街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

プロフィールを見る

男鹿水族館がホッキョクグマ売買をめぐり動物商を提訴 ~ その報道内容の裏側に隠された重大な意味

a0151913_22502990.jpg
ツヨシ(左)とクルミ(右) (2011年4月24日撮影 於 釧路市動物園)

本日(5月29日)付の秋田魁新報の電子版記事に「男鹿水族館、動物商を提訴 ホッキョクグマの売買をめぐり」 という興味深い記事が掲載されています。 その内容を要約します。

・男鹿水族館は2009年12月、東京の動物商との間でホッキョクグマ1頭の売買契約(契約額1630万円)を締結し事前に着手金として352万円を支払ったが2014年3月の期限までに引き渡されず、翌4月に契約を解除したが着手金の返還がないため秋田地方裁判所に訴えをおこした。
(*注 - 共同通信の配信をそのまま記事にした毎日新聞(5月29日付)によりますと、「男鹿水族館は2008年10月に前払い金を支払い、ホッキョクグマ1頭を約1600万円で売買する契約を(動物商と)(20)09年12月に結んだ。」となっています。 実はこの記事の表現の違いは少なからぬ微妙な意味を持っています。 それは後述します。)

この男鹿水族館のホッキョクグマ入手への試みは2005年6月の豪太の来日以降については、私の知る限り二つのフェーズ存在していたように思います。 もっと他にあった可能性もありますが、それは私は知りません。 まず一つ目のフェーズは2006年を終着点としたもので、この段階では秋田県庁が直接関与していたわけで目的は豪太のパートナー探しでした。 「セルビアモンテネグロの動物園と交渉を行ったものの現地で最終的な確認をしたところ、ヒグマとの混血であることが判明し入手を断念した」 という一連の動きでした。 これは秋田県庁がその経緯を2006年10月16日付の「県民の声」としてネット上で回答していました。 この「セルビアモンテネグロの動物園」というのはベオグラード動物園であることは私が一時期さんざんこの個体を追いかけた過程で得た結論でした。 これについては「ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(2) ~ セルビア ・ ベオグラード動物園を覆う深い謎」という投稿をご参照下さい。

次に二つ目のフェーズですが、これが2010年3月を大きなターニングポイントとしたフェーズでその目的は釧路市動物園の雌の個体のパートナー探しです。 この時は来日が予定されていた東欧の個体」が発育不良で来日が不可能になったという事件があったわけです。 この「東欧の個体」はその後2011年4月に忽然として中国・江西省、南昌市の南昌海洋公園に姿を見せた件については、「秋田県が購入断念の「幻の東欧の個体」、突然中国にその姿を現す!」をご参照下さい。 そしてこの個体もヒグマとの混血であるとみられる点については「中国に突然現れた『幻の東欧の個体』はヒグマとの混血か? ~ 深まる謎」という投稿をご参照下さい。 そしてこの「幻の東欧の個体」もベオグラード動物園生まれであることは確実だと考えたわけでした。 男鹿水族館が東京の動物商と売買契約を締結した時期(2009年12月)から考えれば、この第二フェースは秋田県庁の主導というよりも男鹿水族館の主導によって動物商を介してホッキョクグマ入手を図っていたということが推察できます。 第一フェースも第二フェーズも入手候補個体となったのは結果的にはベオグラード動物園のハイブリッド個体であったにもかかわらず、第一フェーズでは県担当者が現地に出張して「断念」の結論を出したものの、第二フェーズでは男鹿水族館は動物商に情報のかなりの部分を依存していたようで動物商から「発育不全」という現地からの情報を得て初めてその個体の導入を断念したということは、要するに第二フェーズは県庁の主導ではなかったことを暗示するものです。 しかしそれにしてもこの「幻の東欧の個体」が本当に日本に来ていたら大スキャンダルになっていたでしょう。 到着してみたらハイブリッドの個体だったことが分かり、男鹿水族館(秋田県)はその時点で動物商との間で紛争が起きていたことに間違いありません。 こういった個体は事実上セルビアに送り返すことは不可能でしょうから、日本国内のどこかの動物園に引き取ってもらう以外にないわけです。 男鹿水族館(秋田県)はあらためて動物商に対して「ハイブリッドではない本物のホッキョクグマ」の引き渡しを要求することになるでしょう。 紛争は泥沼化していたただろうと思います。
*追記1 - 私は当時の一時期、この第二フェースの「幻の東欧の個体」はセルビアのパリッチ動物園に生まれた個体ではないかと考えたこともありました。  要するに2006年に誕生したヨレクの弟が同園で実は誕生していたのではないかという憶測だったわけです。 なぜなら、第一フェーズでベオグラード動物園の個体がハイブリッドであることは秋田県はすでに現地に職員を派遣して確認していたわけで、まさか第二フェーズでも候補個体が同じベオグラード動物園生まれの個体でなどあるはずがないという確信からです。 しかしネット上に存在していたその仮想個体の写真は後日、実はヨレクの写真である可能生が極めて濃厚であることがわかったわけでした。 撮影年月の記載のないネット上の写真の取り扱いは容易ではないということです。)
*追記2 - 第一フェーズも第二フェーズも動物商が介在したわけですが契約形態が異なっていたことは間違いないと思います。 第一フェーズにおいては動物商はおそらく「買付委託者 or 買付代理人 - Buying Agent」 としての役割だったと思われます。 この場合は「A動物園 ⇀ C水族館/秋田県」 と個体の所有権は直接移転するわけです。 だから秋田県庁は直接自分の眼でその個体の確認にベオグラードまで行ったのでしょう。 ところが第二フェーズでは報道によれば男鹿水族館と動物商との間の契約は「売買契約」となっています。 つまりこの場合は「A動物園 ⇀ B動物商 ⇀ C水族館/秋田県」 と個体の所有権が移転するわけです。 ですから男鹿水族館/秋田県、は直接その個体を確認する必要はないと考えたのかもしれません。)

