街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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アメリカ ・ セントルイス動物園のホッキョクグマの飼育再開への強い意欲 ~ 美しき双子姉妹の死を越えて

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ペニー  Photo(C)St.Louis Zoo (旭山動物園 サツキの姉)
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ホープ  Photo(C)St.Louis Zoo (旭山動物園 サツキの姉)

アメリカ・ミズーリ州の大都市であるセントルイスの動物園については最近ここで何度か取り上げてきたわけですが、それは現在バッファロー動物園を当面の滞在先としているアラスカで孤児となったカリーが近いうちにこのセントルイス動物園に移動する可能性が極めて強いという状況について何度か投稿してきた件に関わっています。 現在セントルイス動物園ではホッキョクグマは飼育されていませんが、2015年初頭にオープンする予定の総工費二千万ドル(約20億円)という巨額の費用が投じられている現在建設中の新施設 "Polar Bear Point" にセントルイス動物園のホッキョクグマ飼育への強い意欲を見ることができます。 この施設で飼育するホッキョクグマをどうやって入手するかについてセントルイス動物園は苦闘していたわけで、その件については 「アメリカで登場したホッキョクグマ輸入の特別枠要求への動き」、及び 「アラスカで保護された野生孤児カリーをめぐるバッファロー動物園とセントルイス動物園との微妙な関係」 を是非ご参照下さい。 セントルイス動物園ではこうした布石を打つことによりアラスカの孤児であるカリーの入手をほぼ内定させたと言えるほどの状況になったわけです。
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ホッキョクグマ不在のセントルイス動物園展示場に置かれたホッキョクグマ像 
Photo(C)Denise Bertacchi / Examiner.com

それにしても、その時点では飼育していなかったホッキョクグマを、それも確実に入手できるかの見通しがないままで巨額の資金が必要な新ホッキョクグマ展示場建設計画を着手・推進している園長さんはホッキョクグマに対する特別な思い入れがあるようです。 最近の報道ではこの新施設の建設の過程で何種かの動物たちを園内、もしくは園外に移動させる処置を行うために長期間そういった動物たちが非展示となることについて一部の入園者から不満の声も出ているようですが園長さんはそういった声は眼中にないようです。 まったくの人工物であるホッキョクグマの像を旧展示場に置いたりなどして、ホッキョクグマはいなくてもセントルイス動物園では “International Polar Bears Day”(国際ホッキョクグマの日)を祝うイベントすら行っているそうです。 しかしこうしたセントルイス動物園をホッキョクグマ飼育展示再開へと駆り立てている熱意は、その過去に同園で飼育されていた複数のホッキョクグマの死がもたらせたトラウマ源流があるという見方もあながち不可能ではないようにも思います。
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チャーチル Photo(C)KSDK/St.Louis Zoo

それは2005年5月のことでした。同園で飼育されている19歳の雄のホッキョクグマであるチャーチルは手術台の上で、口から飲み込んで消化器に留まっている布地とプラスティックの異物を摘出する手術中に死亡してしまいました。 そもそも飼育場の外からのゴミ袋をチャーチルが飲み込んだことが原因で手術でそれを摘出せねばならい状態だったことが原因だったわけです。 セントルイス動物園は非常に抑制のきいた言い方で来園者に対する注意を促しました。 その言い回しは素晴らしいもので英語の表現としては勉強になりますので、以下に抜き出しておきます。

While we think we’ve got the best behaved visitors in the
nation, it takes just one careless mistake to jeopardize the
health of our animals. We hope that all our visitors will keep
foreign objects out of animal exhibits and dispose of trash
properly.


言い方が柔らかすぎて効き目はなさそうですが、表現としては参考になります。 そういえば、アメリカでやはり異物を飲み込んでホッキョクグマが死亡した際に、かなりきつい表現で来園者に警告を発していたのはユタ州のホーグル動物園 (デナリの生まれ故郷) でした。 私自身はキツイ言い方のほうが好きではありますが。

さて、ところがこの事件のあった僅か一か月後に、今度は19歳の雌のホッキョクグマであるペニーが死亡してしまうのです。 2005年6月のある日、ペニーは通常通り午後4時半に展示場から寝室に戻ったわけですが、それからなんと一時間半後にペニーが死亡しているのが発見されたということです。 早速翌日検死が行われましたが実に驚くべきことが判明しました。 ペニーの子宮に2頭の死亡した胎児が見つかったわけです。 前年の秋に出産すべきはずだった胎児が何らかの理由で出産に至らず死亡したまま子宮に留まっており、その胎児が何かの菌に感染してペニーは腹膜炎を起こして亡くなったというのが真相だったそうです。セントルイス動物園では前年のペニーの妊娠には気が付いていなかったとのことですが、ホッキョクグマの妊娠判定のむずかしさを考えると、それも無理からぬことだったように思います。 

