街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(9) ~ 同居を許容しうる雌雄の頭数構成

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ルルとピリカ (2012年10月27日撮影  於 旭山動物園)

昨年から何回か断続的にこのブログではアメリカ動物園・水族館協会 (AZA - Association of Zoos and Aquariums) が作成した 「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」(pdf) をテキストにして具体的な事例を検証しつつ研究を続けています。 今回は一つの飼育展示場に性別の異なる複数(主に3頭以上)の個体を同居させる場合について、いったいどういった性別の組み合わせならば可能なのか(許容しうるのか)についてAZAのマニュアルをテキストにして具体例を挙げつつ考えていきたいと思います。
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カイとポーラ (2013年2月2日撮影 於 仙台・八木山動物公園)

世界の多くの動物園でのホッキョクグマの飼育は年齢の近い雄と雌のそれぞれ一頭のペアによってなされているわけです。 これは、ペアによって繁殖を狙わせようという考え方以上に、雄と雌のペアで飼育するのは当たり前だ、あるいは雄と雌が同居して暮らすのが自然であるといったような人間社会の考え方や因襲を背景とした既存の慣習的思考のなせる業であるようにも感じられます。 本来は単独生活を好むホッキョクグマを、そういった人間の側の考え方に押し込んでいくこと自体が問題ではあるのですが、飼育下では 「交替展示」 といったやり方でこの問題を回避しようとすることも行われるのは言うまでもありません。 ところが仮にスペース等の都合で3頭、もしくはそれ以上の頭数のホッキョクグマを一つの展示場に同居させる場合に、どういうことに留意せねばならないかについても AZAの飼育マニュアルには記述があります。 第4章 “Social Environment”の1“Group Structure and Size” 及び2 “Influence of Others and Conspecifics” がこれにあたります。 具体的に順番にそれを追っていきましょう。 AZA のマニュアルで許容しうる組み合わせとして三つだけ挙げていますので私なりにまとめてみます。

A.Trios of one male and two females (雄1頭 と雌2頭)
これは欧米の動物園で繁殖の実績を挙げた動物園では比較的よく見られた組み合わせです。 また、かつてのソ連時代のロシアではこの組み合わせによる繁殖こそが基本だったわけです。
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オールボー動物園でのフェリックス、ヴィクトリア、メーリクの三頭
Photo(C)Aalborg Zoo

最近の欧州の例ではまずデンマークのオールボー動物園で雄のフェリックスと雌のヴィクトリアとメーリクという3頭の組み合わせで実績を挙げています。 3頭同居により最初にヴィクトリアは2008年12月にミラクを、そしてその後にメーリクはフェリックスとの2頭同居によって2010年11月にアウゴを出産しています。

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サンフェリシアン原生動物園でのイヌクシュク、エサクバク、フリーマスの三頭 
Photo(C)Zoo sauvage de Saint-Félicien

また、カナダのサンフェリシアン原生動物園では雄のイヌクシュクと雌のエサクバクとフリーマスの双子姉妹の3頭同居が行われ、エサクバクは2009年11月にタイガとガヌークの双子を出産しています。

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ラヌア動物園でのマナッセ、ヴィーナス、ヴァレスカの三頭
Photo(C)Kaleva.fi / Ranua Zoo

フィンランドのラヌア動物園では雄のマナッセと雌のヴィーナスとヴァレスカの双子姉妹の3頭同居が行われ、ヴィーナスは2011年11月にランツォを出産しています。

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コロンバス動物園のナヌーク、オーロラ、アナーナの三頭
Photo(C)ucumari on Flickr

現在アメリカのコロンバス動物園では雄のナヌークと雌のオーロラ、アナーナの双子姉妹の3頭同居によって繁殖を目指しているようです。 この雄のナヌーク、そして雌のオーロラ、アナーナの双子姉妹の同居開始日の映像を見ていただきましょう。



