街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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北米の過去約100年間の飼育下のホッキョクグマ出産記録が語ること ~ 再び考えるキャンディの今後

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キャンディ (Aug.23 2015 於 円山動物園)

ホッキョクグマの出産年齢に関しては今までこのブログではその最高齢記録も含め、研究者のデータを参照したり飼育下の具体例に当たってみるなど、大袈裟な言い方をすればマクロ的にもミクロ的にも向き合ってきたつもりです。何故この問題を追及するかと言えば、それは日本のホッキョクグマ界に何頭か存在している繁殖可能年齢の上限に接近している個体の出産の可能性について何らかの示唆を与えるデータを知りたいという気持ちからです。これは札幌のキャンディの今後をどうしてやったらよいかというテーマにも直結しているわけです。今回は今までこのブログでは使用していない全く別のデータを用いてホッキョクグマの出産年齢というテーマを再考してみたいと思います。その前に前回このテーマを扱った投稿である「ホッキョクグマはいったい何歳頃に最も出産するのか?」、さらに「ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園のウスラーダの歩む道 ~ 再説: 繁殖可能年齢上限」という二つの投稿を再度是非ご参照頂ければ幸いです。この二つの投稿で用いたデータは野生のホッキョクグマに関するものでした。今回用いるデータは今年2015年に発表された “Reproductive trends of captive polar bears in North American zoos: a historical analysis” という最新の調査研究報告からのデータですが、これは飼育下のホッキョクグマについてのものである点で、まさに今回のテーマを考えるうえで最も有効なデータだろうと思います。この最新の研究報告を作成したチームのメンバーにはアメリカのトレド動物園のランディ・メイヤーソン博士も加わっています。

この最新の研究報告で集められたデータは、血統登録台帳の1912年から2010年までの約100年間の北米の動物園で飼育されていたホッキョクグマの456回の出産によって誕生(そして成育)した697頭の個体についての集積データです。今回はあくまでもホッキョクグマとその出産年齢に関する部分のみ本投稿で扱うこととします。原文をご参照していただくのも煩わしいと思いますので、結論部分の集積データをグラフにしたものをご参照頂くこととします。そのグラフは以下です。ワンクリックしていただき開いたページの+記号をさらにクリックしていただくと拡大しますのでそれをご参照頂くこととします。
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(出典)"Reproductive trends of captive polar bears in North American zoos: a historical analysis" (Figure 2 - Age distribution of dams and sires at time of litter birth.)

まずこのグラフの横軸は出産があったときの両親の年齢であり、黒(Dam)は母親、灰色(Sire)は父親を示します。さらに縦軸は出産数を示します(出産頭数ではありません)。これを見ますと雌(母親)の出産は5歳から急カーブで上昇し11歳にピークを迎えます。その後は平均寿命に満たずに亡くなってしまうホッキョクグマもいるわけですから幾分全体の出産数は落ちはしますが、21歳あたりまでは比較的安定して推移しています。雄(父親)の場合もほとんど似た傾向を示しています。最高齢で出産した雌は26歳となっていますが、ホッキョクグマは人間の場合と異なり、ほとんどが11,12月の誕生であり母親の誕生日に近接した日付で生まれていますから、この26歳というのはほとんど27歳であるといったケースかもしれません。一方で4歳で出産したケースは、ほとんど5歳直前であった可能性もあります。ちなみにこの研究データでは極端に突出した2~3例については数字に入れていないそうですから、たとえばデトロイト動物園のドリスの35歳11ヶ月での突出した出産成功の世界記録はオミットされているこということだと理解してよいでしょう。こうして見ていきますと以前に御紹介した野生のホッキョクグマの出産年齢の傾向と非常に似ているということもわかります。

さて、この456回の出産データは非常に貴重なものなのですが、これらは全て出産後に育児に成功し、そして赤ちゃんが少なくとも6ヶ月生存した場合のデータであり、出産しても食害や死産や衰弱死した場合などは含まれていないことを留意する必要があります。さらに、出産数を積算したデータですから、その母親の何回目の出産であるのかなどは読み取ることはできないわけです。ここ20年ほどの間で、それまで一度も出産経験がなかったにもかわわらず初産で出産(そして育児)に成功した例はデトロイト動物園の故ベアレの20歳というのが記録であるという理解はほぼ間違いないわけですが、大阪のバフィンが23歳間近であった22歳の時点での出産成功については彼女は過去に3回出産していたという事実があるわけで、バフィンにとっての22歳でのモモの出産とベアレの20歳での初産成功とは意味合いが異なるわけであり、そういったことについてはこのデータは何も語らないわけです。 こういったこと全体から考えて、このデータで雌が21歳以上で出産している場合は初産ではなく、もう何回か出産・育児に成功しているベテランの母親のさらなる出産を意味していると理解してよいということです。日本で言えばララがこれに該当することになるというわけです。ですから、このグラフを見て23歳や24歳や26歳でも出産している雌がいるのだから、そういった年齢まで雌のホッキョクグマは繁殖に挑戦させるべきなのだという考え方は、過去に出産(そして育児)を繰り返して成功したホッキョクグマに対しては言えても、過去において出産(そして育児)に成功したことのないホッキョクグマに対しては言えない、つまり正しくはないということです。
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キャンディ (Nov.3 2015 於 円山動物園)

