街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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「ロシア血統の謎」に迫る(2) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (前)

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イワン(#1698) (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)
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ゴーゴ(#1773) (2012年4月19日撮影 於 天王寺動物園)

旭山動物園で飼育されている14歳の雄のイワンの血統問題と言えば「何を今更!」と言われそうですが、過去の経緯から述べておかねばなりません。それは以前、つまり2010年春頃まで存在していた「イワンとゴーゴ兄弟説」とその崩壊についてです。 「イワンとゴーゴ兄弟説」というのは換言して言えばイワンはペルミ動物園の生まれで母親はゴーゴ(白浜)の母親と同じペルミ動物園のアンデルマであるという説です。

まずこの「イワンとゴーゴ兄弟説」が一般に広く流布した原因は某人気ホッキョクグマが飼育されていた某動物園の園内に掲示されていた日本の飼育下のホッキョクグマの血統図です。 しかしそれ以前からこの「イワンとゴーゴは兄弟である」と述べた方がいらっしゃったわけですが、一般に広く流布したのは某動物園の掲示によってということです。 この下はイワンの写真ですが、この口の開き方や顔つきを見ていると確かにゴーゴに似ていないということはないようにも思います。
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イワン (2014年3月23日撮影 於 旭山動物園)

さて、これは決して自慢するわけではありませんが、「イワンとゴーゴ兄弟説」を根拠を挙げて否定したのは当ブログが最初であり唯一だったと思っています。 実は振り返って言えることですが、この「イワンとゴーゴ兄弟説」というのは当時は血統登録情報に基づく説であり旭山動物園も当時はそれを採用していたわけですから、まさに鉄壁とも言える説だったわけです。 2010年1月28日付けの「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明」をご参照下さい。 この当時旭山動物園はイワンについて「2000年12月8日  ロシア・Perm動物園生」と記載していたわけです。 つまりイワンの母親はペルミ動物園のアンデルマであることを認めていたことになるわけです。 これはつまり「イワンとゴーゴ兄弟説」を結果としては採用していたことを意味するわけです。
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アンデルマ(#1195) (2013年10月1日撮影 於 ペルミ動物園)
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ユーコン(#1197) (2013年9月28日撮影 於 カザン市動物園)

しかし私がその「イワンとゴーゴ兄弟説」を切り崩すために用いた資料はモスクワ動物園のホッキョクグマの飼育責任者の方が2004年にアメリカのサンディエゴで開催された “International Conference on Bear Research and Management” という国際会議での報告で用いた資料である “Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo” だったわけです。 この資料はあの Polar Bears International のHPで2010年春頃までは閲覧可能だったわけですが、Polar Bears International のHPが一新されたときに削除されてしまったので現在は見ることができませんが私はそれを現在も保存しています。

さて、この資料の中でモスクワ動物園のホッキョクグマの飼育責任者の方は飼育資料に基づく形で以下のようにイワンの血統に言及したわけです。 該当部分のみご紹介しておきたいと思います(クリックしていただくと拡大します)。この表は左から順に「母親名(血統番号)」、「父親名(血統番号)」、「交尾日」、「出産日と頭数/性別」、「誕生個体の移動(shipped out)日、仕向け先」が記されています。
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モスクワ動物園のシモーナ(#1616) とウランゲリ(#1201) は2000年4月10日に繁殖行為を行いシモーナは2000年11月20日に雄の赤ちゃん二頭を産み、そしてその双子の赤ちゃんのうち一頭は2002年5月31日に北京に向け出発し、もう一頭は2002年6月24日に旭川に向けて出発したことを意味するわけです。 旭山動物園にイワンが入園したのは2010年1月28日付けの「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明」によれば2002年6月26日です。 これは旭山動物園以外には知り得ない日付です。 一方で先のモスクワ動物園の資料ではシモーナの産んだ双子のうちの一頭は「2002年6月24日に旭川に向けて出発した」と記載しているわけです。 2002年6月24日にモスクワを出発した飛行機が成田に到着するのが翌日、その後に輸入検疫・通関を経て成田から北海道に運送されるスケジュールを考えれば、モスクワ動物園を出て翌々日の6月26日に旭山到着というのはピッタリのスケジュールです。 つまりこの事実は、イワンはモスクワ動物園でシモーナ(#1616) とウランゲリ(#1201) の間に誕生し、そして旭山動物園に送られたことを示す揺るぎない証拠だと言えるわけです。 しかもこの資料を作成したのはモスクワ動物園で全種の動物の血統登録を担当している管理部門ではなくホッキョクグマの飼育記録を実際に管理している飼育現場の飼育担当責任者です。 さらに、一般のロシア人では馴染のない「旭川(Asahikawa)」 という地名まで入っているわけです。 そういったことから考えて極めて信頼度の高いデータであることは間違いないわけです。この資料を用いて私は2010年2月に「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定した一連の投稿を行ったわけでした。
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シモーナ(#1616) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)
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ウランゲリ(#1201) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)

