街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園のヴィクトルが15歳の若さで繁殖の舞台から「強制引退」か?

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ヴィクトル (2012年3月23日撮影 於 レネン、アウヴェハンス動物園)

実に驚き、そして大いに考えさせられるニュースがイギリスのマスコミによって報じられています。 報道によればオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園で飼育されている15歳の雄のヴィクトルが来月、イギリス中部サウス・ヨークシャー (South Yorkshire) 州のドンカスター(Doncaster)市近くにあるヨークシャー野生動物公園 (Yorkshire Wildlife Park) に移動することになったそうです。
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ヴィクトル (2011年5月2日撮影 於 レネン、アウヴェハンス動物園)

このヴィクトルは言うまでもなく彼の父親であったドイツ・ロストック動物園のチャーチル亡き後、現在ロストック系のホッキョクグマの重鎮となっており、欧州の重要なホッキョクグマ繁殖基地となっているレネンのアウヴェハンス動物園ですでに10頭の子供たちの父親となっています。 その彼のパートナーとなっていたのは雌のフギースフリーダムであり、フギースは20歳、フリーダムは12歳ですから繁殖の舞台から引退するような年齢では到底ありえず、彼女たちのパートナーであるヴィクトルがイギリスに移動することになると、いったいレネンでのホッキョクグマの繁殖はどうなってしまうのでしょうか? しかもさらに驚くべきことですが報道によればヴィクトルはレネンのアウヴェハンス動物園における繁殖プログラムにはもう外されている (“....he is no longer required for the breeding programme taking place at Rhenen Zoo.”) と述べられている点です。

考えうることとしては、このままヴィクトルとフギース、フリーダムとの間での繁殖を狙えば今後も成功の確率が極めて高く、要するにヴィクトルの血を引く子供たち、つまりロストック系の血統の個体が増えすぎてしまうという理由のような気がします。 最近のこのヴィクトルの子供たちは2007年生まれの雄のシュプリンター、2008年生まれの雄のウォーカー、2010年生まれの雄のシークーと雌のセシ、2011年生まれの雄のルカと雌のリンといったところです。 彼らのパートナーの確保に EAZA のコーディネーターは四苦八苦してきたわけで、シュプリンターやウォーカーはいまだにパートナーが決まらず、ルカとリンは「遊び友達」を得ただけという段階です。 これ以上ヴィクトルの子供たちが増えればもうパートナーの確保は不可能ということが目に見えているわけです。 さらにデンマークのオールボー動物園の17歳の雌のヴィクトリア、ドイツのロストック動物園の11歳の雌のヴィルマ、フィンランドのラヌア動物園の9歳の雌のヴィーナス、ドイツのブレーマーハーフェン臨海動物園の同じく9歳の雌のヴァレスカ、こういった個体はいずれもヴィクトルの姉妹のロストック系であり、そしてこれらの4頭はいずれも繁殖に成功しており、さらにこれからも次々と成功する確率が高いわけです。 報道されているヴィクトルの移動先であるイギリス・ドンカスターのヨークシャー野生動物公園がヴィクトルの新しいパートナーである雌を確保できるはずもなく、そうなるとヴィクトルは15歳の若さで繁殖計画から「強制引退」させられてしまうということを意味しています。 仮にそうだとすると、とうとうEAZAのコーディネーターは増えすぎたロストック系にギブアップしたということを意味します。 それが正しいとすると、これは欧州における繁殖計画(EEP) の大きな転換点を意味することになるでしょう。 今後の事態の推移を見極めませんと確定的なことは言えませんが、現時点ではそういったシナリオが見えてきてしまいます。

「個体数さえ確保できれば欧州内の多くの動物園においてホッキョクグマの姿を見せることができる」という考え方を正面で採用していないことは明らかで、「あくまでも血統の多様性の維持をなんとしても最低限は確保する」 という視点を重視した考え方ですね。 こういう考え方の行き着くところの最終点がコペンハーゲン動物園のキリンのマリウスの殺処分ということになるわけで、「ヴィクトルが15歳の若さで繁殖の舞台から引退」させられることと「マリウスの殺処分」の底流に流れている考え方はほぼ同じだと言ってよいと思われます。 欧州における繁殖というものの考え方の厳しさが垣間見えると言ってしまえば言い過ぎでしょうか。 ここでオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園におけるヴィクトルの映像を一つご紹介しておきます。これは私は2012年3月に現地で撮影したものですがヴィクトルの発情期の様子です。



さて、日本における考え方は「とにかく頭数を確保して日本の多くの動物園で今後も可能な限りホッキョクグマが見られるようにする」 ということだろうと思います。 だからララの繁殖の2年サイクルを継続しているということなのでしょう。 日本の場合はなにしろ、雄の若年個体に「アンデルマ/ウスラーダ系」が多く、こういた個体の世代の繁殖はこれからといったところです。 「ララファミリー」と「アンデルマ/ウスラーダ系」という二大勢力の拡大によって血統の多様性の維持といった点では今後極めて難しい状況が予想されるわけです。 となれば、「血統の多様性維持」が限界があることを予想してひたすら「個体数の維持」ということを優先したくなる発想の素地はあるわけです。 しかしそういったことではなく大所に立てばララファミリーの個体2頭が欧州に行き、ロストック系の2頭が日本に来るという考え方は合理的なわけで、そういった視点に立脚することも含めて多くの点について我々は欧州のホッキョクグマ界の今後の動向に最大限の関心を持って注視する必要があるように思います。

(資料)
The Star (Jul.23 2014 - Doncaster’s Yorkshire Wildlife Park to get England’s first polar bear)
(追加資料)
Yorkshire Post (Jul.24 2014 - Wildlife park to give only polar bear in England a very warm welcome)

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by polarbearmaniac | 2014-07-24 13:00 | Polarbearology

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