街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ベルリン動物園の故クヌート(2006~2011)の死因は「抗NMDA受容体抗体脳炎」 ~ ウィルス不特定の謎解明

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故クヌート(2006~2011) Photo(C)dpa

ベルリン動物園でサーカス出身のホッキョクグマであるトスカから2006年12月に誕生して人工哺育で育てられ、そして2011年3月に飼育展示場において発作を起こして水に転落して死亡したクヌートについてはホッキョクグマファン以外にもよく知られたホッキョクグマでした。おそらく近年では世界で最も有名なホッキョクグマだったと言えるでしょう。

このクヌートの死因についてベルリンのライプニッツ研究所を中心とした専門家チームが徹底的な調査を行い、すでに最終報告書が発表されており、それは「ベルリン動物園の故クヌートの死因解明の最終報告書が発表される ~ 『ウィルス感染による脳炎』」という投稿でご紹介していますのでまずそれをじっくりとご参照下さい。この最終報告書においてもクヌートに脳炎を引き起こしたウィルスが特定できなかったわけです。原因がウィルスにあると結論付けたにもかかわらずそのウィルスが特定できないという状態の不可思議さには問題がないわけではなかったものの、それ以上の原因追究は不可能であったという限界を示してもいたことになります。ところがここにきて、何故ウィルスが特定できないかの理由を解明した新しいクヌートの死因(死を引き起こしたもの - Todesursache) の新しい説明がなされました。これでクヌートの死因の完全な説明がついたものと考えて間違いないでしょう。

ライプニッツ研究所のグリーンウッド教授がベルリンのシャリテ病院の神経学者のチームと共にこのクヌートの死因をさらに追及し、驚くべき結論を導いたとのことです。実はクヌートの脳の組織サンプルを検査したザールラント大学のマイヤー教授が、そのDNA配列に特殊な異常は生じていたことをすでに発見していたわけですが、そういう事実を踏まえてグリーンウッド教授の率いるチームの導いた新しい結論は、クヌートの死をもたらせた原因はなんと人間だけの病気とされている「抗NMDA受容体抗体脳炎 (Anti-NMDA-Rezeptor-Enzephalitis)」だったのだ、ということだそうです。

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(C)Boston Globe

これは、脳の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体、NMDA型グルタミン酸受容体に自己抗体ができることよる急性型の脳炎だということです。これをもっと簡単に言えば、あのホラー映画である「エクソシスト」の原作モデルになった少年の症状が、この抗NMDA受容体抗体脳炎の症状そのものだということだそうですから、なんとなく想像もつくような気がします。これについては日本大学医学部・神経内科の亀井聡先生のまとめられた「抗NMDA受容体脳炎の最近の動向」をご参照下さい。二歳の子供がこの症状を起こした時の映像は以下です。



一方この下の映像は「エクソシスト」の一シーンであり、このシーンの少女の状態もこの映画のモデルとなった少年の「抗NMDA受容体抗体脳炎」の症状に極めて近い状態なのだということです。



要するにクヌートはこの状態に陥り、そして水中に落下して死亡したということが今回の新研究の結論ですが、注目されているのは本来人間だけの病気が動物(ホッキョクグマ)にも発生したという点のようで、これはむしろ医学的、生物学的な驚くべき新発見という評価のほうがクヌートの死因という点よりも重要となるものと思われます。

ドイツではこの件について現在報道管制が行われているそうで、おそらくそれはホッキョクグマ(クヌート)のことよりも、人間にとっても医学的発見を意味するからなのかもしれません。異なる種(人間とホッキョクグマ)に同じ病気が発生した...これが驚愕の事実として発表されることになるのでしょう。週末に一斉にドイツで報道されることとなるでしょう。

(*追記 - やはり週末から欧米で大きく報道されています。BBCのニュースをご紹介しておきます。)



(資料)
Berliner Kurier (Aug.24 2015 - Eisbär Knut starb an Menschenkrankheit)
Boston Globe (May 27 2013 - When the brain is under attack)
「抗NMDA受容体脳炎の最近の動向」亀井 聡 日本大学医学部 内科学系 神経内科学分野 主任教授 SAKURA 東京集会 2012 | 2012/11/23
(追加資料)
Scientific Reports (Aug.27 2015 - Anti-NMDA Receptor Encephalitis in the Polar Bear (Ursus maritimus) Knut)

(過去関連投稿)
ベルリン動物園のクヌートが急死! ~ ホッキョクグマのアイドル、死して永遠・不滅の伝説となる...
ベルリン動物園がクヌートの検死解剖結果を発表 ~ 「死は脳に生じた重大な変化が原因」
ベルリン動物園のブラスキエヴィッツ園長、クヌートの脳の疾患について語る
クヌートの死因、脳脊髄液腔(Hirnwasserkammer)の異常とライプニッツ研究所が明らかにする
クヌートの死因の結論出る ~ 脊髄の炎症
クヌートの頭部の断層X線写真の再現画像で見た頭蓋骨 ~ 形状には異常なし
ドイツ・ヴッパータール動物園のイェルカ、突然逝く
ドイツ・ヴッパータール動物園のラルス(クヌートの父)、病状回復へ
ドイツ・ヴッパータール動物園の故イェルカの死因はヘルペスウィルス(Zebra herpesvirus)の感染と判明
ベルリン動物園の故クヌートの死因解明の最終報告書が発表される ~ 「ウィルス感染による脳炎」
by polarbearmaniac | 2015-08-26 22:00 | Polarbearology

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