札幌・円山動物園のキャンディは本日現在23歳です。彼女の最初の出産は彼女が20歳になったばかりの時であり、それを含めて今まで3回出産したわけですが赤ちゃんの成育は失敗しています。この3回の失敗を踏まえて仮に彼女が来シーズンまた繁殖に挑戦しようとすれば、彼女が24歳となった時点での出産となるはずで、今回ご紹介している研究報告のデータに当てはめれば出産と育児の成功は極めて厳しい状況であると考えてもよいかもしれません。出産はするものの、その後に問題があるというケース、つまり彼女の場合は育児を行うという鋭敏な本能の発揮への移行に問題があると考えられる場合はphysicalな問題ではなくmental な部分における問題なのだという理解を仮に行った場合、これを克服しようとすれば環境を大きく変えてやるというのが一つの手ではないかと思うわけです。そうなると彼女は現在のあの場所以外のところで、パートナーにはデナリ以外の繁殖能力が証明されている雄とペアを組んで繁殖に挑戦させるべきだという考え方が一つには出てくるでしょう。そうなるとパートナーはホクト(姫路)かゴーゴ(白浜)か豪太(男鹿)ということになるのですが、仮に変則的であれ都合よくこの三頭のどれかと組めたとしても、キャンディが果たしてそのパートナーと相性が良いかと言えばそれは未知数でしょう。さらに、新しい環境に彼女が慣れることができるかというのも未知数です。一方で彼女が札幌に残留すればデナリとの相性は悪くないわけですし、札幌の環境にも完全に親しんでいるというわけですからホクトやゴーゴや豪太と組む場合の相性問題のリスクや環境適応のリスクなどはないわけです。さて、こういったことを総合的に考えていったい彼女を今後どうしたらよいかということを考えるべきでしょう。私見では彼女が札幌に残留してまたデナリと組めば(工事の騒音問題は脇に置いておきます)、来年また出産の可能性はあると思います。ただし環境が変わらないわけですから、結果については今までと同じことが繰り返されるでしょう。一方で彼女が札幌を離れて首尾良く上記の三頭のどれかと組んだとして、環境適応の壁、相性の壁、加齢の壁という三つのハードルがあるわけです。しかし、その三つを乗り越えさえすれば出産後の育児成功を達成できる可能性は彼女が札幌に残留するよりも幾分かは大きいでしょう。何故なら、環境を大きく変えることによって彼女のmental な面への刺激となって、それまで働かなかった育児に対する本能が活動するチャンスがあるかもしれないからです。ただし今回ご紹介した北米における約100年間のデータが示すところによれば、来年の彼女は札幌に残留しようが離れようが、来年また繁殖に挑戦させて再来年の春になって赤ちゃんと一緒に戸外に出てくるという可能性には極めて悲観的にならざるを得ないということです。そうであるなら、もうこれ以上彼女に無理をさせる必要はないというのが私の意見です。どうしても来年以降も彼女を繁殖に挑戦させるのであれば、デナリ以外の雄をパートナーとして札幌以外の場所でのほうがよいでしょう。風向きを変える必要があるのです。"Candy at Sapporo Maruyama Zoo, the File Closed" それが正解だろうと思います。とはいってもやはり来年またデナリと札幌で繁殖に挑戦するという選択肢は、現実的にはやはりあり得るでしょう(工事の騒音問題は脇に置いておきます)。円山動物園と種別調整者がこの問題をどう考え、どう対応するかということに注目したいと思います。挑戦するということであれば当然応援します。
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デナリ (Aug.23 2015 於 円山動物園)

それから一つだけ述べておきたいのですが、ここ数年の札幌におけるキャンディの繁殖挑戦についてですが、デナリのあまりにも素晴らしい功績についてどなたも賞賛の言葉を発していないように思うのですが何故でしょうか? 20歳にもなっている雌のホッキョクグマを4年間に三回も出産させた彼の実力の素晴らしさ(しかもその期間中にデナリはそれに加えてララにマルル、ポロロ、リラの三頭を出産させています)を何故どなたも賞賛しないのでしょうか? 「仕事師」としてこれほど偉大な雄のホッキョクグマは世界にも片手の指の数しか存在していないということを我々は決して忘れてはならないのです。2012年の繁殖シーズンから今年の繁殖シーズンに至るまで雌を5回(ララ2回、キャンディ3回)も出産させた雄のホッキョクグマは世界中にデナリしか存在していないのです。もっとも二年サイクルと三年サイクルの繁殖の違いはあるわけですけれどもね。さらにロシア・サンクトペテルブルクの現在28歳のウスラーダは、こうした約100年間の北米の動物園における456回のホッキョクグマの出産記録の横軸の一番右端をさらに超えて延長していこうと挑戦しているわけです。だからこそウスラーダは「歴史上のホッキョクグマ」と言ってよいほどの、世界のホッキョクグマ界の頂点に君臨する偉大なホッキョクグマであるということが、こういったデータでもわかるわけです。こういうデナリやウスラーダの偉大さは世界レベルで見ていかねば正しく認識できないのです。育児能力についてのララ、そして繁殖能力についてのデナリというのはもう世界的レベルの存在として語るべきなのです。

デナリの大活躍したこの4年間にイワンやジャンブイはいったい何をしていたのでしょうか? 何もしていませんよ(ということはつまり、我々ファンも含めた日本のホッキョクグマ界に属する我々人間の側の怠慢ということになるのですが)。「札幌のキャンディ」、このゲームはデナリの独り勝ちだったということです。そして負けたのはキャンディではなく我々人間の側だったということです。

(資料)
"Reproductive trends of captive polar bears in North American zoos: a historical analysis" (2015)
"ANURSUS:A POPULATION ANALYSIS SYSTEM FOR POLAR BEARS (Ursus maritimus)" (1987)

(過去関連投稿)
ホッキョクグマはいったい何歳頃に最も出産するのか?
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園のウスラーダの歩む道 ~ 再説: 繁殖可能年齢上限
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(キャンディ関連)
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by polarbearmaniac | 2015-12-09 23:55 | Polarbearology

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