街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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フィンランド・ラヌア動物園のランツォの移動先選定が難航か? ~ 綻びを生じた(?)欧州の繁殖計画

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ヴィーナスお母さん(左)とランツォ(右) Photo(C)Kainuun Sanomat

遠い国で報道された小さく目立たない記事であっても、そこからいろいろな背景を読み解くことのできるものがあります。 ましてやそれが日本のホッキョクグマ界に与える影響が無視できないとなればここでご紹介しておくことも無駄ではないと思っています。

フィンランドのラヌア動物園で2011年の11月18日にヴィーナスお母さんから生まれた雄のランツォはまもなく2歳になろうとしています。 ラヌア動物園では当然のことながらヴィーナスお母さんと雄のマナッセとの間での次なる繁殖を考えているわけで、そのためにはこのランツォを他園に移動させる必要があるわけです。 これまでもこのラヌア動物園のランツォについてはかなりの数の投稿をしており、その誕生から現在に至るまで可能な限り彼の成長を追い続けてきたつもりです。 ランツォの誕生はラヌア動物園の来園者数を大幅に増加させたこともあり、園長さんにとってはランツォの移動先がどこになるかについて非常に気にかけており移動先を選定するEAZAのコーディネーターとも連絡を密にしていたわけです。 さて、とはいうものの現在の欧州でこの年代の雄の若年個体というのは将来のパートナーのあてもなくだぶついていることはこれまで何回か投稿してきた通りで、ランツォについてもその例外ではありません。 先月9月末のフィンランドにおける報道で、ラヌア動物園の担当飼育員さんが言うには、EAZAのコーディネーターはランツォを欧州域内に留めておく方針であり、その移動先の有力候補にイギリス北部・スコットランドのハイランド野生公園 (Highland Wildlife Park) を挙げているそうです。

このスコットランドのハイランド野生公園は欧州ではデンマークのスカンジナヴィア野生動物公園と並んで非常に環境のよい施設であり、これはどうもラヌア動物園の園長さんが自分で見立ててEAZAのコーディネーターに提案したのではないだろうかという気がします。 しかし現在このハイランド野生公園では間もなく5歳と6歳になろうかという雄のウォーカーとアルクトスが飼育されており、彼らには将来のパートナーのあてが全くないという状況です。 そのハイランド野生公園にランツォが移動すれば、これはもうこの施設が 「半永久的独身クラブ」 という性格付けがなされることになるでしょう。 いつ抜け出せるかの見通しはつきません。 そもそもこのハイランド野生公園の名前が出てきた時点で、欧州のホッキョクグマ再配置がかなり苦境の状態であることを物語っているように思います。 広い飼育展示場があるからとりあえずそこに移しておこうといった、いわゆる将来の見通しを考えることを止めて目先のことだけを考えるといった苦し紛れの姿勢です。 少し前までの欧州ならば、こんな近視眼的な発想はしなかったでしょう。
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ランツォ Photo(C)Ranua Zoo

飼育下におけるホッキョクグマの繁殖は、相性の良いペアによる繁殖行為、そして出産、成育という一連のサイクルにまず目が行くわけですが、実はそれだけではなく成育した個体をどの施設に移動させ、将来に向けてどういったパートナーをあてがうかということも重要な要素であるわけで、こういったことを含めてトータルで 「ホッキョクグマの繁殖」 ということになるわけです。 新しい個体の誕生だけをもって「ホッキョクグマの繁殖成功」 といったような単純な問題ではないということです。 その個体を今後どう再配置 (relocate) して次世代、次々世代につなげていくかと言うトータルな問題であるわけです。 欧州だけではなく日本でも全く同じで、ララの子供たちをどの動物園に移動させ、そして将来誰をパートナーにするかを全体の繁殖計画の中で早めに考えていかなくてはならないわけです。 このことも「ホッキョクグマの繁殖」の重要な問題だと考えねばならないわけです。 

