街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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札幌・円山動物園のキャンディにとっての12月6日 ~ 平均出産予定日とイケメン飼育員さんが救った命

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キャンディ (2013年11月4日撮影 於 円山動物園)

静岡の日本平動物園でヴァニラに妊娠が無かったと判断されたことが同園より発表されたということを伝える報道で、一つ目に付く事実がありました。 それは12月14日付けの朝日新聞の報道(電子版)です。今回の件について日本平動物園では発表において、さらりとした説明しかしていませんが朝日新聞の報道ではこういう文言が入っています、「他の動物園では交尾活動から164~294日後に出産が確認されているが、バニラは8日時点で交尾活動から311日が経過しているという」。  

この「164~294日」という日数です。 実はこれは以前から何度もここでご紹介しているロシアの生物学者であるイーゴリ・トゥマノフ氏の研究報告である ”Reproductive Biology of Captive Polar Bears (by IGOR TUMANOV. Research Institute of Nature Conservation of the Arctic and North, St. Petersburg, Russia)” に登場してくる "Pregnancy Duration" の日数とピッタリと一致しています。 この研究報告は1932年から1988年の間でのレニングラード(現在は「サンクトペテルブルク」)のレニングラード動物園での50回のホッキョクグマの出産によって生まれた88頭の個体についての統計記録から導き出された貴重なデータです。 ですから日本平動物園が「他の動物園」 と言っているのはロッシーの故郷であるレニングラード動物園を意味することに間違いないでしょう。 日本平動物園はこの日数をネットからの情報で得たか、それともレニングラード動物園に聞いたかのどちらかだろうと思います。 この「164~294日」はあのアメリカ動物園・水族館協会 (AZA) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル (Polar Bear Care Manual)」にも登場する数字であり、このAZAの飼育マニュアルではこれがトゥマノフ氏の研究報告であることも述べています。 いずれにせよこの朝日新聞の報道における「164~294日」はトゥマノフ氏の研究報告であり、「他の動物園」とはレニングラード動物園ということです。
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トゥマノフ氏の用いる用語である "Pregnancy Duration" (妊娠継続期間)はアメリカなどでは "Gestation Period "(懐胎期間)という言い方が多いようです。 AZAのマニュアルでは "Total Gestation times"(総懐胎日数)という言い方をしています。 どちらにしても幾分正確性に欠ける用語であるわけですが、要するに交尾から出産までの期間(日数)をそういう用語で定義したと考えておくべきでしょう。 この "Pregnancy Duration" (妊娠日数)ですが、トゥマノフ氏の飼育下における研究報告、つまり50回の出産全体の平均は224日間だそうです。 まあこれは簡単に7か月半と理解しておいてよいでしょう。 さらにAZAのマニュアルではこの "Total Gestation times"(懐胎日数)を一応195~265日間と記載し、トゥマノフ氏の研究報告よりも前後を一か月ほど短くした若干狭いレンジでの日数を採用していますが、それはマニュアルというものの性格を考えれば狭い期間を採用することは理解できます。

さて、まだ現時点で日本では白浜のアドベンチャーワールド、日本平動物園を除いて、実際に結果が出たかどうかは別にして対象園からの公式な結果の発表はありません。 一例で考えてみましょう。 私がこの眼で繁殖行為を目撃したのは札幌・円山動物園のデナリとキャンディだけですからこのペアの例で考えてみましょう。 私がこのペアの繁殖行為を見たのは4月13日のことでしたので( 「デナリとキャンディ、『成就』への出発のレールに乗る ~ 週末の札幌・連続4週間目」をご参照下さい)、この4月13日を起点日として採用することにします。 そうすると今日は12月14日ですから起点日から245日目となります。 これはトゥマノフ氏の研究報告における "Pregnancy Duration" (妊娠日数)の平均である224日間をすでに21日間も超えています。 さらに同氏のデータによれば交尾日が4月 1-30日の場合は平均の "Pregnancy Duration" (妊娠日数)は237日間(これに関しては以前の投稿である「ホッキョクグマ出産統計から見た傾向を再確認する ~ 出産シーズンに向けての知識整理」をご参照下さい)となっていますから、これもすでに8日間超えていることになります。 再度それを書き出してみます。 青字の部分です。

(1)交尾日、出産日、妊娠期間、出産頭数、性別との関係
交尾日    平均妊娠日数 出産平均頭数 性別(オスの確率
2月11-28日   281日      1.55     50.0%
3月 2-31日    254日     1.80      51.9%
4月 1-30日    237日     1.75      54.3%
5月 8-16日   207日     2.25       55.6%
6月 5-13日   166日     1.50      33.3%

