街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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オーストラリア、シーワールドのリアお母さんの出産時の産室内秘話 ~ 「初産成功」 を特別視すべきか?

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リアお母さんと息子のヘンリー Photo(C)Sea World Gold Coast

9月21日付の Gold Coast Bulletin News の報道記事で今まで知られていなかった今回のシーワールドでのリアお母さんの今年5月9日の出産に関してエピソードを同施設の技術責任者であるトレヴァー・ロング氏が語っています。 それによりますと、今回のこのリアお母さんの出産は2頭であり、モニターカメラの映像ではリアお母さんは出産後5日間近くも懸命にこの2頭の面倒を見ており、そして2頭を一緒に授乳しようと必死に頑張っていたそうです。 ところが遂にそういった緊張に耐えられなくなった瞬間にリアお母さんは1頭の面倒を見ることを一切止めてしまったそうです (”she turned her back on one of them and never looked back." は、文字通りでは「1頭に背を向けてもう振り返らなくなった」ですが、これは単に「面倒を見るのを一切やめてしまった」と理解するのが正しいと思います)。 2頭ともに同じように元気だったにもかかわらずリアお母さんが突然面倒を見なくなってしまった1頭を人工哺育に切り替えようとして、スタッフは2度にわたってなんとかこの赤ちゃんを産室から器具を使って取り出そうと努力したそうですが、興奮したリアお母さんによって妨げられてしまったということです。 つまり、これ以上その試みを続けると今度は現在ちゃんと面倒を見ている1頭の赤ちゃんへの育児拒否が起こることを恐れたスタッフは、自然の流れにまかせてもうこのままの状態にしておくことに決めたということです。 そしてリアお母さんが面倒を見なくなってしまった赤ちゃんはやがて餓死してしまったということです。 スタッフにとってはなかなか辛い体験だったようですね。
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ヘンリー Photo(C)Sea World Gold Coast

トレヴァー・ロング氏はこのホッキョクグマの母親の初産の場合について調査を行ったそうですが、出産した複数頭(これは単に双子と理解すればよいでしょう)のうちの1頭について育児を放棄してしまう確率は初産の場合は 80% であると述べています。 私の感覚ではこの80%という数字は、「ホッキョクグマの母親が初産で少なくとも1頭が成育するケースは20%である。」 と仮に読み替えたとすれば感覚的にはなんとなく妥当な数字であるようにも感じるのですが、しかし出産したのがもともと1頭だけだった場合をどう考えるかについて、はっきりしないように思われます。 さらにまた、トレヴァー・ロング氏は成育しなかった理由として「育児放棄」だけを挙げていますが、たとえば虚弱が理由で死亡した場合、あるいは食害の場合を厳密にどう分類すべきかも問題です。 また、初産の母親の年齢といったものも大きく影響してくるはずです。 こういった要素を厳密に考慮して分類しなければトレヴァー・ロング氏の言う 80% という数字は、さほどの根拠のない雑駁な数字になってしまうだろうということです。

実は私がいろいろな欧米の文献をのぞいてみた限りでは「初産」というものを特別視して記述してあるような記載は実はほとんど見当たらないわけです。 また、「初産にもかかわらず成育に成功した」 という視点は少なくとも欧米やロシアにはない考え方のように思われます。 モスクワ動物園のあの偉大な母であるシモーナは初産の時は出産後9日目に赤ちゃんは死亡しています。 つまり初産に失敗しているわけです。 レニングラード動物園の女帝ウスラーダもレニングラード動物園の資料を参照する限りでは初産には失敗しています。 札幌のララも失敗しています。 ところが、「あれほど多くの出産に成功している偉大なホッキョクグマであっても初産には失敗した。」という言い方を私はこのブログでの話題として、御訪問していただいた方々の注意を喚起したい目的で酒の肴として今まで何度か使用していますが、そもそもそういう発想の仕方を欧米ではしていないということです。 ですから逆に言えば、「初産だったにもかかわらず成功した。」と、その母親を特別視して賞賛するという考え方は世界のホッキョクグマ界では正しくない、あるいは一般的ではない考え方だと理解した方がよいでしょう。 今回のヘンリー誕生の件で「初産のホッキョクグマ」を英語で “first-time polar bear mothers” と言うのは読んで字の如くですが、そもそも当たり前と思えるこの英語の表現自体を私は過去に文献や記事で見た記憶がありません。 要するにこういったこともホッキョクグマの「初産成功」は特別視されていないということの表れでしょう。 「初産」の場合を他の出産の場合と切り離して特別の視点で考えるということの意義と妥当性はともかくとして、一般的にはそういう考え方や視点はほとんど存在しないということだと思われます。

こういった意味で、今回の産室内での出来事から「初産の場合の云々の確率」といったように本来は統計で数字を出すことが困難であるはずのことに敢えて確率を持ち出してきたシーワールドのロング氏の発言を読んで、私は「あれれ...?」と意外に感じたわけでした。 日本がアメリカや欧州からは遠い場所にあるのと同じく、英語圏であってもオーストラリアもアメリカや欧州からは遠い場所に存在している、とでも言ったらよいでしょうか。

さあ、ヘンリーの登場を待つことにしましょう!

(資料)
Gold Coast Bulletin News (Sep.21 2013 - Polar cub joy tinged with sadness)
Herald Sun (Sep.21 2013 - Meet Sea World's newest attraction, Henry the polar bear cub)
Herald Sun (Sep.21 2013 - New Sea World addition too cute to 'bear')
NEWS.com.au (Sep.21 2013 - Meet Sea World's newest attraction, Henry the polar bear cub)
The Reporter (Sep.21 2013 - Henry the polar bear makes his public debut at Sea World)

(過去関連投稿)
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by polarbearmaniac | 2013-09-21 03:00 | Polarbearology

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