この第二フェーズについて当時の状況を振り返っておきましょう。 男鹿水族館と動物商との契約がなされたのが秋田魁新報の報道によれば2009年12月ですが、実はこの時期は豪太のパートナー探し問題がちょうど解決することが決まった時期にあたります。 翌年2010年にクルミの妊娠が確認された場合は、釧路市はツヨシを男鹿水族館に貸し出すことになるという方針が決まったわけです。 これについては釧路市の2009年12月の定例市政記者クラブ・市長懇談会の記録で明らかです(「クルミ・ツヨシ・豪太に関する報道記事の深層を読み解く(前)」をご参照下さい)。 ですからこの時点で男鹿水族館が欲したのは豪太のパートナーとなるべき雌の個体ではなく釧路に残る雌の個体のパートナーにもなり得る雄の個体であったということです。そして翌2010年になってデナリとの繁殖行為が1月にあったクルミには出産が無く、そして2011年の2月に男鹿へ移動するのはこの出産のなかったクルミであり、釧路に残留するのはツヨシであることが決定したわけです。

この「幻の東欧の個体」の来日が不可能となった後この動物商がどうやってホッキョクグマを入手しようとしていたかはよくわかりません。 タイ・バンコクのサファリワールドに接触したことは間違いないと思いますが、男鹿水族館がその時点で必要としたのは雄の個体で、これはつまるところ釧路市動物園に残るツヨシのパートナーとすることを視野に入れていたであろうことは間違いないと思われ、サファリワールドの雌の個体を本気で入手しようとしたとは考えにくい話です。 イタリア・ファザーノのサファリ動物園の個体(つまりデアですが)は雌ですから、それを積極的に入手しようとも考えなかったでしょう。 ロシアルートに関して言えば2009年暮れにモスクワ動物園で生まれた幼年個体の3頭(シモーナの産んだミラーナトーニャ、ムルマの産んだ美美)はいずれも雌です。 つまりこの段階で動物商は手詰まりになったに違いありません。 動物商は「ホッキョクグマは世界的に雌不足であるが雄ならばなんとかなるだろう。」 と甘く考えたのでしょうが、この2010年前後の状況は雌の個体候補はあっても雄の個体候補は極めて限られていたという実に稀に見る特異な状況だったわけでした。 そのような状況を引きずったまま動物商は男鹿水族館(つまり釧路市動物園)に雄の個体の納入することができないまま納入期限を迎えてしまったということでしょう。 冒頭にご紹介した共同通信の配信をそのまま記事にした毎日新聞は、「男鹿水族館は2008年10月に前払い金を支払い、ホッキョクグマ1頭を約1600万円で売買する契約を(動物商と)09年12月に結んだ。」と報じていますが、そうなると2008年10月の着手金に支払時点ではまだ豪太のパートナー問題は解決しておらず、よって男鹿水族館はこの時点では豪太のパートナーとなる雌を入手するつもりだったものの、2009年12月の段階で豪太のパートナー問題は解決したために、今度は釧路に残る雌のパートナーとなる雄の個体を狙うためにそのまま動物商との契約を締結したということになるわけです。 そしてこの動物商が白羽の矢を立てたのがベオグラード動物園の個体(つまりハイブリッド)だったという経緯となるわけです。このあたりはかなり微妙な成り行きの推移であったものと思われます。  さてともかく訴訟となれば原告側、つまり男鹿水族館が勝訴する可能性が濃厚だと思われます。

さて、実はこれからが重要です。 この男鹿水族館が原告となって動物商を被告とした着手金返還訴訟が提起されたということそれ自体よりももっと大きな問題があるということです。 釧路市はひょっとして2014年3月を期限とした男鹿水族館と動物商との間の契約の履行によってツヨシのパートナー問題が解決するだろうという期待を多少なりとも持っていただろうと思います。 そうしたことから釧路市は男鹿水族館(秋田県)に義理立てや遠慮があってツヨシのパートナーを探す表立った動きができなかった可能性があったことは間違いないでしょう。 ところが動物商は男鹿水族館に契約義務を履行できなかったわけです。 となればこの事実は、「ツヨシのパートナー探しは白紙状態となり、釧路市は独力で国内にそのパートナーを求める以外の手段がなくなった」 ということを意味します。 そもそも世界中の飼育下のホッキョクグマを見渡してみて簡単に入手できる個体など存在しないと私はみていました。 ロストフ動物園のイョシはその例外といってもよいかもしれません。 しかし「スラヴ世界の闇」の事情や「サーカス出身のイョシ」の存在などはホッキョクグママニアにはわかっていていても、動物取引のプロである動物商さえ知らないでしょう。 この動物商はホッキョクグマを入手できる可能性がないことを薄々知りながらも、結局は2014年3月の履行期限まで男鹿水族館にその履行が極めて難しいことを語ることなどなかっただろうと思います。 そもそも動物商というのは動物園にくっついて動物を売買して利益をあげる商売ですから、その動物の繁殖問題などは関係がないわけです。