私の見たところ、ここ1~2年、欧州ではこの問題に相当頭を悩ませており、欧州における飼育基準の存在によってその基準を満たす施設への移動となれば選択肢の幅が急に狭くなるという状況に追い込まれ、各動物園は独自で幼年・若年個体の移動を図らねばならなくなり、欧州域外への売却という手段でこれを解決しようとし始めたわけです。 そのことによって結局、こうした幼年・若年個体の欧州域外への流出を防ぐことが難しくなりつつあるという状況になっています。 たとえばEAZAのコーディネーターの動きが鈍く、ドイツ・ニュルンベルク動物園のグレゴールとアレウトの移動先選定に難航して結局は東欧ポーランドのワルシャワ動物園に移動させざるを得なくなったり、またデンマークのオールボー動物園が個体の所有権を盾にとってミラクを中国に売却するぞというブラフをかけて実際はカナダに売却しようとする動きを見せたりなどしているわけです。 ホッキョクグマに良かれと考えて欧州は飼育基準を厳しくしたものの、今度はそれがために自分の首を絞めつつあるという状況になっています。 これをどう打開するかも問題です。
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ランツォ Photo(C)Ranua Zoo

円山動物園がイコロとキロルの欧州個体との交換を狙ってEAZAのコーディネーターと接触したのは2009年の夏頃だったはずですが、御存じの通り当時はEAZAのコーディネーターは高飛車な姿勢だったわけです。 それから4年が経過して状況はかなり変わりつつあるわけです。 欧州はホッキョクグマの繁殖を赤ちゃんの誕生だけに限定すれば、それそのものはうまくいっていますが、その後の個体の再配置とパートナー選択に急速に行き詰まりを生じておりEEPの壁を破った欧州域外への個体流出が生じるのは時間の問題でしょう。 さらにここのところ感じるのは、欧州のホッキョクグマ界といっても対外的には一枚岩ではないということです。 特にオランダにいるEAZAのコーディネーターとドイツ・デンマークの動物園との確執の存在があるように感じる点です。 実はこういった欧州における複雑な状況は、皮肉なことに日本にとって今こそ欧州との協力関係を構築できるチャンスでもあるわけですが、世界的な潮流に乗り遅れた日本の施設の貧弱さの問題を解決しませんと先が見えません。 円山動物園が昨年夏にドイツのハノーファー動物園に個体交換の話を持ちかけましたが、それは円山動物園がこういった一枚岩ではなくなっている欧州のホッキョクグマ界の事情を把握していたはずはなく、たまたま偶然のことでしょう。 そこで「飼育規準」という壁にぶつかったものの、ハノーファー動物園は一応は円山動物園の言い分を聞いてくれたわけで、その背景にこのEAZAのコーディネーターとドイツの動物園との間の隙間風を感じ取ることはさほど難しいことではないわけです。 

円山動物園 (あるいはその他の動物園) は仮に今後それがEAZAの基準であれ、AZAの基準であれ、あるいは幾分緩いマニトバ基準であれ、何らかの「飼育規準」を満たす施設を建設した場合、2009年のようにオランダにいるEAZAのコーディネーターに再び話を持っていくのか、それともドイツの動物園を一本釣りにして個別交渉するのかのどちらかを真剣に選択せねばなりません。 私は後者のほうが良いと考えますが、しかし前者も十分考えうることだと思います。 何故なら、EAZAのコーディネーターは2009年の時のように高飛車ではいられない状況にすでに陥っているからです。 「海外との協力関係を構築する前に、まず日本における繁殖計画を整備して実行しなければならない」 といった、ある種の正論だけではもう間に合わない状況になっているわけで、どうしてもその両方を同時進行させねばならないわけです。 困ったときにはモスクワ動物園に泣きつけばよいといったことではもう解決できないということです。 飼育下のホッキョクグマの平均寿命を人間の平均寿命の三分の一だとしますと、そのことはすなわち人間の時間の三倍のスピードの時間がホッキョクグマには経過していると想定せざるを得ません。 となれば、我々人間はホッキョクグマに対しては通常の三倍のスピードで事を運ばねばならないわけです。 人間の子供が生まれてから大学に入るまで18年かかるとすると、ホッキョクグマはその三倍のスピードの6年で大学に入ることになります。 あっという間なのです。 我々はホッキョクグマの繁殖に対していつまでも悠長に構えているわけにはいかないということです。

ラヌア動物園のランツォは果たしてどこへ移動するでしょうか。 年末・年初にかけての欧州のホッキョクグマの移動がどうなるのかを見つめていきたいと思います。 そして、そういった欧州、その他のホッキョクグマ界の状況の変化は可能な限り漏らさず正確にここでご紹介し、そして考えていきたいと思っています。 アメリカ、カナダ、ロシアの状況も然りです。

(資料)
Kainuun Sanomat(Sep.28 2013 - Ranzo-jääkarhu muuttaa talvella ehkä Englantiin)

(過去関連投稿)
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by polarbearmaniac | 2013-10-14 07:00 | Polarbearology

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