さて、その私の投稿について北海道にお住まいの一人のファンの方が当時のホッキョクグマの種別調整者であった旭山動物園のFさん(後のホッキョクグマ繁殖検討委員会の座長)に当ブログの該当ページと私の主張をお話になられたそうです。 その方のお話によれば、Fさんは私の主張に説得力があると考えたらしくペルミ動物園とモスクワ動物園に問い合わせを入れたそうです。 最初にペルミ動物園から返事があり「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」という内容だったそうです。 次にモスクワ動物園からも返事があり、これもまた「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」 という内容だったそうです。 つまりペルミ動物園もモスクワ動物園もイワンが誕生したのは自分の園であると言ってきたわけです。 こういう事態となってFさんはこの二園にさらに調査を依頼されたようですが、それ以降のことはそのファンの方もご存知ないようで、私もFさんの依頼された調査内容の詳細と結果は知りません。 私は2010年の5月と7月に二回モスクワを訪れ動物園にも行ったわけですが、その時にお見かけしたモスクワ動物園の方(実はその方はなんとあの国際会議の資料を作成された方でした)にこの件を聞いてみたところ「自分の動物園で飼育している個体について 『生まれたのはあなたの動物園ですか?』 と聞かれたのは初めての体験だった。 何故そんなことを聞いてくるのか不思議だったよ。」 という返事でした。 私は「その個体というのは本当にこのモスクワ動物園生まれなのですか?」と聞きましたら「そんなの当たり前だよ!」とかなり機嫌が悪くなってきた様子でしたのでそれ以上は聞けませんでした。 モスクワ動物園の飼育現場の方々はみんなプライドの塊のような方ですので、こういうことを聞いてはいけないと痛感したわけでした。

2010年の5月頃になって最初に述べた日本の飼育下のホッキョクグマの血統図を掲示していた某動物園は突然その血統図を訂正し、「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定してホクト(姫路)とゴーゴ(当時大阪)が兄弟であることを示し、そしてその某園の公式ブログでもこの訂正に言及したわけでした。 その某園で日本の飼育下のホッキョクグマの血統図を作成された方は間違いなく旭山動物園からの依頼で血統図を訂正したはずですが、その訂正に大層不満の御様子で私に対しても「ネットなどでお手軽に調べた情報で云々」などと皮肉めいたことを書いていらっしゃいました。 その方は多分当時のイワンの血統登録情報(母親は#1195つまりアンデルマ、父親は#1197つまりユーコン)を知っており、それを絶対的なものと考えていらっしゃったようで、そうしたものをネットで得た情報で崩そうとした私が気に入らなかったようです。 どうもその方はFさんが懸命に真相を突き止めようとした努力もご存知なく、また「お手軽」とはいえ私がネットで得たイワンに関するモスクワ動物園の飼育記録の重要性も理解していただけなかったようです。 その方に対する私のそれまでの評価が大きく下落してしまったことは言うまでもありません。

