街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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存在感の希薄な「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」 の昨今を憂う ~ 「共同声明2014」 は出るのか?

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デナリ (2014年2月1日撮影 於 札幌・円山動物園)

日本のホッキョクグマ界を見渡してみて昨今感じるこの非常なモヤモヤ感をどう説明すべきか自問自答してみましたが、やはりその原因を 「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」 の活動の鈍さ、いや正確にはまるで姿を消してしまったかのようにしか感じられないその存在感の弱さに求める以外には思いつかないといったところです。

この 「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」 の発足当時の目覚ましい現状打破への試み2011年2月18日の「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明 」として具現化されたことを頼もしく思っていた者としては(「ホッキョクグマ繁殖のための再配置計画発表 ~ 『ホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明』への感想」をご参照下さい)、司令塔としてのリーダーシップが期待されながら、それが感じられぬ昨今の同委員会のあたかも「休眠」しているかの如き状態には失望を感じ始めています。 この最初の共同声明が発表されたのは2月も中旬を過ぎたあたりでしたから、仮に今年また何らかの共同声明があるとすればやはり今月中旬ではないかと予想することは一応は可能であり、私はやはり何らかの声明は出るかもしれないとも考えてはいます。 こういった共同声明は金曜日に発表される傾向がありますので、仮に共同声明が発表されるとすれば今年は多分2月14日、もしくは21日がその日だろうと予想します。 しかし実はその一方で不可解な状況が進行していることに危惧を抱いています。 それを端的に言いますと、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」が通常に機能しているならば、その活動の成果と新しい繁殖計画に基づく個体の移動計画は全て「共同声明」の内容として落とし込まれるべきはずであるのに、今回はそういった「共同声明」の発表無しに複数の園がまるで独自でやっているかのように見える動きを見せていることから考えて同委員会は機能していないのではないかと推察するしかないという現状についてです。 ここに先行きの不透明感を感じているのは私だけではないと思います。
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デナリ (2014年2月1日撮影 於 札幌・円山動物園)

このことを考える前に、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」と「種別調整者」との関係、そして今までの経緯を振り返ることにします。 それはこういうことになります。 ここで2011年2月18日の共同声明(以下、「2011声明」と略します)の1ページ目を見て下さい。 要約すると、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会が発足し、全国規模での繁殖計画を検討し、ホッキョクグマ飼育園館と調整を進めてきた結果、本年は次のとおり個体を移動させる。」 という内容を述べていますが、声明を発したのはホッキョクグマ種別調整園である旭山動物園を筆頭に、移動が生じる個体を飼育している該当園の名前が記されていますが、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の名前はありません。 これが意味することは、実質的に繁殖計画を立案したのは「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」であるものの、この声明は対外的・形式的には種別調整者 (旭山動物園) が主導した形になっているということです。「2011声明」によって「デナリ/キャンディ」、「ゴーゴ/バフィン」、「豪太/クルミ」のペアが誕生したわけです。 この「豪太/クルミ」については秋田県と釧路市が事前に独自の動きを見せて、「デナリ/クルミ」のペアの繁殖結果で出なければクルミを、出ればツヨシを男鹿水族館に移動させると取り決めていたわけであり、結果としてはクルミに出産が無かったためクルミが男鹿水族館に移動することが決まっていたわけですが、そういった秋田県と釧路市の独自の動きを「2011声明」の中に組み入れて封じ込んだわけです。 実に筋の通ったやり方でした。 「ホッキョクグマの繁殖計画を検討し、そして個体選定・移動を決める主体はJAZA加盟の動物園であって、地方自治体(の首長)ではない。」 ということを明確にさせたわけです。 

さて、こういった新しいペアは次に2011年11月に「バリーバ/ジャンブイ」、そして2012年4月に「ツヨシ/ユキオ」が誕生したわけですが、この2つについては二園間の協議の結果という報道とは裏腹に、実は種別調整者が実際の調整を行ったわけです。 では「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」は無関係であるかといえば実はそうではなく、「繁殖可能年齢上限個体を優先した新しい繁殖ペア」 という 「2011声明」 の方針が貫徹されているわけです。 つまりこれは「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」 の 「全国規模での繁殖計画」 という方針に貫かれた個体選定であり、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の立案によって種別調整者が調整を行ったということとなります。 、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の座長を務められていた方と種別調整者の方はたまたま同一ではあるものの、「立案」と「調整」は別機能と位置付けられているわけですから、これはちゃんと分けて考えておかねばならないわけです。
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イワン (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

