街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ベルリン動物公園の担当者、ドイツ国内の「近親交配批判」に反論 ~ “Errare humanum est...”

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ムーシャ(Mi Mi - 美美) (2012年11月24日撮影 於 北京動物園)
NikonD5100 AF-S DX NIKKOR 18-200mm f/3.5-5.6G ED VR II
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ムルマ (Murma) (2010年5月2日撮影 於 モスクワ動物園)
Nikon D3s  シグマ70-300mm F4-5.6 DG MACRO

近来稀に見るエキサイティングな展開になってきました。 話がベルリン、モスクワ、北京の三都市の動物園にまで広がる話となっています。 今回提起されたベルリン動物公園にやってきた間もなく2歳になる雄のホッキョクグマ(ベルリン動物公園の担当者は「ヴァロージャ」と呼んでいますので以降、この名前を使用します)と、すでに同園で飼育されている間もなく4歳になるトーニャとの間で繁殖を狙うことは近親交配となるという一連のドイツ国内からの批判に対して、ヴァロージャの一般公開に先立つ形でベルリン動物公園の担当者であるフローリアン・ジックス (Florian Sicks) 氏が、とうとうベルリンの日刊紙であるターゲスシュピーゲル(Tagesspiegel) 紙の取材に応じる形で反論を行いました。

ジックス氏の発言内容を要約します。

(A) ヴァロージャは2011年11月27日にモスクワ動物園で生まれた三つ子の一頭であり、母親はシモーナ、父親はウランゲリである。

(B) トーニャは2009年11月にモスクワ動物園で生まれ母親はムルマ、父親はウンタイ (ウムカ)である。

(C) よってヴァロージャとトーニャとの間の繁殖は近親交配ではない。


ということです。 この反論の内容で驚くべきことはトーニャの両親がシモーナとウランゲリであることを否定した点です。 そして、現在の血統登録台帳では以前の情報が訂正されて、現在はこのジックス氏の主張通りの記載がなされているようです。

以前から何度か申し上げていますが、この血統登録情報というものの正確さは提供されている情報の正確さに依存しており、管理者 (ロストック動物園) の几帳面さに依存しているわけではありません。 ですから、実際の血統と登録台帳の血統が異なることはあり得る話です。 しかし一方で真実はどうであれ、血統登録台帳の情報を持って実際の血統と「みなす」という考え方自体は十分にありえますが、私はそもそもこういった考え方には興味はありません。 実際の生身の個体に密着した情報のほうに遥かに興味があるからです。 さて、ではこうした考え方でこの今回の件を考えていきます。

まず(A)の主張は、その通りでしょう。 現在もノヴォシビルスク動物園にはムルマの息子が国外への移動に備えて待機しているという情報は正しく、そしてモスクワ動物園の三つ子のうち一頭の姿が映像で確認できないということからも、事前に(A)を疑うべき要素はあまりないわけです。

次に(B)ですが、これが問題です。 トーニャは実はムルマの娘であるというジックス氏の主張ですが、そうなると現在北京動物園で飼育されている雌のムーシャ (美美) は実はシモーナの娘であるということを意味します。 ところが実は2011年2月17日付のモスコフスキー・コムソモーレツ (Московский комсомолец) 紙の記事で、記者がモスクワ動物園から幼年個体を2頭、北京動物園に移送する作業を取材し、そして記事にしています。 このうち雌の一頭についてですが、どうやって母親からこの幼年個体を引き離すかについて詳しく述べていますが、それは明らかに一人娘を母親から引き離す状況の描写であり、つまりこれは2009年に一頭の雌を産み、そして育てたムルマから娘を引き離すシーンを意味しています。 つまり、この時にモスクワ動物園から北京動物園に移動した雌はムルマの娘であることを強く示しているのです。 そしてこの時に同時にこの雌の一頭と一緒にモスクワから北京に向かったのはウスラーダの息子であるサンクトペテルブルクのレニングラード動物園生まれの雄のサイモンです。 つまりムルマの娘とウスラーダの息子のペアならば近親交配にならないということで北京動物園がこの2頭を同時に別々の血統から入手したことを意味するわけです。 となれば、消去法でモスクワからロストフを経てベルリンに向かった雌の一頭、つまりトーニャは2009年11月にシモーナの産んだ双子姉妹の一頭であることを意味するわけです。 そうなるとジックス氏の(B)の主張と大きく矛盾することになります。 そして、現在の血統登録台帳はジックス氏の主張を裏付けるように書きかえられているといるのが驚きです。 さて、そうなると今度は北京動物園が問題です。 (C)のジックス氏の主張(及び現在の血統登録台帳)が正しいとしますと、北京動物園の雌のムーシャはシモーナの娘ということになります。 そして彼女の繁殖上のパートナーとなるのはウスラーダの息子であるサイモンです。 そして 御存じの通りサイモンはシモーナの弟です。 そうなると今度は北京動物園では叔父と姪との間での繁殖を狙うということになり、ベルリンではなく北京動物園こそが近親交配であることを意味します。

