街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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アメリカ地質調査所(USGS)の報告書が語るホッキョクグマの将来 ~ 彼らへの挽歌

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イコロ (2015年9月11日撮影 於 上野動物園)

アメリカの内務省の管轄下にあるアメリカ地質調査所 (United States Geological Survey; USGS)は同国における自然・地理の関する研究を行い、その発表する報告書は事実上アメリカ政府の公式見解としての役割を担っているわけですが、実はこの6月下旬に “Evaluating and Ranking Threats to the Long-Term Persistence of Polar Bears” (PDF - 8.5 MB) という報告書によって地球温暖化、特にその大きな要因である「温室効果ガス(Greenhouse gas; GHG)」がもたらすホッキョクグマの生態への悪影響について、精緻なデータを基に非常に有意義な報告書を発表し、欧米のマスコミはこれを大きく報じたわけでした。この報告書(以下、本投稿では「USGSレポート」と略記することにします)の述べる内容は、今までいくつかの研究機関が行ってきた同種の研究報告の内容を吹き飛ばすほどに、北極圏に生息するホッキョクグマの未来に対して厳しい内容であり、まさにホッキョクグマに対する「告別の辞」とも言えるほどの悲観的な内容だったわけです。さらに内容的に非常に精緻であり、ここ数年のホッキョクグマの将来に関する研究報告のどれよりも説得力があるなど、まさに画期的な内容であり、ホッキョクグマのみをその対象としている当ブログでこの「USGSレポート」に触れないなどということは許されない話だと考えています。 実はこの「USGSレポート」は連邦政府の魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service - FWS) が作成している「ホッキョクグマ保護計画案(Polar Bear - Draft Conservation Management Plan -pdf 2.2MB)作成を担う一環としての役割もあるわけですが、非常に厳しい内容であるためにFWSの保護計画案に強いインパクトを与えることは必至でしょう。

実はここ数週間、カナダやロシアで人間と野生のホッキョクグマとの遭遇事件がいくつか起きており、今まででしたらそういった内容も簡単にこのブログでもご紹介してきたわけですが、今回はそういった小さな事件も「USGSレポート」との関連を視野において投稿したいと考え、まず本投稿では問題の「USGSレポート」(“Evaluating and Ranking Threats to the Long-Term Persistence of Polar Bears”) (PDF - 8.5 MB)の内容をごく簡単にまとめておきたいと考えています。その前に、この北極圏における氷塊の状態についてNASAの編集した映像を見てみましょう。



及びNASAの科学者の語る北極圏の自然の異変が我々人間にとってどのような影響を与えるかを述べているものもご紹介しておきます。



実はホッキョクグマの将来を憂う者の側には、どこかにあまり深刻には考えない心の隙があることは否めません。そもそも現在地球上に何頭のホッキョクグマが実際に生息しているのかの確実な数字はロシア極北地域の多くの場所での調査データが欠落していることによって科学的には確定してはおらず(一応の推定値はあることはありますが)、またすでに調査済みの地域でもホッキョクグマの頭数が非常に安定している地域があるなど、つまり「ホッキョクグマは絶滅の危機にある」と頭では認識していてもどこかに楽観的な考えを持っている場合が多いわけです。 しかしまず今回の「USGSレポート」の基礎になっている考え方は、"For polar bears, it's all about sea ice.” というスティーヴン・アムストラップ氏の考え方そのものであり、そしてそれに徹底的に貫かれ、現在の生息数は何頭であって近年の増減がどうなのかとか、ハドソン湾の海氷面積の多少の増減が頭数にどういった影響をもたらせたのかといったような議論はなく、全てがホッキョクグマの未来そのものを考察する内容です。そしてその結論は、我々の頭の片隅のどこかにほんの少し残っていた楽観的な考え方を木端微塵に打ち壊すものでした。

