街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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アメリカにおけるホッキョクグマ保護の法的構造を探る (上) ~ 連邦控訴裁判所の決定について

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サツキ(左)とピリカ(右)(2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

三か月ほど前の6月18日にアメリカの連邦控訴裁判所 (United States Court of Appeals) でホッキョクグマに関する非常に重要な決定 (decision) が出ていますので、どうしてもそれをここで押さえておきたいと思います。

事件を簡単に要約しますと、まずアメリカの狩猟愛護団体であるサファリクラブのメンバーがカナダからホッキョクグマの毛皮や敷物をアメリカ国内に持ちこもうとしたところ、連邦政府の魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service - FWS) から絶滅危惧種保護法 (Endangered Species Act) の規定に抵触することを理由に輸入許可を発行しないことによる実質的な輸入禁止の処分を食ってサファリクラブのメンバーがそれらの物品をアメリカ国内への持ち込みができなくなったことに対して、サファリクラブのメンバーがそれを不服として裁判所に訴えを提起したという事件です。 第一審では原告 (サファリクラブのメンバー) の敗訴であったため、それを不服として原告は連邦控訴裁判所 (United States Court of Appeals) に控訴したわけでした。 それに対する控訴審の決定についてです。 この上訴審決定 についてはその決定文がネットで公開されていますので、是非こちら (The U.S. Court of Appeals for the District of Columbia Circuit : No. 11-5353) をご参照下さい。 裁判所の判決文、決定文は非常に独特の言い回しがある点では日本もアメリカも同じです。 結論として、今回の上訴審は3人の判事の一致した判断で第一審を支持して原告の控訴を退ける決定を下しています。 この結論そのものも重要ではありますが、争われた争点についてどう上訴審が判断を下しているかのほうがもっと重要だと思いますので、それを簡単に見ていくことにしましょう。

まず前提として現状を把握しておく必要があります。 現在、非居住者にもホッキョクグマ狩りを合法的に認めている国はカナダだけであり、そういった非居住者のハンターのうち75%はアメリカから来たハンターであるという事実があります。 ホッキョクグマ一頭の狩猟に少なくとも約3万5千ドルを支払って合法的な形で狩猟が行われているわけです。 アメリカにおいては、これは以前に「アメリカの絶滅危惧種保護法 (Endangered Species Act) とホッキョクグマ ~ 連邦控訴裁判所の決定について」という投稿で述べましたように、2008年にホッキョクグマは絶滅危惧種保護法 (Endangered Species Act)で保護すべき対象のリストに絶滅危惧種 (“threatened” species) として入れられているわけです。 それだけでなく1972年にすでに制定された海洋哺乳類保護法 (Marine Mammal Protection Act) によって現在ではホッキョクグマは“depleted” species (これは訳語が難しいですね。 一応「枯渇種」と訳しておきます) に指定されています。 こういったことで “depleted” species 及び “threatened” species に指定されたホッキョクグマの体の部位を使用した物品の輸入も実質的にできなくなっているわけです。 このホッキョクグマの絶滅危惧種保護法のリスト入りをひっくり返そうとしてアラスカ州が訴え起こしたものの敗訴した件についてもその投稿をご参照下さい。

さて、今回のサファリクラブのメンバーの主張するところはいくつかあるのですが、“depleted” と “threatened” の違いに疑義を突きつけた条文理解に関する主張が多く、実質的に争われたのは次のことでした。 彼らの主張するところによりますと、この絶滅危惧種保護法のリストにホッキョクグマが入ったのは2008年であり、それ以前にカナダで狩猟されたホッキョクグマの体の部位を使用した物品はそもそも絶滅危惧種保護法の規制の効力が及ばないはずだからそういった物品のアメリカ国内への輸入は可能であるという主張です。 この主張はそれなりの説得性があるようにも思いましたしこの点が本件の最も重要な争点だったように思います。 この点について連邦控訴裁判所は第一審を支持してこう判断しています。最も重要な部分をそのまま引用します。

"The provision refers not to mammals taken from species the
Secretary had designated as depleted but instead mammals
taken from species the Secretary has so designated,"


アメリカの議会に関する情報サイトでも指摘されていますが、決定文のこの部分は実に切れ味の鋭い英語です。 過去完了形と現在完了形が見事に対比されていますが、絶滅危惧種保護法の規定の効力についてその対象の解釈を、「すでに指定がなされていたものから採取されたものではなく (”not to mammals taken from species the Secretary had designated”)」、「指定されたものから採取されたもの (“mammals taken from species the Secretary has so designated”)」 と書かれています。 これは日本語では違いがはっきりと出ませんが、英語としての意味は極めて明確で素晴らしい表現です。 ということで現時点でホッキョクグマがすでに絶滅危惧種保護法のリスト入りしていれば、リスト入りする以前に狩猟で殺されたホッキョクグマの体の部位を使用した物品の輸入もアメリカ国内の輸入規制の対象に含まれるということです。

こういったことで裁判所はホッキョクグマの体の部位を使用した物品のアメリカ国内への輸入は商業目的であれ個人使用の目的であれ、全て許可しないという連邦政府の魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service - FWS) の措置を完全に支持したわけです。この案件も連邦最高裁判所に裁量上訴の申立てができない種類の訴訟案件のはずですので、これでこの件の結論は出たと考えられます。

次にアメリカにおけるホッキョクグマの保護について今回の控訴審決定の内容をさらに詳しく重ね合わせつつ、その非常に難解な法的構造について考えていきたいと思います。  (続く)

(資料)
The U.S. Court of Appeals for the District of Columbia Circuit : No. 11-5353
The Hill (Jun.18 2013 - Federal court rules against hunters importing polar bear trophies)
E & E Publishing (Jun.18 2013 - ENDANGERED SPECIES: Judges uphold import ban on polar bear hides)
Care2.com (Jul.1 2013 - No Polar Bear Trophy Imports to U.S., Says Federal Court)
Endangered Species Act (絶滅危惧種保護法)
Marine Mammal Protection Act (海洋哺乳類保護法)

(過去関連投稿)
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アメリカの絶滅危惧種保護法 (Endangered Species Act) とホッキョクグマ ~ 連邦控訴裁判所の決定について
by polarbearmaniac | 2013-10-16 01:00 | Polarbearology

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