街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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「ロシア血統の謎」に迫る(3) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (後)

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イワン(#1698) (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

前投稿よりの続き)
この問題を考えていく時に外してはいけないことは、まず問題なのはイワン(旭山動物園)の血統は何なのかということを追及することが第一に重要であり、それによってホクト(姫路市立動物園)の血統があぶりだされてくるのだということです。何故ならペルミ動物園の資料よりもモスクワ動物園の資料の方が情報が多いからであり、そのモスクワ動物園が飼育記録情報の中でイワンが同園で誕生して旭川に送られたと述べている点が重要なわけです。 さて、ここで2000年にロシア国内で誕生した個体について記しておかねばなりません。 現時点で確認できている間違いのない情報としては、アンデルマ(ペルミ)が一頭、シモーナ(モスクワ)が二頭、ムルマ(モスクワ)が二頭、ウスラーダ(サンクトペテルブルク)が二頭です。 このうちムルマの二頭とウスラーダの二頭は本件の内容とは関係がありませんので本稿では除外します。 問題はアンデルマの一頭、シモーナの二頭がどうなったかです。 アンデルマから誕生した個体を A1、シモーナから誕生した個体を S1S2 として略記します。
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アンデルマ(#1195) (2013年10月1日撮影 於 ペルミ動物園)

まずアンデルマから生まれたA1です。このA1は2000年12月8日にペルミ動物園のアンデルマから生まれ、そして前項でご紹介した血統登録情報によれば2001年7月19日にモスクワ動物園に移動しています。 つまりA1はアンデルマお母さんと7ヶ月しか同居できなかったということです。 さて、このA1が本当にペルミ動物園から2001年7月19日にモスクワ動物園に入園したのかということですが、実はこれを裏付けるペルミの地方紙の報道があるわけです。 それはРИА «Новый Регион» の2001年7月17日付けの記事である “Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком” です。 記録用に以下に内容をコピーしておきます。

Пермь. Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком. Самка белого медведя принадлежит ленинградскому зоосаду и ее потомство тоже. Но малыш отправится не в город на Неве, а в столицу России, откуда, скорее всего, его переправят за границу. А из Казани домой вернулся самец гиены. Но посетители не смогут увидеть его еще более двух недель. От переезда животное устало и потребуется время для восстановления его сил.

内容は、「ペルミ動物園はホッキョクグマの赤ちゃんに別れを告げる。 母親(つまりアンデルマ)の権利はレニングラード動物園にあるのでこの赤ちゃんの権利もレニングラード動物園にあるのだが、赤ちゃんはそこには行かずロシアの首都(つまりモスクワ)に行き、その後には多分国境を超えているだろう。」 という内容なのですが、実に興味深いことはこの報道は間違いなくペルミ動物園から得た情報に基づいて書かれているはずですが、つまりペルミ動物園はこのA1がモスクワ(動物園)からいつどこの国に送られることになるかについて全く知らなかったことを意味しているわけです。 ペルミ動物園はロシアの地方都市の小さな動物園で資金は豊かとは言えません。 ですからホッキョクグマの赤ちゃんを生後7ヶ月ほどでアンデルマお母さんから引き離してモスクワ動物園に依頼して売却せざるをえなかったのでしょう。 本当に気の毒な話です。 さて、ところがこの赤ちゃんはこの報道があった後も実は一年近くもモスクワ動物園に留まっていたということは、つまりモスクワ動物園のヴォロコラムスク付属保護施設に飼育されていたことは間違いないものと考えられます。何故ならこのA1はペルミ動物園の売却個体であり最初からモスクワ動物園で展示する予定など毛頭なかったことは間違いないからです。 そして改訂された血統登録情報ではA1は2002年6月26日に姫路市立動物園に入園したことになっていますが、姫路市立動物園のホクトの入園記録によれば、それは2002年3月30日です。 この三か月ほどの期間差をどう説明すればよいでしょうか?
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シモーナ(#1616) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)

さて、次にシモーナから生まれたS1S2の双子です。 このS1とS2は2000年11月20日にシモーナから双子の赤ちゃんとして誕生しています。 前回ご紹介しました記録の信頼性に優れていると考えられるモスクワ動物園の飼育記録によればS1は2002年5月31日にモスクワを出発し北京へ向かっており、S2は2002年6月24日にモスクワを出発して日本(旭川)に向かったことを示しています。 このデータを再び下でご参照下さい。
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さて、まずS1ですが、この個体がその後どうなったのかについて血統登録情報の改訂によって実は最近から北京動物園で飼育されている記録が見つかりました。このS1についての血統登録情報を下にご紹介しておきます。
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2012年5月31日に北京に到着していることが明確に確認できるわけです。 さて、次にS2です。 これについてモスクワ動物園の飼育記録では2002年6月24日にモスクワを出発して旭川に向かっていることになっています。 しかし改訂されているはずのイワンの血統登録情報によれば旭川到着(旭山動物園入園)はなんと2002年3月30日となっています。 しかし旭山動物園のイワンの入園記録では2002年6月26日です。 この三か月近い期間差をどう説明すればよいでしょうか?

