街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの起源について(6) ~ 「新・通説」の結論を否定した新説が登場し謎は再び深まる

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メンシコフ (2014年5月3日撮影 於 サンクトペテルブルク・レニングラード動物園)

生命進化の謎を解くために分子生物学、特にDNA解析が近年になって広く行われるようになり、これが人類の起源の解明寄与しつつあることはここで言うまでもありません。 こういった状況の中でホッキョクグマの起源の解明についてもここ数年にわたって大きな進展があったわけです。 こうした研究の成果ついてまさに現在進行形で我々はそれを目にしつつあるわけで、それらは過去の「ホッキョクグマの起源について (1) ~ (5) 」 という投稿にまとめたつもりです(過去関連投稿)。 この「ホッキョクグマの起源について (1) ~ (5)」 を踏まえ、今回登場した新しい研究結果をここでご紹介したいと思います。 その前提として「ホッキョクグマの起源について (1) ~ (5)」 を再度ご参照頂くようにお願いしなければいけないのは言うまでもありません。 そして現在の「新・通説」が「ホッキョクグマはヒグマから枝分かれしたのではなく、約500万年前にホッキョクグマとヒグマはお互いに分離した」という結論に現時点では立つに至っていることを踏まえておく必要があります。

さて、問題の今回の新しい研究報告はデンマーク・コペンハーゲン大学のエスケ・ウィラスラウ(Eske Willerslev)教授をチームリーダーとした国際研究チームによって最新5月8日付けの Cell 誌に発表された “Population Genomics Reveal Recent Speciation and Rapid Evolutionary Adaptation in Polar Bears” です。  ちなみにこの研究報告はその全文をこちらをクリックしていただくとダウンロードできます (PDF 1.4MB)。 いつまでそれが可能かはわかりませんのでご興味のある方は早めにダウンロードをお勧めします。 この研究報告を行った背景、その手法、そしてその結果についてこのチームに参加したカリフォルニア大学バークレー校のエリーン・ロレンセン (Eline Lorenzen) 研究員が語っていることをまず聞いてみましょう。 音声はonにしていただき、こちらをクリックして下さい(是非お聞きいただきたくお願いいたします。 そうでないと先に進めません)。
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(C)Elsevier Inc.

この研究の手法としては、グリーンランドに生息する79頭のホッキョクグマと北欧や北米に生息する10頭のヒグマの核DNA(nuDNA) からその核ゲノム情報を得て、まずホッキョクグマとヒグマに共通するDNAセグメントの長さの配列比較を行ったということです。 この長さは繁殖と進化が繰り返されるごとに短くなるそうで、結果的に長ければ長いほどホッキョクグマとヒグマとの分岐は新しい年代であることを示すことになるということになります。 こういったことの解析が行われた結果の結論としてこの研究報告ではホッキョクグマとヒグマの進化上の分岐を479,000年 ~ 343,000年前(以降、簡単に「40万年前」としておきます。上の図では"500,000 years ago"。つまり50万年前としてはありますが。)と結論付けたそうです。 この分岐時期はちょうど間氷期に位置しており、そういった気候の温暖期に一部のヒグマの生息地が緯度の高い地域に北上し、そこに新たな生息地を得た一部のヒグマが、やがて訪れた気候の寒冷化においてその生息地が他の地域と切り離され、そこに生息していたヒグマが気候の寒冷化への対応を余儀なくされた....これが「ホッキョクグマの起源」であるというシナリオが今回の研究報告によって導き出されることとなるわけです。

さらに、今回の新しい研究報告を発表した国際チームの一員であるカリフォルニア大学バークレー校のラスムス・ニールセン (Rasmus Nielsen) 教授は、「ホッキョクグマとヒグマの分岐は比較的最近の出来事であり、そのことによってこの二種は現在も交配することが可能なのである。 そしてホッキョクグマは20,500世代(*注 – これはつまり約40万年)という驚くべき速さで極地の気候環境の変化に見事に対応してきた。 それは体毛の色の変化、そして体型の変化である。」とも述べています。さらに何故こういった短い年代で気候環境への変化への対応が可能であったかについては、今回の研究において採取したホッキョクグマとヒグマの89もの血液と組織のサンプルの分析によって「アザラシなどの極めて脂肪質の多いものを食べて生きていられる優れた新陳代謝と心循環系の機能の発達」に秘密があるとも語っています。  それほど高い脂肪質のものを口にし続ければ人間ならばすぐさま心筋梗塞などの心臓発作を起こすだろうということです。 