まず「USGSレポート」ではホッキョクグマの生態地域(Ecoregion)を四つのパターンに分類しでいます。 それは"Seasonal Ice Ecoregion" (「特定季節の海氷存在地域」とでも訳しておきましょう)、"Archipelago Ecoregion" (これは訳語が非常に難しいですが、「多島状海氷存在地域」としておきます)、"Polar Basin Divergent Ice Ecoregion" (これも実に訳語は厄介ですが「内湾海氷拡散地域」としておきます)、そして"Polar Basin Convergent Ice Ecoregion" (これは「内湾海氷氷結地域」とでもしておきましょうか)、この四つの生態地域(Ecoregion)に対して国連の「気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate Change :IPCC) の報告書で収集されたデータを用いて「温室効果ガス(GHG)」のレベルを二通りの場合に想定して、今世紀末までの環境がホッキョクグマにいかなる影響を与えるかを評価したという報告です。これらの四つの生態地域(Ecoregion)が実際のどの場所に該当するか、そして現在それぞれに何頭のホッキョクグマが生息しているかについては以下のUSGSの分類図をご参照下さい。
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(C)USGS

まず、現在の状態でCO2の排出が継続すれば「温室効果ガス(GHG)」のレベルの上昇によって"Polar Basin Divergent Ice Ecoregion" 、及び"Polar Basin Convergent Ice Ecoregion"における海氷は25年も早くほとんど消滅し、そして仮に他多国間の厳しい排出規制が行われたとしても2040年までは「温室効果ガス(GHG)」のレベルは上昇し、そしてそれを境にようやく減少に転じるものの2010年まで海氷の残る地域は、"Archipelago Ecoregion"、つまり上の図でオレンジ色で示されるカナダ北部の限られた地域だけになるという評価となったわけです。上の図だけで単純に言えば、現在生息していると推定される頭数を2万3千頭としますと、なんとそのうち五千頭しか残らないということになりますが、それはあくまで単純な計算であって実際はその十分の一程度の頭数しか残らないでしょう。

それから、この四つの生態地域(Ecoregion)別にホッキョクグマの頭数推移のシュミレーションをご紹介しておきます。代表濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways)(この詳細については日本語のこちらのサイトをご参照下さい)を基礎にして2100 年以降も放射強制力の上昇が続く「高位参照シナリオ」(RCP 8.5)と、「中位安定化シナリオ」(RCP 4.5)との二つの場合におけるこの四つの生態地域(Ecoregion)におけるホッキョクグマの頭数増減シナリオです。
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"Seasonal Ice Ecoregion"
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"Archipelago Ecoregion"
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"Polar Basin Divergent Ice Ecoregion"
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"Polar Basin Convergent Ice Ecoregion"
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(C)USGS

これを見ますと、ともかくホッキョクグマの頭数の落ち込みの激しさの予想には驚かざるを得ないということです。 この今回の「USGSレポート」を踏まえて、最近の出来事が意味するものを考えていく必要があると思われます。 やはり「絶滅」ということは現実のこととして受け止めておく心構えが必要でしょう。 どうやっても、もう手遅れであるということをこの「USGSレポート」は示しているわけです。 そしてそこには一筋の光明といったものすら、もう全く無いということです。 実は最近気になるのはロシアが自国領内のホッキョクグマの頭数調査について欧州との協力体制に非常に消極的になっている点で、実はロシア国内の野生のホッキョクグマの頭数は予想していたよりもはるかに少ないのではないかという懸念が生じてきたことが何かの原因ではないかとも考えるわけです。 それについては稿を改めたいと思います。

(資料)
United States Geological Survey (“Evaluating and Ranking Threats to the Long-Term Persistence of Polar Bears” 2015)
United States Geological Survey ("Changing Arctic Ecosystems" 2014)
U.S. Fish and Wildlife Service ("Polar Bear - Draft Conservation Management Plan")
The Guardian (Jun.30 2015 - Greenhouse Gases the Biggest Extinction Level Threat to Polar Bears)

(過去関連投稿)
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by polarbearmaniac | 2015-09-12 22:30 | Polarbearology

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