街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア・西シベリア、ノヴォシビルスク動物園のシロ園長が批判する近年の欧米の 「三年サイクルの繁殖」

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ゲルダとクラーシン(カイ) Photo(C)Аргументы и Факты

ロシア・西シベリアのノヴォシビルスク動物園で一昨年12月11日に生まれた雌のシルカとその成長、それを追うライブカメラによる映像配信は一日に6万ページビューを超え、そしてシルカがゲルダお母さんから突然引き離されてしまったことを機に持ち上がったノヴォシビルスク市民のゲルダ残留を求める署名活動など、昨年はこのノヴォシビルスク動物園について多くの投稿を行っただけでなく私自身も現地で3日間にわたってゲルダとシルカ親子を観察するなど、非常に興味深く見つめてきたのが同園を巡る一連の状況の推移でした。同園内で別飼育されているシルカも一応は落ち着きを取り戻したようですしシルカの両親であるゲルダとクラーシン(カイ)も同居を再開しており、ノヴォシビルスク動物園に対する次なる興味はシルカがいったいどこの動物園にいつ移動するかということになるわけですが、これについてはロシア国内の「ある事情」も関連してきている様子で、まさに「伏魔殿」の様相を示しつつあるようです。 このシルカの移動先について考察してみることは一筋縄ではいかないが故に非常に興味深いことなのですが、もう少し情報が出てくるのを待ってからにしたいと思います。 今年に入ってからのシルカの様子を二つほどの地元も方の摂られた映像でご紹介しておきます。





昨年の暮れも押し詰まってからノヴォシビルスク動物園のラスティスラフ・シロ (Ростислав Шило) 園長への長文のインタビュー記事がロシアの週刊新聞である「論拠と事実 (Аргументы и факты)」 の12月24日付に掲載され、ホッキョクグマのことだけでなく広範囲に渡って非常に興味深い内容を含んでいるのですが、今回はそのシロ園長がホッキョクグマについて語った部分、特にホッキョクグマの幼年個体を母親と2年間過ごさせるべきだという考え方(つまり「三年サイクル繁殖論」)への批判をご紹介しておきます。 つまりこれはシロ園長のホッキョクグマ繁殖に対する従来の「2年サイクル論」への支持であるといって差し支えないでしょう。
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ゲルダとクラーシン(カイ) Photo(C)Аргументы и Факты

シルカがゲルダお母さんから別れさせられたときにライブカメラ映像視聴ページに多く寄せられた批判の一つは 「ホッキョクグマの幼年個体は二年間は母親と共に過ごさせるべきだ。」 というものだったとシロ園長は語り、そしてシロ園長はこの考え方に対して、「(自然界においての二年間は)ホッキョクグマの母親が自然下で生き抜くために子供たちにアザラシ狩りを教えるための期間であると母親が身体的・生理的に意識している (в естественных условиях) 期間なのであり、飼育下においても二年間は母親と共に過ごさせるべきだという考え方はそうした意味(つまり自然下と飼育下の違い)を考慮していない考え方である。」 と批判しています。 そして飼育下においては母親は子供たちに授乳しさえすればそれでよく、それが一定期間続けば十分であると語り、そしてその期間は5~6ヶ月であるとさえ語ります。 シロ園長はロシア国内のレニングラード動物園やイジェフスク動物園などの同僚たちと協議を重ね、ホッキョクグマの飼育と繁殖に関しては正しいことを行っているのだと確信している姿勢です。 シロ園長の発言でやや言葉足らずと思われることを私なりに補充すれば、自然下でホッキョクグマの繁殖は通常は3年サイクルで行われることは母親が子供たちにこれから生きていくすべを教える期間として2年が必要であるからであり、飼育下でこの繁殖サイクルを二年と短くしてもよいのは飼育下では母親が自らと子供たちのために狩りをする必要が無く母親の肉体的・精神的負担が自然下よりもはるかに小さいので繁殖サイクルを三年から二年と短くしてもホッキョクグマの雌については身体的・生理的に問題はないという考え方です。 なるほどあのウスラーダを見ていればこのシロ園長の発言は納得できるようにも思います。
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ノヴォシビルスク動物園のラスティスラフ・シロ園長
Photo(C)Аргументы и Факты

