街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの生態・生息数調査に衛星画像利用の試みがなされる ~ 果たして本当に有効か?

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ポロロ(左)とマルル(右) (2013年7月21日撮影 於 円山動物園)

アメリカの科学雑誌であるプロスワン (PLOS ONE) に実に興味深い研究報告が掲載されています。 欧米の何社かのマスコミもすでにその内容を比較的大きく報じていますのでご紹介しておきましょう。 それは “Polar Bears from Space: Assessing Satellite Imagery as a Tool to Track Arctic Wildlife” という研究報告で、アメリカ地質調査所 (U.S. Geological Survey) が中心となって行われた衛星画像を利用したホッキョクグマの生息数・生態調査の試みについてです。 行われた場所はカナダ・ヌナブト準州のハドソン湾の北側にあるフォックス湾 (Foxe Basin)の海域にあるローリー島 (Rowley Island) で、海氷に閉ざされていない夏期に行われたそうです。何故このローリー島が調査地として選ばれたかですが、夏期にホッキョクグマの生息密度が高く、そして地形が平坦なために衛星画像による解析作業が容易であるという理由だったそうです。
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マルル(左)とポロロ(右) (2013年7月21日撮影 於 円山動物園)

そもそも今まで野生のホッキョクグマの生態調査や生息数調査についてどのような方法が用いられてきたかですが、以下に整理しておきます。

(A)Capturing-and-Tagging 法 (*Mark-and-Recapture法)
(B)Aerial survey 法

この(A)ですが、具体的にはホッキョクグマを鎮静剤を発射して一時間ほど動けなくして体長や体重、性別、年齢などをチェックし、血液のサンプル採取なども行った後にタグを体に付け解放してやるという方法ですが、このタグには一種の発信機の機能を付加してその移動の様子をモニターできるようにするという方法が行われることも多いわけです。 (B)はヘリコプターや小型機で空中からホッキョクグマをモニターして頭数を数えたりその生息を観察するという方法です。 (A)の主たる目的は生態調査であり、それに付随して生息数を把握しようという方法ですが、鎮静剤を使用する点と、研究者の側の労力の大きさという点が難点です。 ただし、非常に狭いエリアに調査を限定すればその生息数は非常に正確に把握できるという利点があります。 (B)の主たる目的は生息数調査であり、それに付随して幼年個体数や性別、おおよその年齢なども把握しようという方法です。 この(B)の方法で生息数を把握しようとすることの問題は、ダブルカウントの危険性を排除できないということです。
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(B)の方法で雄と判定された二頭のホッキョクグマ 
Photo(C)Seth Stapleton/University of Minnesota

今回の衛星画像を利用した方法ですが、このローリー島を衛星画像でとらえて写真に写っているホッキョクグマと思われる「点」を数え上げ、そして同時に上記の(B)の方法で集めたデータとを比較してみたところ、ホッキョクグマの生息数として解析したこの二つのデータは非常に近い数になったということで、ホッキョクグマの生息数を把握することに衛星画像を利用することは有効な手段であることを研究報告では指摘しています。その衛星画像を下にご紹介しておきます。
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Image : PLOS ONE

このAの黄色い円にある小さな点がかなり時間を経過して撮影したBではそこにはもう点が存在していないわけで、このことはつまりAの画像における白い点は時間が経過したBでは移動していることになりますので、これはホッキョクグマであるという判断ができるわけです。 一方で、Aの赤い矢印の先にも白い点がありますが、それが時間が経過したBでも同じ場所にあるということは、これはホッキョクグマではなく地表の何か別のものであることを意味するというわけです。 こういった同じ場所を別の時間に撮影した衛星画像の解析によってホッキョクグマの生息数を割り出すということです。

この衛星画像を利用した生息数調査の利点は、今まで研究者が調査しきれていない地理的条件の極めて厳しいいくつかの地域におけるホッキョクグマの生息数もこの衛星画像を利用するやり方ですと比較的簡単に調査が可能ということになるはずです。 さらに鎮静剤の使用というようなホッキョクグマの生活を邪魔することなく調査が行えるというメリットもあるということになります。 そして、小型機やヘリコプターをチャーターする費用に比べれば衛星利用は非常に安価な方法であるようです。

しかし今回の研究報告を行った研究者は、この衛星画像を利用した方法では体の小さな幼年個体を捉えることは難しいということも認めています。 ただし、映像をもっと高細密にすることによってそれが可能となるであろうことも指摘しています。 しかし今回のように調査が夏に行われ、しかもホッキョクグマが白い点で簡単に把握できるような地形の場所ならば画像解析は比較的容易でしょうけれども、そうではない雪の上とか氷の上などでは画像解析は容易でないように思えます。 さらに問題なのは個体の年齢、性別の把握についてはやはり無理であるということです。 そして栄養状態についても全くわからないわけです。 生息数の把握が重要であるのと同時に、それ以上に重要なのは年齢、性別、栄養状態というものであり、それらは今後のホッキョクグマの生息の推移を予想するうえで極めて不可欠な要素であるわけです。 特に温暖化による海氷面積の縮小によって影響を受ける母親と幼年個体の栄養状態の変化をモニターできない今回のこの衛星画像を利用した生息数・生態調査については、私はその今後の可能性について過大評価は禁物だろうと思っています。 やはり(A)(B)が主になり、そして衛星画像を併用するということにならざるを得ないでしょう。 ということはつまり、今回比較的大きく報道されているこの衛星画像を利用したホッキョクグマの生息数・生態調査ですが、やはり補助的な役割しか果たせないだろうということです。 盲目的なほど肯定的に、そして大きく報道される価値があるような研究報告とは私には到底思えません。

(資料)
PLOS ONE (Jul.9 2014 - "Polar Bears from Space: Assessing Satellite Imagery as a Tool to Track Arctic Wildlife" by Seth Stapleton, Michelle LaRue, Nicolas Lecomte, Stephen Atkinson, David Garshelis, Claire Porter, Todd Atwood)
U.S. Geological Survey (News Room / Jul.9 2014 - Observing Polar Bears from Space)
Nature World News (Jul.10 2014 - Polar Bears from Space: Satellite Imagery to Count Populations)
The Washington Post (Aug.1 2014 - Scientists are now watching polar bears from space)
CBC (Jul.18 2014 - Polar bear populations can be monitored by satellite)
Alaska Dispatch News (Jul.9 2014 - Researchers turn to satellite monitoring to count polar bear populations)
by polarbearmaniac | 2014-08-07 23:30 | Polarbearology

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