街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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温暖化による海氷面積減少にも影響を受けず生息数が減らないチュクチ海地域のホッキョクグマたちの謎

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故 ミッキー (2012年6月10日撮影 於 熊本市動植物園)
Nikon D5100  シグマ 70-300mm F4-5.6 DG MACRO
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チュクチ海

実に興味深い調査研究報告が公表されていますので、それをご紹介しておきます。

ロシア極北・シベリア北東部のチュクチ半島からアメリカ・アラスカ州北西部にかけて広がるチュクチ海 (Чукотское море/ Chukchi Sea)、そしてアラスカ北東部のボーフォート海 (Beaufort Sea) においてアメリカ地質調査所 (United States Geological Survey; USGS) の協力を得て2008年からホッキョクグマの生息数と生息状態を調査していたアメリカの魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service; USFWS) ですが、このたびその調査研究報告が “Global Change Biology” 誌に掲載されました。 ネット上では会員向けの限定公開となっていますので、今回はこの調査研究報告の執筆者であるエリック・レギーア (Dr. Eric Regehr) 氏の書いたこの調査研究報告の内容のレジュメ、およびレギーア氏がディスカバリー (Discovery) 誌、及びアラスカ・パブリックメディア (Alaska Public Media) のサイトにこの研究結果を噛み砕いて語っている内容を参照しながら御紹介したいと思います。 その前にまず、このアメリカの魚類野生動物保護局 (USFWS) がチュクチ海でホッキョクグマの生態調査を行っている様子を同局制作の映像で見てみましょう。 その調査の方法を詳しく紹介していますので音声は on にして下さい。 これはなかなか有益な映像だと思います。 



特に今回の調査で注目すべきだったのはチュクチ海地域に生息しているホッキョクグマについてです。 実はこのチュクチ海周辺というのは地球温暖化による近年の海氷の減少率が最も高い地域の一つであり、ホッキョクグマの生息にとってはその海氷面積の減少(後退)が大きなダメージとなっているであろうことが予想されていたわけですが今回の調査では、20年前に行われた調査と比較するとホッキョクグマの生息数には変化は見られず、そしてさらにこの地域で250頭の個体を一時捕獲して血液サンプルを採取して栄養状態をチェックしてみたり体重を測定したりしてみたところ、20年前よりも健康状態はむしろ良くなっていることが判明したそうです。 つまりこのチュクチ海地域のホッキョクグマたちの生存状態は海氷面積の大きな減少(後退)にもかかわらず何の影響も受けていないどころが、むしろ20年前と比較してより健康になっているということになります。
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ボーフォート海

ところが一方で今度は同じく海氷面積の減少(後退)率の大きなアラスカ北東部のボーフォート海周辺のホッキョクグマたちについてですが、チュクチ海地域に生息している個体よりも平均で体重が雌で30キロ、雄で49キロ少ないそうです。 また、母親の連れている幼年個体の平均個体数もチュクチ海周辺に生息している平均個体数よりも少ないとのことです。 ハドソン湾のホッキョクグマたちもこのボーフォート海周辺のホッキョクグマたちと同じ平均レベルの状態だそうですから、チュクチ海周辺のホッキョクグマたちの生存状態がいかに健全であるかがわかろうというものです。
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Photo(C)Discovery / iStockphoto

海氷面積の減少(後退)率が同じほど高いチュクチ海周辺とボーフォート海周辺で、いったい何故このようなホッキョクグマの生存状態に大きな相違が見られるのかが問題です。 つまり、海氷面積の減少(後退)率とホッキョクグマの生息数(及び生息状態)との関係には単純にはいかない、もっと別の要素が作用しているのではないかと調査研究チームのメンバーは考えたわけです。 つまり海氷面積が大きく減少(後退) してホッキョクグマが狩りで獲物を捕まえる機会が減少してもホッキョクグマの生息数に変化がないのならば、その理由を明らかにすることによってホッキョクグマを絶滅の危機から救うためのヒントが得られるかもしれないと考えたわけです。 そうなると今度はチュクチ海とボーフォート海ではいったいホッキョクグマの生息条件にどのような相違点があるかをまず明らかにしなければなりません。 この点について今回の研究報告では深く踏み込んでいないようですが、この調査研究チームは現時点においてこの相違点についていくつかの仮説を提示しています。 それをいくつか次にご紹介しておきます。

・チュクチ海はボーフォート海と比較すると海氷の後退する季節においては太陽光が海面に差し込む量がボーフォート海よりも多いというような事実があり、それによって藻類のアオコがより多く発生することが食物連鎖上において有利な条件をもたらす。(つまり、回りまわってアザラシの栄養状態が良好になるから、それを獲物としているホッキョクグマの栄養状態も良くなるということを意味していると思われます。)

・チェクチ海沿岸のほうがボーフォート海沿岸よりも浅瀬が多く、そういった場所に住む海洋生物が豊富である。 (つまりホッキョクグマの口に入るものの種類が多くなるという意味でしょう。)

・チェクチ海沿岸ではセイウチを獲物にするホッキョクグマもいるがボーフォート海沿岸ではそういったホッキョクグマはいない。


...といったことなどですが、私には必ずしも今回の件を完全に説明するだけの説得力のある仮説のようにも思えません。 エリック・レギーア氏に言わせると、現在は生息状態が健全であるチュクチ海地域のホッキョクグマたちも、今後は順風漫歩とはいかなくなるだろうと予想しています。 海氷面積がさらに減少していくと、そのどこかの点でホッキョクグマたちが狩りで獲物を捕らえるための十分な時間は無くなるだろうと予想しています。

以上のことから、短期的には海氷面積の減少とホッキョクグマの生息数は単純にはリンクしえない複雑な要素が存在していることが明らかになったわけです。 レギーア氏は最後に結局のところ、私が以前にもこちらの投稿の後記に書きましたが、「生存圏が縮小すれば頭数は減少する。」 という生命界における絶対不変のテーゼは揺るぎないと考えているようです。 端的にこう言っています。

“And the simple message that’s gotten out has been as goes
the sea ice, so go the polar bears.”


ここで、北極圏における海氷の減少の状況について1979年から2012年までの推移を振り返ってみることにします。



この調査研究チームは今後もこの地域での調査を継続していくそうです。 もっといろいろな事実を明らかにしてほしいと願っています。

(資料)
U.S. Fish & Wildlife Service (Aug.22 2013 - Polar Bears in the Chukchi Sea Doing Well, Despite Sea Ice Loss)
Wiley Online Library (Variation in the response of an Arctic top predator experiencing habitat loss: feeding and reproductive ecology of two polar bear populations)
Alaska Public Radio Network (Sep.10 2013 - Chukchi Polar Bear Population Remains Healthy As Ice Coverage Lessens)
Discovery News (Aug.31 2013 - For Polar Bears, Some Places Better Than Others)
Polar Bear International (News Room /Sep.2 2013 - Chukchi Sea Polar Bears)
United States Geological Survey; USGS (Polar Bear-Sea Ice Relationships) (Forecasting the Future Status of Polar Bears) (A Model for Autumn Pelagic Distribution of Adult Female Polar Bears in the Chukchi Sea, 1987-1994)
by polarbearmaniac | 2013-09-13 06:00 | Polarbearology

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