つまり言えることは、キャンディの出産の可能性は少なくとも12月6日(つまり、本日12月14日マイナス8日間)の前後が最も出産の可能性が高かったわけで、12月6日を境にして今日より明日、明日より明後日とキャンディの出産の可能性は日に日に少なくなっているということを意味します。 以上のことから実は私はキャンディの出産日は意外に早くて11月中ではないかと思いつつも、一方でこの12月6日にも注目していたわけでした。
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キャンディ (2013年11月4日撮影 於 円山動物園)

ここで一つの小さくて奇妙な符号の一致を見落とすわけにはいかないでしょう。 というのは問題の12月6日....というのは同園のブログによれば同園で 「イケメン飼育員が一つの命を救った日」 だそうです。 「救える命が一つでもあれば救ってあげたい。ボクはそれを実行したまで。」 ということだったそうです。 それを書いた方は 「詳しくは言えない」 と言っています。 内容を考えれば普通の日本語では「詳しくは言わない」 なのに 「詳しくは言えない」 というからには、「言いたいが今は言えない」 ということでしょう。 つまり「言えない」 内容は後日明らかにされるべき内容であることを意味します。 後日になって明らかにする(つまり今は秘密にしておきたい)ほどの命ということであれば、それは同園における飼育動物に関してでしかありえません。 ましてや前後の文脈から、そのイケメン飼育員さんが「命を救った」のは同園内での勤務中であったことは明らかであるわけです。 「救ってあげたい」 という表現は、その命が存続するか否かは一重にその飼育員さんの行動次第であったということを強く示唆する表現です。 そしてその引用されたイケメン飼育員さんの発言全体から感じることは、「救われた命」 は非常に小さな命であることをも示唆しているように感じられます。 言語における記述というものを厳しく突き詰めればそういうことになります。 さらに踏み込んで言えば、「救われた命」は雄(オス)である確率が高いだろうということです。 何故そう言えるかはここまで私が書いてきた内容(引用したデータ)から一目瞭然かと思います。 同園では「キャンディの状態によっては、予告なくララ親子の展示を中止することがあります」 と言っていました。 しかし「ララ親子の展示中止」 がなされているような形跡は現時点ではありません。 考えうる可能性は、「キャンディに出産が迫ったような様子は全く見られない」 ということなのか、それともすでに 「一気に結果が出てしまった」 かのどちらかでしょう。 後者ならば「育児は不要」 という結果だから「ララ親子の展示中止」 は不要ということだったでしょう。

....ということですが、以前から申し上げていますが、本件のようなことに関してはあまり私の書くことを真に受けないで下さい。 こうやって自分の頭であれこれ想像し、そしてそれを何かのデータで裏付けたいという冬の夜長の楽しみ、いや正確に言えば妄想といったことで御理解下さい。 今回の件も私の考えすぎでしょう。 最近では北朝鮮並みに情報統制が効いているらしい同園でしょうから間違ってもこうした憶測を呼ぶような記述がホッキョクグマと関係のある事実であるようなことはまずないでしょう。 ただしかし以下は事実です。 12月6日というのは今年のキャンディにとっては多少なりとも意味のある日であったということです。 それは、「キャンディは12月6日を境にして出産の可能性は日に日に少なくなっている」 と言う意味においてです。 キャンディにとって、状況は日に日に厳しさを増しているというような理解を今はしておくべきでしょう。 それはトゥマノフ氏の示すデータによれば明らかなことなのです。 そして一方で、一歩踏み込んで別の言い方をすれば、ララ親子の観覧制限が撤廃される日は非常に早く到来するという可能性が加速度的に増しつつあるだろうということを意味しているわけです。

(資料)
日本平動物園 (Dec.13 2013 – お知らせ「ホッキョクグマの近況報告について」)
朝日新聞 (Dec.14 2013 - バニラ残念…妊娠ならず 静岡・日本平動物園)
”Reproductive Biology of Captive Polar Bears (by IGOR TUMANOV. Research Institute of Nature Conservation of the Arctic and North, St. Petersburg, Russia)”
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual

(過去関連投稿)
ホッキョクグマ出産統計から見た傾向を再確認する ~ 出産シーズンに向けての知識整理
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(6) ~ Courtship Behavior の位置付け
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(7) ~ 産室内の母親は室内に留め置くべきか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(9) ~ 同居を許容しうる雌雄の頭数構成
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(10) ~ 出産に備えた雌の「隔離」とは?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか
デナリとキャンディ、「成就」への出発のレールに乗る ~ 週末の札幌・連続4週間目
by polarbearmaniac | 2013-12-14 21:00 | Polarbearology

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