さて、こうした経緯を踏まえて昨今の状況を見てみましょう。 「2011声明」においては移動対象個体の移動時期が幾分の幅は持たせたにせよ、きちんと明示され、そしてそれに沿って順番に粛々と移送がなされたわけです。 ところが今年は、男鹿水族館のミルクはもう釧路に移動しています。 これは「豪太/クルミ」 のペアに2014年のシーズンの繁殖に挑戦させるための移動だと理解されています。 しかしそもそも、これがおかしいわけです。 実はここで「2011声明」の2ページから3ページ目を見て下さい。 これは「2011声明」の基礎として存在した2010年1月28日の「北海道内飼育4園による共同声明」 (以下、「2010道声明」と略記します) の方針によって行われた北海道内4園の繁殖結果の正式な報告です。 驚くべきことには、ここに「デナリ/ララ」の繁殖結果も記載されているのです。 この時に誕生したのがアイラであることはご承知の通りですが、「デナリ/ララ」の2010年の繁殖挑戦は円山動物園の独自の方針・判断によるものとはせず、北海道内4園における繁殖計画の一環として行われたのだという位置付がなされているわけです。 ところが、2014年の「豪太/クルミ」 の繁殖への挑戦は秋田県知事が釧路市長の了解を得て決めたものであって、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」や種別調整者が決めたものではないことになります。 そもそも地方自治体の首長にはホッキョクグマの繁殖について決定する権利などないわけです。 そして今年の「2014声明」はまだ出ていませんから、公式的には「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」や種別調整者が関与したことにもならないわけです。 にもかかわらず、ミルクは2014年の「豪太/クルミ」の繁殖への挑戦を理由にすでに釧路に移動しています。 ところが「2011声明」の基礎となった「2010道声明」では、「デナリ/ララ」の2010年の繁殖挑戦のためにイコロとキロルという幼年個体の帯広への移動が明記されています。 つまりこれから言えることは、両親の次の繁殖挑戦のために幼年個体が他園に移動することも「繁殖計画」の一環であるということです。 しかるにミルクの釧路への移動はそういった「繁殖計画」の中に組み入れられた移動ではありません。 さらに、ミルクの釧路への移動によって、今度はユキオが釧路を離れることになるわけですが、当初このユキオが上野から釧路に来たのは「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」 の繁殖計画の方針によって種別調整者が調整を行ったためです。 ですからこの「ユキオ/ツヨシ」のペアの繁殖挑戦に関する結果の正式な総括を行わねばならず、その結果は必ず「2014声明」で述べられねばならないわけです。 それがなされていませんから、ユキオは釧路を離れることはできず、よって釧路では3頭体制を余儀なくされてしまっているわけです。 「種別調整園である旭山動物園の了解を得ているのだから豪太とクルミの間の今年の繁殖挑戦のためにミルクを釧路に移動させたのだ。」 という抗弁は決して成立しません。 何故なら、全国レベルでのホッキョクグマの繁殖計画が立案され、そして実行に移されている現在では、そもそも「了解を受ける権利」、及び「了解を得る資格」そのものが秋田県知事にはもうないからです。 権利や資格がないのに了解をもらったところで、権利や資格が得られるわけではありません。
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イワン (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

次に円山動物園です。 ここも何かすっきりしない印象です。 マルルとポロロはその移動先が発表になり、移動日も告知されています。 そうなると、このマルル、ポロロの移動は本来は「共同声明」によって示されるべき繁殖計画とは無関係な移動なのでしょうか? 先の上でも述べましたように、両親の次の繁殖挑戦にために幼年個体が他園に移動することも「繁殖計画」の一環であるということです。 そういう「繁殖計画」の中で「2010道声明」によってイコロとキロルは帯広へ移動する形をとり、そして「2011声明」によってキロルは帯広から浜松に移動したわけです。 ところが今回のマルルとポロロの移動にはそういった裏付けとなる根拠がありません。 そもそも「デナリ/ララ」の2014年の繁殖挑戦の根拠となる繁殖計画を示す「2014声明」が発表されていません。 それがないのですから、マルルやポロロの移動の根拠がありません。 ないにもかかわらず独自に熊本や徳島と接触したのでしょうか? 昨日ご紹介した徳島のTV局に報道では、熊本と徳島がホッキョクグマ(マルルとポロロ)の飼育を希望したという内容でした。 しかしこれは客観的状況に合致しません。 徳島は「シロー亡き後はバーレーを大事に飼育し、それ以降はホッキョクグマの飼育は終了したい。」 という方針を園長さんが口にしていたのを私は実際に聞いたことがあります。 熊本では2月4日付けの朝日新聞の報道で、「若い個体の飼育経験が無いので、他の動物園などから情報を得て、健康管理に注意しながら大事に育てたい」 と言っています。 つまり熊本では今回の話は比較的直前まで寝耳に水であったことを示しています。 そこに「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の存在の影は感じられません。 つまり、マルルとポロロの移動には繁殖計画が関与していないことを間接的に示しているわけです。 それから先日の日曜日、私は同園でデナリがキャンディの隣の狭い場所に自ら入ったのを見ましたが、この「デナリ/キャンディ」 のペアの過去3年間の総括も不可欠です。 このペアは「2011声明」 で実現したわけですから、「2014声明」で結果の総括がなされねばなりません。

