街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ノルウェー、トロムソでの60年前の悲劇の記録ドキュメンタリー番組 ~ ペラとビナの2頭の記憶への哀惜

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ペラとビナ  Photo: Nordlys

ノルウェーの北部の街であるトロムソ (Tromsø) は以前にはヴァールバル諸島で捕獲されたホッキョクグマが世界の動物園に送られる場合の中継基地として機能していた件について以前に「ノルウェー極北の街トロムソとホッキョクグマとのつながり ~ ノルウェーのホッキョクグマ保護政策について」という投稿でもご紹介しています。 このトロムソの街に1952年に新設された小さな動物園で飼育されていた二頭のホッキョクグマであるペラとビナ、そして彼らに降りかかった悲劇についてノルウェーのTV局が非常に素晴らしいドキュメンタリー番組 ("Dyreparken") をノルウェー国内向けに放送していますので、それをご紹介しておきます。 1950年代前半のトロムソの街の様子や当時の関係者の証言や写真、そして生前のペラとビナの貴重な映像が用いられています。 まず先に以下にこのドキュメンタリー番組の背景とその内容を要約してご紹介しておきます。
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Image : finnair

今から約60年ほど前の1952年にこのトロムソの街で大規模な見本市が開催され、当時のノルウェー国王も来賓としてトロムソの街を訪れたことがあったそうです。 実はこの見本市開催の約1年ほど前よりこの街に水族館とそれに付属する小規模な動物園を設立しようという案が実行に移されていたわけで、この見本市開催のためにトロムソを訪問した国王の臨席のもと、この水族館と小動物園のオープンが祝われたそうです。 国王はその時にこの小動物園でホッキョクグマを目にして非常に関心を持つと同時に大変楽しまれたそうです。この水族館と小動物園はトロムソの街の観光の目玉として一躍脚光を浴びたわけでした。

この小動物園がオープンしたときに飼育されたホッキョクグマは6頭であり、いずれも幼年・若年個体だったそうです。 このうちの何頭かが船で国外の動物園に送られたのは、もともとこのトロムソは野生で捕獲されたホッキョクグマを国外の動物園に送るための中継基地といった役割を果たしていたということも理由だったでしょう。 結局二頭のホッキョクグマの若年個体がこの小動物園に残り、この二頭はトロムソの街の人々に大変愛されたわけでした。こ の二頭が雄のペラ (Pelle) と雌のビナ (Binna) だったわけです。

実はこの二頭が飼育されている展示場の周りの囲いは頑丈なものではなく、そのことがトロムソの人々には少々心配だったものの、来園者の観光客にとってはそういった囲いのほうが見ていておもしろかったということだったようです。 この二頭は時々囲いの外に脱出し、水族館の敷地の中を歩き回ることがあったそうですが、飼育胃だったハルモート・ロレンツェン氏は巧みにこの二頭を再び囲いの中に戻すすべを心得ていたそうです。

飼育員だったハルモート・ロレンツェン氏の息子であるグトルム・ロレンツェン氏は当時を回想し、雄のペラはたびたび囲いから脱走し飼育員だった父がペラを追わねばならなかったことがあったがペラの大好物だったマフィンでペラをなんとか連れ戻すことができたということを語っています。 いろいろなことがあったものの、1954年の4月初めまでこういったことでペラとビナは平穏な暮らしをしていたというわけでした。
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飼育員のロレンツェン氏とペラ Photo: Tromsø museum

そして運命の悲劇の日である1954年4月3日がやってきます。 この日ペラは囲いの海側のフェンスの、ある個所に興味を持ち、前脚で強くその箇所を押してさらに鼻をそこから外に突き出したようです。 さらに彼はそこに全身の力をかけて頭を突出し、そしてとうとうこの水族館兼動物園の敷地の外、つまり海に出ることができたわけでした。 ペラは非常に嬉しそうに海で泳いでいたそうですが、やがて彼は囲いの中にまだビナが留まっていることに気が付きます。 ビナは囲いの中でうらやましそうな視線で海で泳いでいるペラを見つめていたのでした。 ペラは急いで囲いのフェンスに戻り、そして自分の出てきたフェンスの箇所からビナがそこを脱出するのを助けたのでした。 ペラとビナの二頭は嬉しそうに泳ぎ回り、そしてトロムソの街の北側にあるグジュンデア (Grindøya) の方向に向かって泳ぎだしたのでした。 彼らは自由を手にしたのでした。 しかしその代償は極めて大きなものとなったのでした。
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やがて警察が呼ばれました。 その時は飼育員のロレンツェン氏が外出中でしたが、この動物園の提唱者であったヘルガ・ヤコブセン氏の連絡を受けてすぐにロレンツェン氏が戻ってきました。 警察はこの二人を警備艇に乗せて二頭のホッキョクグマを追跡します。 やがてこの二頭がグジュンデアの海岸に上陸したのを発見した警備艇のクルーもそこに上陸しましたが、二頭はまた海に入ってしまいました。 ヤコブセン氏たちはやっとこの二頭に追いついて警備艇の上からこの二頭の体にロープを巻いたのですが、警察はこの二頭をここで捕獲しても船上で閉じ込めておく場所がなく、二頭をトロムソに連れ戻すことは危険であると考えて二頭の射殺を求めたのでした。 この二頭を愛する飼育員のロレンツェン氏は警察の「射殺要求」を覆そうと、彼が心を通わせていたペラをなんとかなだめて再び岸に上げようとしましたがペラは苛立っていてうまくいきません。 ペラを囲いに戻すときにはいつもうまくいっていたペラの好物であるマフィンがまったく効果がなかったのでした。 さらに今度は警察はこの二頭の射殺を命令し、ヤコブセン氏はそれをやむなく受け入れてライフル銃にこの二頭を射殺せざるを得なかったわけでした。 二発の銃声と共に、こうしてトロムソの街の人に都に愛されたペラとビナの姿は街から永遠に失われてしまったのでした。

ペラとビナの二頭に対する人々の記憶は永遠のものになったのです。

以下がこのドキュメンタリー番組の映像です。 全体は約25分で、四部に分かれていますが、ノルウェーのTV局のサイトからの映像の再生画面の呼出しにはやや時間がかかり、そしていざ再生を開始しますと動画はかなり重いためトラフィックのスピードの速いネット環境でなければスムーズな再生ができません。 十分なネット環境のある方は是非ご覧になってみて下さい。 もしうまくいかなければ、別の時間帯に再度トライしてみて下さい。 意外にうまくことがあります。

 


 


 


 

(資料)
Nordlys (Jun.25 2014 - Visste du at Tromsø hadde en park med levende isbjørn ?)
Nordlys (Jun.25 2014 - Her er historia om verdens største isbjørnpark – i Tromsø)
Nordlys (Jun.26 2014 - – Binna gikk til angrep på pappas kamerat.)

(過去関連投稿)
ノルウェー極北の街トロムソとホッキョクグマとのつながり ~ ノルウェーのホッキョクグマ保護政策について
by polarbearmaniac | 2014-07-04 06:00 | Polarbearology

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