さて、今回の研究報告の結論であるホッキョクグマの起源を50万年前に設定した説に対して、 「新・通説」(「ホッキョクグマの起源について(4) ~ 衝撃的で強力な新説の登場により通説が遂に崩壊へ」をご参照下さい) の提唱者である国際研究チームの一人であったアメリカのバッファロー大学のシャーロッテ・リンドクヴィスト (Dr.Charlotte Lindqvist) 博士はアメリカの科学雑誌 Nature のニュース記事において、ホッキョクグマとヒグマの分岐年代の推定に関する今回の手法モデルが以前の研究よりも優れている可能性があることは認めつつも、現時点においては依然としてあまりに大きな仮定に基づく手法にすぎずホッキョクグマとヒグマの分岐が比較的新しい時代のものであるというこの今回の研究報告の結論に非常に懐疑的だそうです。 まだ同氏は同じくアメリカの科学雑誌 Science のニュース記事のなかで、今回の新しい研究ではホッキョクグマの起源については何も解明されてはいないと冷ややかな評価をしています。 さて、いみじくも今回の研究チームの一員であるラスムス・ニールセン氏が、ホッキョクグマはヒグマとの分岐以降のホッキョクグマの進化が人間とチンパンジーとの間の分岐以降の十分の一ほどの短い期間で成し遂げられ、そしてホッキョクグマは環境に見事に適応して進化してきたのだと語っていますが、その非常に不自然な進化の異常なまでの速さが本当に可能だったのかという点に対する評価が、そのまま今回の研究報告への懐疑的な見方を生む背景にあることは間違いないと思われます。 それからさらに昨年、ホッキョクグマとヒグマとの進化過程での交配を否定した説が登場しているわけで(「ホッキョクグマの起源について(5) ~ ホッキョクグマとヒグマとの進化過程での交配を否定する新説登場」をご参照下さい)、これをどう理解してよいかも大きな問題でしょう。
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ウスラーダ 2014年5月3日撮影 於 サンクトペテルブルク・レニングラード動物園)

さて、こうして「新・通説」であるホッキョクグマの起源の「500万年前説」に対して真っ向からそれに挑みかかった新説が登場したことになるわけです。 こうして僅か2年ほど前に出現した「新・通説」さえもが大きく揺さぶられたことだけは間違いないだろうと思います。 「ホッキョクグマの起源」について欧米の科学者たちは真正面からこれに挑みかかり、そして格闘している姿を我々は彼らと同時代に生き、そして現在進行形でそれを体験するというスリルを味わっているわけです。 さて、こうして「新・通説」で決着がつきそうに思えた「ホッキョクグマの起源」ですが、また謎が深まったように感じます。 

ただし注意しなければならないのは、「ホッキョクグマは驚くべき速さで環境に適応して進化してきたのだから、現在のホッキョクグマが直面している地球温暖化などの環境の変化も必ず彼らは乗り切れる。」 などといった安易な考え方が存在しかねないことです。 ホッキョクグマ研究者として世界の第一人者であるスティーヴン・アムストラップ (Steven Amstrup) 氏はそういった考え方を戒めて Alaska Dispatch 紙(4月7日付け記事 "Genetic studies of polar bears' past raises questions about their future") で同紙の取材に対して以下のように言っています。

- Past warming and cooling cycles, influenced by the earth’s position relative to the sun, were different and more gradual than the modern trend. Because the current warming is not at all similar to warming periods of the past million years, the fact that polar bears survived those periods tells us nothing about the risks they face today. (太陽を回る地球の軌道要素に関連した影響によって生じた過去の温暖期と寒冷期の周期は近年における気候変動とは異なっていて、もっとゆるやかであった。 現在の温暖化は百万年単位前の過去の温暖化とは全く異なっており、ホッキョクグマが過去の温暖期を乗り越えてきたという事実はあるにせよ、それが現在ホッキョクグマが直面している温暖化の危機を彼らが克服できるということを示すものでは全くない。)

まさにその通りでありましょう。 ホッキョクグマの起源、とりわけその進化についての議論はホッキョクグマの将来、つまり人為的に作り出された地球温暖化に対する彼らの対応については何も語らないということです。 彼らの「進化能力」、つまり環境の変化に対する対応能力をもってしても簡単に克服などできない近年の温暖化がもたらす環境変化なのだということです。 時間軸のスケールが全く異なるわけです。

(資料)
Cell (Volume 157 Issue 4 - "Population Genomics Reveal Recent Speciation and Rapid Evolutionary Adaptation in Polar Bears") (Full Text -PDF) (Extended PDF) (Interview)
UC Berkely News Center (May.8 2014 - Polar bear genome gives new insight into adaptations to high-fat diet)
University of Copenhagen (News May.9 2014 - Genome gives clues to how polar bears rapidly evolved to cope with high-fat diet)
Nature (May.8 2014 - Genome reveals polar bear's youth)
Science (May.8 2014 - Polar Bear Evolution Was Fast and Furious)
Discover (May.8 2014 - Polar Bears Evolved to Eat Fatty Foods Without Heart Harm)
Alaska Dispatch (Apr.7 2014 - Genetic studies of polar bears' past raises questions about their future)

(過去関連投稿)
ホッキョクグマの起源について(1) ~ 諸説の成立過程を整理する
ホッキョクグマの起源について(2) ~ ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 の登場
ホッキョクグマの起源について(3) ~ 画期的な新説が登場するも依然として残る謎
ホッキョクグマの起源について(4) ~ 衝撃的で強力な新説の登場により通説が遂に崩壊へ
ホッキョクグマの起源について(5) ~ ホッキョクグマとヒグマとの進化過程での交配を否定する新説登場
by polarbearmaniac | 2014-05-10 23:45 | Polarbearology

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