とにかく、「2014声明」には、ミルク、マルル、ポロロ、ユキオの移動については全て繁殖計画の一環として位置付け、そしてキャンディその他の繁殖年齢上限付近の個体を組み入れたペアの成果の総括がなされ、そして新しいペア形成の発表がなされなければならないと考えます。 そういった新しい繁殖計画が「2014声明」のような形で発表されないにもかかわらず、いくつかの動物園が独自の動きをしているような状態であるために、何かモヤモヤ感が漂ってしまうわけです。 これは私一人の印象ではないでしょう。 とにかく、「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」による立案に基づいて種別調整者の剛腕に期待するしかないのが現状です。 
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デア (2013年11月30日撮影 於 恩賜上野動物園)

それ以外にもなにかすっきりしないことがいろいろあります。 まず、ツヨシをどうしますか? このまま放置してミルクの遊び友達にしてよいのでしょうか? 貴重な繁殖適齢期の雌が自分の娘でもない幼年個体の遊び友達になっているなどという例は世界に存在しません。 この状態を放置すれば、日本のホッキョクグマの繁殖に対する姿勢が問われかねないわけです。 上野動物園はデアのパートナーをどうしますか? デアの2歳上の姉のジョヴァンナはミュンヘンのヘラブルン動物園で繁殖挑戦3回目で双子を出産し、そして産室内で完璧な母親振りを発揮して関係者の称賛を浴びています。 妹のデアも素晴らしい母親になる期待は大きいでしょう。 ですから早くデアのパートナーを決めて欲しいところです。 旭山もイワンとルルのペア、本当に大丈夫でしょうか? 今年の11月にはルルはもう20歳です。 とにかく何らかの形でツキと流れを呼び込むことをやってほしいと思います。 姫路のユキですが、母乳が出ないのであれば、「デンマーク ・ コリンのスカンジナヴィア野生動物公園でホッキョクグマの双子の赤ちゃん誕生!」という投稿でも触れていますが、投薬によって乳腺に刺激を与える方法をやってみてはどうでしょうか? 出産して赤ちゃんを育てようと必死の母親が、自分の母乳が出ないために苦しんでいる産室内の映像もそこで紹介しています。 ユキにこうした思いをさせることはもう絶対にできません。

本当にこういった現在のモヤモヤとした状態、なんとかならないものでしょうか?

(*追記 -  あらためて復習しておきたいと思いますが、「2011声明」 が発表された時の記者会見の質疑応答で、「デナリの血筋ばかり広がることについては?」という質問に対しての回答は「デナリとララ以外の血統をより広げていくことも必要であると認識しておりますが、今の状況はそうは言っていられない状況でもあると認識しています。繁殖可能なうちに実績のあるデナリに期待したいと思います。」 となっています。 ご注意いただきたいのは、この見解は「繁殖可能なうちのデナリに期待する」という意味であって、「3年サイクルの繁殖」を否定したものとはならないということです。「3年サイクル」or 「2年サイクル」は雌の問題であって雄(この場合デナリ)の問題ではないからです。 ですから、「デナリにはなるたけ多く繁殖に寄与してほしい」 ということであり、それはすなわちデナリに可能な限り多くの雌を与えてやるということを意味するわけです。)

(*追記2 - 考えてもみれば、今回のマルルの「札幌 → 熊本」は、彼女の母親であるララの「別府 → 札幌」 という今までのホッキョクグマの国内移動の最長距離記録を上回るものですね。 ルルの場合は「別府 → 福島県二本松」 ですから距離的にはララの移動よりも近かったわけです。)

(*追記3 - マルルとポロロの移動が発表されたときに私は「札幌・円山動物園のマルルが熊本、ポロロが徳島の動物園に移動が決定 ~ ララの2年サイクル繁殖が継続へ」という投稿で、雌の双子は何年も引き離さないでおく2000年以降の事例をいくつも紹介したつもりです。 実はもう一つの重要な事例を挙げるのを忘れていました。 それは「タイ・バンコク、サファリワールドの3歳の双子姉妹が中国・陝西省、西安市の曲江海洋極地公園へ移動」 という投稿でご紹介した事例です。 あの「悪名高きホッキョクグマ飼育」を行う中国ですら3歳の雌の双子を引き離さないで一緒に購入して一緒にバンコクから西安に移動させて一緒に飼育しているわけです。 ララの子供たちの交換交渉相手としてドイツのハノーファー動物園を選択するというホッキョクグママニアにしか思いつかないような絶妙な交渉相手の選択をしておきながら、一方で今回はいとも簡単に雌の双子を現時点で引き離すという決定を行ってしまった円山動物園の意識の落差をどう理解すべきでしょうか。)

(資料)
道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明 (2010年1月28日)
ホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明  (2011 年)2 月18 日)
朝日新聞 (Feb.4 2014 - 熊本市動植物園にホッキョクグマがやってくる

(過去関連投稿)
「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」の設立について
ホッキョクグマ繁殖のための再配置計画発表 ~ 「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明」への感想
愛媛のとべ動物園のバリーバ、横浜動物園ズーラシアへ
上野動物園のユキオ、釧路市動物園へ
by polarbearmaniac | 2014-02-05 06:00 | Polarbearology

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