実はこのペニーというのは1985年11月にオハイオ州・クリーヴランドのメトロパークス動物園で、あのスノウボールが産んだ雌の双子の一頭です。 つまり旭山動物園のサツキの姉にあたります。 双子で生まれたペニーのもう一頭の姉妹であるホープと共に誕生の翌年の1986年に、このセントルイス動物園に移動してきたというわけです。 このペニーとホープという双子姉妹のパートナーだったのがペニーの死の一か月前に亡くなったチャーチルだったということで、これは私が先日投稿しました 「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(9) ~ 同居を許容しうる雌雄の頭数構成」 でも述べましたように、雄1頭と雌2頭という伝統的な組み合わせによる同居パターンにあたるわけです。

わずか一か月間に同じ動物園で2頭のホッキョクグマが死亡したことについて、アメリカ国内の動物園の監督官庁である農務省 (United States Department of Agriculture - USDA) は事態を重く見てセントルイス動物園に対して、連邦動物福祉法 (Animal Welfare Act) 違反の理由で7500ドルの罰金を課したわけでした。 セントルイス動物園としては最初は到底納得いかない処分であると考えたわけですが、結局この罰金を支払うこととなりました。
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ホープ Photo : World Zoo Today

さて、こうして雄1頭、雌2頭を飼育していたセントルイス動物園に残ったホッキョクグマは亡きペニーの双子姉妹のもう一頭であるホープだけになりました、 そのホープですが、セントルイス動物園に残った最後のホッキョクグマとして人々から慕われ大事にされたそうですが彼女も2009年3月末に肝臓がんの悪化によって安楽死という方法で亡くなりました。 こうして旭山動物園のサツキの姉にあたるペニーとホープの美しき双子姉妹は19歳と23歳という、飼育下のホッキョクグマとしては天寿を全うしたとは到底言えない年齢でこの世を去ったのでした。 このホープの生前の映像を見てみましょう。



この下の映像は多分ホープの亡くなる少し前の時期のものではないでしょうか。 随分体力が落ちているように感じられます。



さて、こうしたことで3頭の壮年期のホッキョクグマ全てが亡くなってしまったセントルイス動物園ですが、ホッキョクグマ2頭の連続死によって農務省から罰金を課されるというような不名誉をなんとしても挽回し、そして今度こそはホッキョクグマの繁殖を成功させたいという意気込みで、現在では国外からのホッキョクグマの輸入すらできない状況にあっても同園はホッキョクグマを入手したいという強い希望でAZAや魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service) に働きかけを行うと同時に巨額の資金を投入して新ホッキョクグマ飼育展示場を建設中であるということです。 「これだけの立派な施設を建設しているのだからAZAやFWS はセントルイス動物園にホッキョクグマを融通してほしい。」 ということをアピールしているということになるのでしょう。

さて、このセントルイス動物園は、現在バッファロー動物園で飼育されているカリーを意向通りにセントルイスに連れてくることができるでしょうか? 事態の推移を見守りたいと思います。 

(資料)
St. Louis Post Dispatch (Aug.17 2013 - Where are the bears?  St. Louis Zoo readies for more construction)
National Geographic (Mar.3 2012 - St. Louis Zoo & Polar Bears International are Spearheading an Effort to Bring Arctic Polar Bears to US Facilities)
Examiner (Nov.16 2009 - Take your kids to see the fake polar bears at the St. Louis Zoo)
KSDK.com (May.28 2005 - "Churchill" The Polar Bear Dies At The St. Louis Zoo)
AP (Mar.22 2013 - Missouri zoo to pay fine for polar bear deaths)
The Nevada Daily Mail (Jun.3 2005 – Second Polar Bear Death at St.Louis Zoo)
The Southern (Apr.1 2009 - St. Louis Zoo on the defense about string of animal deaths)
World Zoo Today (Apr.1 2009 - Hope – Saint Louis Polar Bear – We bid Farewell)
AP (Mar.31 2009 - Last Saint Louis Zoo polar bear dies)

(資料)
アメリカで登場したホッキョクグマ輸入の特別枠要求への動き
アラスカで保護された野生孤児カリーをめぐるバッファロー動物園とセントルイス動物園との微妙な関係
by polarbearmaniac | 2013-08-20 23:30 | Polarbearology

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