さて....どう考えたらよいでしょうか? 以下は私の仮説です。

まず、2010年当時に北京動物園が新しいペアを獲得しようとモスクワ側と折衝の末、2011年2月に実際に入手した幼年個体の購入には近親交配を回避しようという意図は当然あったと推定でき、一頭を「アンデルマ/ウスラーダ系」、もう一頭をムルマの子供ということで入手しようとした時点で、当然、モスクワ動物園から血統に関するアドバイスを得ていたと考えます。 ペアとして入手しようというわけですからそれは当然のことでしょう。 ベルリン動物公園が雌のトーニャを入手しようとしたのはクヌートのパートナーとするためでした。 しかしトーニャのベルリン到着前の2011年3月にクヌートは亡くなり、トーニャは将来のパートナーの見通しが立たない状態のままベルリンに到着したわけです。 そこでおそらく、その年すぐにブラスキエヴィッツ園長は今度はトーニャのパートナーを求めてモスクワ側にかけあったでしょう。 しかしモスクワ動物園でその年の2011年11月に産まれたのはシモーナの子供が3頭であったもののムルマの子供は1頭だけだったわけで、現在大きな血族グループを形成している「アンデルマ/ウスラーダ系」 のパートナーとなりうる個体は数少ないムルマの子供でしかあり得ません。 1頭しかいないムルマの息子には実はおそらく誕生前からすでに別の買い手が高い値を提示していたでしょう。 ここでモスクワ側には近親交配にならない個体をベルリン側に譲渡することが困難となったわけです。 しかしモスクワ動物園の「手持ち」にはシモーナの産んだ三つ子がいるわけで、そのうちの雄一頭をトーニャのパートナーとなるべく、ベルリン側に引き渡すことにしたものの、それはトーニャの弟にあたりますので近親交配になってしまいます。 そこで、血統登録上では近親交配とならないように、モスクワ側は巧妙な手段を考え出したのではないでしょうか? それは、なんとトーニャのほうの血統登録情報を、誕生した側のモスクワ動物園からの依頼の形で「訂正する」 というやり方です。 こうして、トーニャの母親はシモーナではなくムルマに訂正されたのでしょう。 こうなると血統登録上からはトーニャとヴァロージャは別の血統となり、近親交配にはあたらないことになるというわけです。 血統登録台帳の2010年版と2011年版の記載の違いは、こういったクヌートの死後におけるトーニャのパートナー選択のための事情が反映していると考えると時期的にはピッタリです。 つまり、実際の血統登録情報を「訂正」することによってシモーナの息子であるヴァロージャをベルリン側に譲渡できるようにすることによってモスクワ側の誰かが個人的に利益を得ているのだろうという疑惑です。 私が時々、「モスクワ側」 という書き方をして「モスクワ動物園」 という書き方をしない場合がある点についてお含みおき願いまます。 これは書くと長くなりますが、モスクワ動物園以外の第三者も関与しているであろう場合に「モスクワ側」という表現をしています。

血統登録台帳の情報をもって実際の血統情報と「みなす」という考え方は実はある意味では非常に合理的です。 なぜなら、「実際はどうなのか?」 などと考えてみる必要がなくなるからです。 こういった考え方はドイツ民法においては不動産登記に強い権利推定力、そして公信力を持たせているために不動産登記簿上の権利者は実際の権利者とみなしうるということと非常に近い考え方です。 ところが日本(そしてフランス)の民法では不動産登記に権利推定力、公信力はないわけで登記簿に記載されている者が実際の権利者とは単純にはみなすことはできないわけで、登記は単なる第三者に対する対抗要件にすぎません。 こういった紙の上での登録情報をもって正しいと「みなす」という法律的考え方の風土のあるドイツでは、ホッキョクグマの血統登録台帳という紙の上の情報をもって実際の血統情報と「みなす」という考え方は多くのドイツ人には受け入れやすい考え方でしょう。 何度も書いていますが、私はこういう紙の上だけの情報にはあまり興味はないわけで、「実際はどうなのか?」に興味があるわけです。 人間の戸籍ですら事実とは異なる場合があるわけですから、ましてやホッキョクグマの血統登録情報など実際に事実と異なることなどあっても全く不思議ではありませんし驚くに値しません。 現に今回の件のように、いとも簡単に血統登録台帳の情報が「訂正」されているわけです。 さらに、これもモスクワ動物園が関与していた「イワンとゴーゴ事件」を思い起こしてみて下さい。 「古事記」、「日本書紀」に記述されているから全て正しいのだ、あるいは正しいことにしておこうという態度なら歴史学の研究など不要であるはずです。 ですから我々は、血統登録情報に対しても常に critical な姿勢で臨まねばならないわけです。

さて、冒頭の2枚の雌のホッキョクグマの写真をご覧ください。 この2枚の写真が「母娘」の姿であるとするならば、ベルリン動物公園のジックス氏の反論は実際の血統を反映していないことを意味します。 一方で、仮にジックス氏の反論の内容が正しければ、冒頭の2枚の写真のホッキョクグマには血のつながりは全くない「赤の他人(他クマ)」 であることを意味します。

さて、どうでしょうか.....?

(資料)
Tagesspiegel (Aug.22 2013 - Neuer Eisbär: Tierpark dementiert Inzucht-Gerüchte)
Московский комсомолец (Feb.17 2011 - Косолапый рейс)

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by polarbearmaniac | 2013-08-23 15:30 | Polarbearology

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