖化が確実にもたらすホッキョクグマの頭数の減少を近過去のデータを用いて証明することは非常に難しいということを、はかなくも証明してしまっているように思います。 スティーヴン・アムストラップ氏は、そういうイアン・スターリング氏の採用した正攻法である手法の欠陥を予想できたからこそ、データの提示によってよりも、「生存圏が縮小すれば頭数は減少する。」 という生命界における絶対不変のテーゼを前面に持ち出して地球温暖化がホッキョクグマの頭数の減少を確実にもたらすのだということを主張しているように思います。 しかしながらやはり、いくら結論としては正しくてもデータの裏付けが希薄に見える主張は科学としてはそれほど評価されないという欠点もあるわけです。 私の見たところ、これがイアン・スターリング氏とスティーヴン・アムストラップ氏の、地球温暖化がもたらすホッキョクグマの頭数減少を主張する場合の立場の違いであるように思います。 データを用いて何かを証明しようというイアン・スターリング氏の科学者としての正攻法が、実はうまく成功していないということです。 イアン・スターリング氏のそういった焦りが、マスコミの取材に対して、たった一つの事例を地球温暖化に結び付けて性急に解釈しようという気持ちを強くさせているのではないかと私は感じています。
(資料)
The Guardian (Aug.6 2013 - Starved polar bear perished due to record sea-ice melt, says expert)
NBC News.com (Aug.7 2013 - A victim of climate change? Polar bear found starved to death looked 'like a rug')
Le Figaro (Aug.7 2013 - Derrière l'émotion d'une photo, la situation contrastée des ours polaires)
CBC (Sep.23 1999 - Climate change threatens polar bears)
(過去関連投稿)
ホッキョクグマの cannibalism(同種食い) を考える
カナダ北部、ヌナブト準州の村落近くでホッキョクグマ親子3頭が射殺される ~ 経験と科学の相克
by polarbearmaniac
| 2013-08-08 23:30
| Polarbearology
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