ツヨシの繁殖問題について私は何度かその可能性、そして個体候補について投稿してきたわけです。 ツヨシのパートナー問題に進展が見られないことの背後に、釧路市と男鹿水族館(秋田県)との間に何らかの合意が存在しているらしいことの想像はついてはいました。 それはやはりこの男鹿水族館と動物商との間の契約の存在にあったと考えてほぼ間違いないものと思われます。 雄のホッキョクグマを入手できる見込みもないのにツヨシは何年もこうしてパートナーのない状態が続いたわけです。 上野からユキオが釧路に移動したのは、あれは「ホッキョクグマ繁殖検討委員会」のそういった状態に対するある種の怒りの表現という意味合いと理解すべきなのです。

これでツヨシのパートナー選定の足かせになっていたものは全てなくなりました。ツヨシの繁殖のためのパートナー選定の調整を妨げるものは存在しなくなったというのが、この今回の男鹿水族館の動物商を被告にした訴訟提起のニュースの裏側にある本当の意味であるわけです。

(資料)
秋田魁新報 (May.29 2014 - 男鹿水族館、動物商を提訴 ホッキョクグマの売買をめぐり
毎日新聞 (May.29 2014 - ホッキョクグマ売買:前払い後も「納品」されず水族館提訴
秋田県庁 (県民の声 Oct.15 2006 - 男鹿水族館のホッキョクグマについて

(過去関連投稿)
クルミ・ツヨシ・豪太に関する報道記事の深層を読み解く (前)
クルミ・ツヨシ・豪太に関する報道記事の深層を読み解く (後)
ツヨシをどうするか? ~ 繁殖の展望への不安
秋田県が購入断念の「幻の東欧の個体」、突然中国にその姿を現す!
中国に突然現れた「幻の東欧の個体」はヒグマとの混血か? ~ 深まる謎
中国・大連で人工哺育の淘淘、乐乐、静静の出生の謎を追う ~ 「異形」 は先天的なのか?
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(2) ~ セルビア ・ ベオグラード動物園を覆う深い謎
憂愁のホッキョクグマ ・ ツヨシの憂鬱
by polarbearmaniac | 2014-05-29 23:30 | Polarbearology

カテゴリ

全体
Polarbearology
しろくま紀行
異国旅日記
動物園一般
Daily memorabilia
倭国旅日記
しろくまの写真撮影
旅の風景
幻のクーニャ
エッセイ、コラム
街角にて
未分類

最新の記事

ロシア・ノヴォシビルスク動物..
at 2017-06-26 23:50
アメリカ・オレゴン動物園のノ..
at 2017-06-25 22:30
ロシア・サンクトペテルブルク..
at 2017-06-24 23:30
ロシア・ペンザ動物園のベルィ..
at 2017-06-23 23:00
ロシア・西シベリア、セヴェル..
at 2017-06-22 23:00
ロシア・中部シベリアに記録的..
at 2017-06-21 18:30
アメリカ・フィラデルフィア動..
at 2017-06-20 23:50
デンマーク・オールボー動物園..
at 2017-06-19 22:00
オーストラリア・ゴールドコー..
at 2017-06-19 20:30
モスクワ動物園・ヴォロコラム..
at 2017-06-18 21:00

以前の記事

2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月

検索

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ライフログ


人生と運命 1


スターリン―青春と革命の時代


モスクワは本のゆりかご


私のモスクワ、心の記憶


自壊する帝国 (新潮文庫)


甦るロシア帝国 (文春文庫)


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)


ロシア 春のソナタ、秋のワルツ-1999-21st


それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影


ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌 (新潮文庫)


わがユダヤ・ドイツ・ポーランド―マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝


ベルリン戦争 (朝日選書)


Hof――ベルリンの記憶


カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺


北京烈烈―文化大革命とは何であったか (講談社学術文庫)


慟哭の通州――昭和十二年夏の虐殺事件


主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録 (1965年)


藤田嗣治 異邦人の生涯


Barle's Story: One Polar Bear's Amazing Recovery from Life As a Circus Act


Hotel Adlon: Das Berliner Hotel, in dem die grosse Welt zu Gast war


Ein seltsamer Mann


Alma Rose: Vienna to Auschwitz


St Petersburg: A Cultural History


Gulag


The Guest from the Future: Anna Akhmatova and Isaiah Berlin