さて、2010年6月になって「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明にかかる中間報告」というものが発表されました。 そして日本のホッキョクグマの血統管理を行っている旭山動物園の園長さんも署名者となっているそれにおいて初めてイワンについて「2000年11月20日 モスクワ動物園生」と記載されました。 2000年11月20日にモスクワ動物園で出産を行った雌の個体はシモーナです。 つまりそれは「イワンとゴーゴ兄弟説」が公式的に否定された瞬間でした。 そしてそれ以降、イワンは2000年11月20日にモスクワ動物園で誕生し、母親はシモーナ(#1616)、父親はウランゲリ(#1201)であるということが新しい公式的な見解となったことを意味するわけです。 もちろん、旭山動物園内の手書きのイワンの紹介表示も全て改められたわけです(こんな小さなことでもキチンと訂正されていた旭山動物園はやはりたいしたものだと思います)。 さらにしばらくたってから姫路市立動物園のホクトの紹介表示も以前はホクトはモスクワ動物園で2000年11月20日に誕生したという表示となっていたわけですが、これも訂正されてホクトの誕生日は2000年12月8日であり、生まれたのはロシアの動物園という表示になったわけです。 従来の血統登録情報の誤りはこうして全て訂正されたわけです。 そしてやや時間は要しましたが後日、ドイツのロストック動物園の管理する世界の飼育下のホッキョクグマの血統台帳も訂正されたというわけです。 実はイワンとホクトの血統問題は重大な問題とまでは言えなかったわけです。 何故ならばイワンのパートナーは「ララファミリー」のルルであり、ホクトのパートナーはセルビア生まれのユキですが、イワンとホクトはどちらも「アンデルマ/ウスラーダ系」であって、その血統内部でのデータの訂正でしたから繁殖の面における組み合わせの血統上の問題は全く生じなかったということです。ですからペアの組み替えは全く不要だったわけです。 これは非常に幸いでした。ここまでが2010年の「イワンとゴーゴ兄弟説」の崩壊過程の復習となります。 5年も前の当時の事情をご存じない方ももうかなりいらっしゃると思いますので、この件を私の知る限りで改めて今回ここでご紹介したというわけです。

さて、しかし当時は「私の考え方は正しかったことが証明された!」というような満足感や昂揚感などは全くなく、次なる探究に挑戦しようとしたわけでした。 何故なら実は私はこの件について何か我々の知り得ない別の謎がまだ潜んでいるように感じたからです。 何かスッキリしなかったわけです。 イワンはシモーナの息子でありモスクワ動物園生まれであるとするならば、消去法でホクト(姫路)はアンデルマの息子でありペルミ動物園生まれであるということになるわけですが、実はそう言い切ってよいのかという懸念が頭の片隅を支配し続けていたわけでした。 まず一つ浮かんできたのは「イワンとホクト兄弟説」です。 これが何を意味するかといいますと、モスクワ動物園の記録によればシモーナが2000年に産んだ双子のうち一頭は北京に行き、もう一頭(イワン)は旭川に行ったわけですが、実はこのホクトはこの北京に行った個体であり、このあと北京から最終的にはやはり日本に来たのではないかという考え方です。 これならば「イワンとホクト兄弟説」は成立する可能性があるわけです。 実はこれに関連して私はこの問題意識を背景に翌年の2011年に、「モスクワ動物園のシモーナ(4)(5)(6) ~ 消息不明の息子は何処に?」という投稿を()()()の三回連続で行っています。 その時は「イワンとホクト兄弟説」を完全に否定したわけです。
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イワン (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

次に私が考えたのは、実は2000年にロシアで誕生した個体には「消去法」で消すことのできない野生孤児個体の存在があるのではないかということです。つまりこれが何を意味するかと言いますと、ホクト(姫路)は実はアンデルマの息子ではなく野生出身ではないかという疑いです。そういった個体が何らかの理由で日本に来たのではないかという考え方ですが、この考え方には明確な根拠がないわけで単なる憶測の域を出ないわけです。

そして次に私が考えたのは実は一見、荒唐無稽と思える説です。旭山動物園のFさんがペルミ動物園にイワンの件で問い合わせを行った時のペルミ動物園の返事は「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」というものでした。ペルミ動物園はこの2000年にアンデルマの産んだ雄の幼年個体を一度モスクワ動物園に送っているわけです。モスクワ動物園の当初の予定ではペルミ動物園生まれのこのアンデルマの息子である個体を旭川に送るつもりだったものを、モスクワ動物園は何らかの事情で自園のシモーナの産んだ双子の雄のうちの一頭を旭川に送ることに決めたのだと仮定します。これならば旭川に送られたイワンはシモーナの息子となりますから「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定したのと同じ結果になります。そういった事情を知らないペルミ動物園はアンデルマの息子が旭川に送られたとばかり思っているためにFさんに対して「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」と返事をしても何らもおかしくはないわけです。 ところがモスクワ動物園は発送の段階で今度は気が付かない単純ミスを犯してしまった...つまりモスクワ動物園は当初の予定を変更してシモーナの息子を旭川に送ることにしていたものの、実は単純発送ミスでペルミ動物園で生まれた個体を旭川に送ってしまった...実はこう考えると旭山動物園のFさんに対してペルミ動物園もモスクワ動物園もイワンが誕生したのは自分の園であると言ってきたことが全く矛盾なく説明できるわけです。 二頭の間での個体変更が二回行われる(つまり一回目は意図的、二回目は単純ミス)と、結果はなんと元に戻ってしまうわけです。 こう考えると「イワンとゴーゴ兄弟説」は成立することになり、そしてこの件に関する素朴な疑問はほとんど全て説明が付くわけです。
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イワン (2012年3月3日撮影 於 旭山動物園)