この雄1頭と雌2頭の同居、そして繁殖が非常に成功しやすい理由は、おそらく一対一よりも雌の精神的負担が軽減されるからではないでしょうか。 通常ならば力の強い雄に対しても雌2頭ならば対抗できるという気分的な余裕が生じることも大きいような気がします。 また、2頭の雌が雄に対して適度なライバル関係を持つことは繁殖に有利な状況を生じさせる可能性もあります。 札幌・円山動物園の雌の新ツインズも敢えて離れ離れにせず将来こうして同年代の雄1頭との同居を試みることも有用かもしれません。 これですと繁殖の可能性は幾分かは増すような気もします。 一方で旭山動物園のピリカですが、サツキとピリカ、あるいはルルとピリカという雌2頭の組み合わせのそれぞれに雄のイワンを加えて3頭で同居させるという手はあるかもしれません。 豊橋ではかつて雄のチャッピーに雌のクッキーとキャンディの三頭同居を行っていたわけですが繁殖には成功しませんでしたが、それなりに秩序の保たれた状態だったように見えました。 名古屋のことは詳しくありませんが雄のサスカッチと雌のミリーとオーロラの3頭同居はかつては行っていたと思われますが、その時の状況はよくわかりません。

B.Group of multi-females (雌だけの2頭以上)
この例での雌だけの3頭以上での同居というのは世界でもそう例は多くないでしょう。 ベルリン動物園のカチューシャ、ナンシー、トスカの例がありますが、この雌3頭は同一空間をなかなかうまく共有しているのには感心します。 雌の2頭同居となりますと例が多く日本でも旭山動物園のルルとピリカ、サツキとピリカ、サツキとルルという組合せがあります。 ルルとピリカの同居を一部見てみましょう。



次はサツキとピリカの同居です。



釧路市動物園でのクルミとツヨシの例もありますが、これはツヨシは雄だと思われていたわけで、あえて狙って雌2頭を同居させたわけではなく少し条件が違います。 ただしクルミとツヨシの雌同士の相性は良かったと思います。 そしてこの雌だけの複数同居についてAZAのマニュアルでは、同じ出産で生まれた姉妹の同居か、2~3歳の若い個体の同居の場合などに最も相性の良い同居となる旨の指摘があります。 確かに年齢が非常に離れた場合にはうまくいかないケースがあるようです。 私が見たものではベルリン動物公園の32歳のアイカと3歳のトーニャとの相性は必ずしも良いとは言えませんでした。 その映像をご紹介しておきます。



研究によりますと、この雌だけの同居の場合は常同行動が減る傾向があるとの指摘もなされています。

C.Group of multi-males (雄だけの2頭以上 - 条件付き)
この場合については組み合わせが若年個体 (subadult) 同士であり、隣接したエリアにも雌がいない場合に限って許容しうると述べられています。 この例はハノーファー動物園のシュプリンターとナヌーク、ハイランド野生公園のウォーカーとアルクトスとの場合などがそうです。 どちらの場合も施設に雌が存在していないということで雄同士の同居がなんとか成立しているわけです。 ハノーファー動物園のシュプリンターとナヌークの同居を見ていただくことにしましょう。



次にハイランド野生公園のウォーカーとアルクトスの同居です。



さてところが仮に、おびひろ動物園でキロルが浜松に行かずにイコロと半分のスペースで同居し続け、半分に区切られたスペースの片方にアイラがいる...このケースはダメだということになります。 雌1頭に雄2頭という組合せはたとえ同居でなくとも同一施設内に雌が存在していることになりますからAZA のマニュアルではこれを許容しないわけです。

つまり、AZA にマニュアルで許容する組み合わせはA,B,C、及び雄1頭と雌1頭という通常の組み合わせだけだということになります(子育て中の母子の場合はもちろん別の話です)。 特に気を付けなければならないのはCの場合ですね。 日本の動物園を見渡してみると、全てこのAZAのマニュアルに書かれた許容範囲に収まっていますから問題はないことになります。 またこのマニュアルでは、この三つの例に適合していてもそれぞれの個体の性格によってはうまくいかないケースもあるので、そういった各個体の性格をよく見極めることも重要であるという指摘もされています。 これも当然の話でしょう。

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual

(過去関連投稿)
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(6) ~ Courtship Behavior の位置付け
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(7) ~ 産室内の母親は室内に留め置くべきか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?
カナダ・トロント動物園のオーロラとニキータの物語 ~ 双子姉妹と繁殖との関係
by polarbearmaniac | 2013-08-12 23:30 | Polarbearology

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