さて、このシロ園長の発言内容は円山動物園の前の御担当者の方が以前に話していらっしゃった内容とほぼ全く同じですね。 しかし飼育下でホッキョクグマの幼年個体を母親から一年で引き離すこと (つまり二年サイクルの繁殖)を行っているのは現在世界ではロシアと日本の動物園だけです。 以前に 「『ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)』」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか」 という投稿を行っていますが、この件についての考え方は全てその投稿で述べた通りです。 つまり今回のシロ園長のような伝統的な(ロシアや日本の)考え方は「母子をいつ引き離すか」という問題設定から導いた結論なのですが、実は、「何年サイクルで雌を繁殖させるか」 ということにこそ問題の本質があるわけであり、これは動物学と飼育の実践を結合させた欧米 (欧州と北米) のここ20年ほどの考え方が導いた結論は「三年サイクルでの繁殖」であり、よって結果的に幼年個体は約二年間近く母親と共に暮らすことになるというのが近年のこの問題の帰結となっているわけです。 そもそも野生下であっても飼育下であってもホッキョクグマの雌の繁殖においては生理学的な違いはなく雌の体はそのように三年という生理的なサイクルによって形成されているというのが最近の欧米での考え方であり、そうした雌の体の生理的な要素を考慮に入れること、それすなわちが「動物福祉 (Animal Welfare)」 にも合致した考え方であるということになるわけです。 シロ園長の今回の発言はロシアの動物園において行われてきた伝統的なやり方をそのまま述べたということでしょう。 ホッキョクグマの雌の体の生理は自然下でも飼育下でも同じですから、それを区別するシロ園長の「三年サイクル繁殖」批判は私は合理性がないと考えます。 現実にはこの「2年サイクル繁殖」か「3年サイクル繁殖」かの問題は欧米においては飼育展示場の拡充と整備という実績を踏まえて、すでにもう問題意識には登ってこなくなってしまった問題だろうと思います。 結論的には後者ということが当然であるという認識が確立しているわけです。 (*追記 - この問題で注目せねばならないのは大阪の天王寺動物園です。 同園は今回のバフィンの繁殖への挑戦は最後であるという認識でいるわけですから、現在産室にいる赤ちゃんをいったいどれだけの期間バフィンお母さんと一緒に過ごさせるのかが問題です。 バフィンの次なる繁殖挑戦はないにもかかわらず一年だけで同居を終わらせるのか、それともバフィンの最後の育児だから二年間は一緒にさせておくのか...この答えを早急に出さねばなりません。 そこにはゴーゴの他園出張問題が大きく関連してくるわけです。 いや、こうなると天王寺動物園よりも種別調整園である旭山動物園がどう考えるかも大きな要素になってくるでしょう。 仮にあくまでも日本における従来の「二年サイクル繁殖」を正しいと考えそれを維持するのならイチかバチかバフィンに来年また繁殖に挑戦させるのは全く無い手ではありませんが、バフィンの年齢ではキツイでしょうね。)  さて..気分転換にゲルダとクラーシン(カイ)のやはり今年になってからの映像を見てみましょう。



それからこのインタビューでシロ園長はシルカの売却先候補について触れるどころか、実は何か別の方向に話が進んでいるらしいようなことを示唆するニュアンスの話をしています。 それは、単なる売却ということではなく繁殖計画の一環としてのシルカの移動ということに現実味が出てきているようにも思われ、このことはもっと時間が経過しませんと何とも言えないように思います。 今回のシロ園長の話のニュアンスは、あのエストニアのタリン動物園が自園で繁殖に成功した雌の幼年個体のノラを同園で保持し続けようとしていた従来の方針からの変化がみられることとよく呼応しているようにも思えます。 場合によってはシルカはロシア国内、あるいは旧ソ連圏の動物園に移動する可能性もあるような気もします。 いや、シルカそのものは過去からの経緯を引きずって、やはりどこかの国のどこかの動物園に売却されるかもしれませんが、今後にゲルダとクラーシン(カイ)の間で繁殖に成功した個体は単なる売却という形をとらない移動になる可能性が大きいように思われます。 ロシアももう幼年個体を単に国外に売却するというような従来のやり方から複数種を複数の園間で移動させ、そのスキームの中で繁殖させようという方向にモスクワ動物園を中心として舵を切り始めているわけです。 ここのところ何度か指摘していますが、「ホッキョクグマの市場価格」という概念そのものが最近ではすでに溶解しつつあるわけです。 この件についてはまた機会を改めて投稿したいと考えます。

シロ園長の開放的で裏表のない豪放な性格には好意を感じますが、しかしやはりシルカをゲルダお母さんから引き離した一連の経緯で市民から大きな批判を受けたことが御本人にはダメージになったようで、いささか発言が慎重になっているようです。

(資料)
Аргументы и Факты – Новосибирск (Dec.24 2014 - О наших медведях узнал весь мир) (Jan.10 2015 - В Новосибирском зоопарке проснулись медведи)

(過去関連投稿)
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ロシア・ノヴォシビルスク動物園で別離したゲルダお母さんと娘のシルカの近況 ~ 母娘共に依然として動揺
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ロシア・西シベリア、ノヴォシビルスク動物園で母親と別離したシルカの奇妙な常同行動への同園の解釈
ロシア、ノヴォシビルスク動物園でクラーシン(カイ)とゲルダの再会、同居開始の光景に割れる市民の意見
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか

◎2014年9月11日(木曜日)訪問
・リバーパークホテルからノヴォシビルスク動物園へ ~ ホッキョクグマたちに御挨拶
・容姿端麗なゲルダお母さん、その娘への態度に見る子育て初体験の初々しさ ~ 育児スタイルを模索中
・シルカ、順調に成長を遂げるその素顔
◎2014年9月12日(金曜日)訪問
・ノヴォシビルスク動物園訪問二日目 ~ ゲルダお母さんとシルカの不安定な関係
・ゲルダの将来への道のりと課題 ~ 一頭の母親と一頭の雌の二役の演技の動機となっているもの
・シルカ、その聡明かつ醒めた知性が発散する魅力 ~ ミルク、マルル、ポロロを超える逸材か?
・クラーシン(カイ)の性格とその素顔 ~ 双子兄弟のピョートル(ロッシー)との違い
◎2014年9月13日(土曜日)訪問
ノヴォシビルスク動物園訪問三日目 ~ シルカちゃん、ゲルダさん、クラーシン君、お元気で! (現在正式投稿準備中)
by polarbearmaniac | 2015-01-12 23:00 | Polarbearology

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