さて、ここで少し原点に立ち戻ってみます。 そもそも血統台帳の存在意義はなんでしょうか? これは飼育下において動物たちの出生の記録を残すいわゆる「戸籍台帳」のようなものでしょう。 そこで大事なのはその個体の父親と母親がどの個体であるのかを明確にして飼育下における間違いのない繁殖を行うことが第一の目的だろうと思います。 ということはつまり、個体Xの父親と母親がどの個体であるかが一義的に最重要であり、個体の移動情報はその次の重要性しか持たないということになります。 つまり、移動情報に矛盾があるから父親と母親は別の個体ではないかと疑うのは順番として正しくないわけです。 相対的に価値の大きくない情報(移動情報)の矛盾の辻褄を合わせるために価値の大きな情報(両親の個体名)を否定しようというのは正しくないということです。 改訂された血統台帳のデータの「最重要部分」は、旭山動物園のイワンの両親はシモーナとウランゲリであり、姫路市立動物園のホクトの両親はアンデルマとユーコンであるということであり、移動情報の矛盾、つまり入園日の矛盾についてはこれ単なる単純な間違いであると考えておくのが合理的であるということです。
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ホクト(#1694) Photo(C)姫路市立動物園

さて、前の投稿で述べました「イワンとホクトすり替り説」ですが、この説の最大の利点は種別調整者であるFさんがイワンの誕生した場所についてペルミ動物園とモスクワ動物園の両園から「我々の園で誕生した」という返事をもらったという難問に対してそれは矛盾した返事ではないということを説明するための仮説でもあったわけです。 ところが上で2001年当時のペルミの報道でわかる通り、ペルミ動物園はアンデルマの産んだA!が、一体最終的にどこの国のどの動物園に行くことになるのかはわからなかったわけです。 ということはペルミ動物園はFさんへの返事として「貴園の雄の個体(つまりイワン)は当園で生まれた」などいうことを確証を持って返事をできたはずはないことを意味します。ということはFさんへの返事の内容としてはモスクワ動物園の返事の内容は信頼性があってもペルミ動物園の返事の内容は信頼性において疑問があるということを意味しているわけです。 このことはつまり、モスクワ動物園からの返事とペルミ動物園からの返事の内容を同等に扱ってその両方の内容のどちらも正しいのだという統一的理解をすることは不要であることを意味し、そうなるとこの「イワンとホクトすり替り説」は少なくともその重要な存在意義自体を失ったことを意味します。

モスクワ動物園はペルミ動物園から到着したA1をヴォロコラムスク付属保護施設に入れたことは間違いないでしょう。 しかしシモーナの産んだ雄の双子であるS1とS2は園内のバックヤードで一緒に飼育したはずです。 何故なら、この双子はシモーナから引き離される直前まで飼育展示場で展示されていたことは間違いなく、そしてバックヤードでも一緒に飼育したほうが扱い上は遥かに簡単であり、そしてS1とS2は2002年5月31日と6月24日という近接した日付でモスクワ動物園から中国(北京)と日本(旭川)に送り出したわけです。 一方でモスクワ動物園から130キロ離れた場所にあるヴォロコラムスク付属保護施設に収容されていたはずのA1を自園で飼育していてバックヤードに収容していたS2がすり替る、あるいは発送ミスをするということは有り得ないわけです。 どちらも同じ年齢の雄であるA1とS2ですが、A1ではなくS2を旭川に送ることにしたのはモスクワ動物園の判断だったような気がします。何故ならS1とS2は双子であり、比較的近接した時期に送り出すことのほうが扱いがうまくいくと考えたような気がします。 そしてS1は5月末に中国へ、S2は6月に日本へということになったのでしょう。 A1はすでに3月に日本に向けて送り出しており、A1とS2の「すり替り」が行われたとすればそれは2002年3月以前の話となるはずですが、A1とS2は同じモスクワ動物園とは言っても130キロ離れた場所に飼育されていたはずですから「すり替り」や「発送ミス」を想定するのは困難です。つまり「イワンとホクトすり替り説」は成立しないということです。 つまりS2は旭山動物園のイワンでありA1は姫路市立動物園のホクトであることは間違いない事実だろうということです。

以上から、「イワンとゴーゴ兄弟説」及び「イワンとホクトすり替り説」は成立しないということです。それが結論です。つまり旭山動物園の当時の種別調整者であったFさんの出した結論である現在の公式情報、つまり、

・イワン(#1698 - 旭山動物園)は2000年11月20日にモスクワ動物園で誕生し、母親はシモーナ、父親はウランゲリである。
・ホクト(#1684 - 姫路市立動物園)は2000年12月8日にペルミ動物園で誕生し、母親はアンデルマ、父親はユーコンである。


これらは正しいということを意味するわけです。 以上です。

(*後記) イワンというホッキョクグマは1Fの水槽側から撮影するのと2Fのテラス部分から撮影するのとでは別のホッキョクグマにさえ見えるほど印象が異なる場合があります。 1Fから撮影したイワンは確かにゴーゴに似た顔を見せることがありますが、2Fから撮影すると彼の頭部は彼の父であるモスクワ動物園のウランゲリに非常に似ているということがわかる写真が撮れるわけです。 このあたりはなかなか微妙な問題です。

(*後記2)モスクワ動物園では今回の2000年誕生個体の他に2007年誕生個体、2009年誕生個体にも血統疑惑があるわけです。 2007年誕生個体に関する疑惑はこちら、2009年誕生個体に対する疑惑はこちらをご覧ください。 実はこの三つのケースには同じパターンがあるわけです。 欧州(or 日本)、中国の二つが同時に絡んだ時に常に起こるわけです。 ここに何かの不気味な「暗黒の闇」の存在が関係していることを窺わせるわけです。

(資料)
РИА Новый Регион (Jul.17 2001 - Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком)
Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo (by I. V. Yegorov, Y. S. Davydov, Moscow Zoo, Russia)

(過去関連投稿)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (1)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (2)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (3)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (終)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (上)
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北海道4園のホッキョクグマ飼育「中間報告」が語ること
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ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカ (Шилка Красиновна) の偉大で華麗な血族たち
「ロシア血統の謎」に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う
「ロシア血統の謎」に迫る(2) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (前)
by polarbearmaniac | 2015-04-26 23:00 | Polarbearology

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