さて、ここで驚くべき事実をご紹介し、この「イワンとゴーゴ兄弟説」再成立の可能性が本当にないのかを次に検討してみたいと思います。 さて、ここで現在のイワン(#1698) の血統登録情報をご紹介しておきます。 一度クリックしていただいて開いたページをさらにクリックしていただくと大きく拡大します。
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#1201はウランゲリ、#1616はシモーナを意味しています。 これは当然イワンの母親はペルミ動物園のアンデルマではなくモスクワ動物園のシモーナであることを意味していますしイワンの誕生地もペルミ(Perm)ではなくモスクワ(Moscow)であることが明示されています。 つまり血統登録情報は改訂され、「イワンとゴーゴ兄弟説」は完全に否定されたという事実を反映しているわけです。 しかしよく見て下さい。 おかしいことがわかるはずです。 それは、血統登録情報ではイワンが旭山動物園に入園したのは2002年3月30日となっています。 しかしこれは正確には上で申し上げましたようにイワンの入園日は2002年6月26日です。 そうなると現在は正しいはずのこの血統登録に書かれている「2002年3月30日」はいったい何でしょうか? 実はこの2002年3月30日はホクトが姫路市立動物園に入園した日なのです。 実はこの日付は驚くべきことにかつて姫路市立動物園のHPにホクト入園日として記載されていた日付なのです(現在は同園のHP記載には見当たりません)。さて、では今度はホクト(#1694)(姫路)の血統登録情報を見てみましょう。 これです。 一度クリックしていただいて開いたページをさらにクリックしていただくと大きく拡大します。
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このホクトの正式名称は「ルトヴィク」というわけです。 そしてホクトはペルミ動物園で2000年12月8日に生まれ、父親は#1197(つまりユーコン)、そして母親は#1195(つまりアンデルマ)であることを示しています。 このホクトの血統登録情報についても「イワンとゴーゴ兄弟説」が崩壊した結果、消去法でホクトの母親はアンデルマであることがはっきりしたという事実が反映されてこうして改訂されているわけです。 つまりこのことはホクトとゴーゴは母親が同じアンデルマであり、兄弟であることを示しています。 ところがホクト(ルトヴィク)の姫路市立動物園の入園日にご注目下さい。 2002年6月26日と記載されています。 これはなんとイワンの旭山動物園の入園日なのです。 さて、そうなるとこの 姫路に現在いる「ルトヴィク(ホクト)」の正体は、実は旭川に行くべきだったイワンであり、そして現在旭川にいるイワンの正体は実は姫路にいるはずの「ルトヴィク」ではないのか...つまりどこかで「個体すり替り」が行われているのではないかという大きな疑惑 が生じてくるのです。

さて、これをどう考えたらよいのでしょうか? 次の投稿で次にこの「イワンとホクトすり替り説」が本当に成立するのかを考えてみたいと思います。 (次の投稿に続く

(資料)
Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo (by I. V. Yegorov, Y. S. Davydov, Moscow Zoo, Russia)

(過去関連投稿)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (1)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (2)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (3)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (終)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (上)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (下)
北海道4園のホッキョクグマ飼育「中間報告」が語ること
モスクワ動物園のシモーナ(1) ~ 偉大なる母の娘、やはり偉大なる母となる!
モスクワ動物園のシモーナ(2) ~ その初産への道のり
モスクワ動物園のシモーナ(3) ~ 豊かなる母性の輝き
モスクワ動物園のシモーナ(4) ~ 消息不明の息子は何処に? (上)
モスクワ動物園のシモーナ(5) ~ 消息不明の息子は何処に? (中)
モスクワ動物園のシモーナ(6) ~ 消息不明の息子は何処に? (下)
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカが大阪・天王寺動物園へ! ~ 「ロシア血統の闇」の深淵を覗く
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカ (Шилка Красиновна) の偉大で華麗な血族たち
「ロシア血統の謎」に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う
by polarbearmaniac | 2015-04-25 23:55 | Polarbearology

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