街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマの移動準備訓練の意義 ~ 麻酔使用の危険性の回避と移動時のストレス軽減の効用

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移動準備の訓練中のニキータ Photo(C)KCTV

アメリカ・ミズーリ州のカンザスシティー動物園で飼育されていた9歳の雄のニキータがノースカロライナ州アッシュボロのノースカロライナ動物園に移動するためカンザスシティーを出発したことについてはすでにご紹介していましたが、そのニキータは無事にノースカロライナ動物園に到着したそうです。この移動の準備のためにカンザスシティー動物園は事前に三か月間、このニキータに移動準備のための訓練を行っていたそうです。ホッキョクグマを輸送するためには移動用のケージに入れねばならず、もし仮に移動日、もしくはその前日にケージに入れるためには麻酔を使用したりなどもするわけですが、最近の欧米ではもう麻酔の使用は行わない方針の動物園が増えているわけで、麻酔を使用しない場合は前もってかなりの時間にわたり訓練(トレーニング)によってホッキョクグマを移動用ケージに慣れさせるというやり方をシスティマティックに行い始めているのが欧米での傾向になってきています。実はこれは何日間も要する手間のかかる訓練なのですが、麻酔を使用しないという目的のためには時間がかかってもよいという考え方が根底にあります。今回のニキータの移動準備のためにカンザスシティー動物園が行った訓練のごくごく一部を下の映像でご覧いただきたく思います。単に食べ物を与えているといった以上の意味があるわけです。



三か月間も要したこの移動訓練ですが、ニキータが一日に1~2回、何の抵抗も感じずにこのケージに入るようになっていたそうです。ニキータの好物であるハンバーガーや魚で彼をおびき寄せるわけですが、そうやって彼の警戒心というものを長い時間にわたって無くしていくという根気強さが必要となります。ドイツ・ミュンヘンのヘラブルン動物園で二歳になっているネラとノビの双子も移動のために数か月この訓練を受けているそうです。
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Photo(C)KCTV

我々の日本という国は内陸運送費用が極めて高く、移動用のトラックは運送日の特定の時間に動物園に到着し、そしてホッキョクグマが入れられた移動用ケージを搭載してスケジュール通りに目的地に運送するわけですが、これはチャーター便ですので仮に待機などをさせれば追加の費用も極めて輸送費用は一層高額になるため、何が何でも人間のスケジュールにホッキョクグマを無理やり組み込む必要があります。そのためには麻酔の使用が頻繁に行われるというわけです。「キャンディ、周囲の期待の去った時がチャンスか?」という投稿でご紹介している最初のニュース映像でキャンディが豊橋で札幌への移動のために麻酔を打たれるシーンを見ることができるのですが、そのあとでチャーターされたトラックが待っているわけですし、さらに便が決定している航空機で輸送されることを考えると麻酔の使用も止む無しとも考えられるのですが、実はこれは事前に移動準備の訓練さえ行っていれば麻酔の使用は必要なかったわけです。ただし移動準備訓練には相当の日数が必要ですし飼育員さんの負担も大きいという点は考慮に入れておく必要はあります。ロシアでは動物園がトラックを自園で所有していて動物たちの移送や飼料の輸送にそれが使用されるわけですが、そのためにトラックを運送会社からチャーターする必要がないために細かい輸送のスケジュールは非常に幅を持たせることができるわけで、そのためもあってかロシア国内の陸路でのホッキョクグマの移動にはほとんど麻酔を使用しないそうです。例外的だったのは2013年6月のセードフ司令官の移動の時くらいなものではなかったでしょうか。移動用ケージにホッキョクグマを入れるのに予想外の日数や時間がかかってもトラックを特定の時間にチャーターする必要が無いため余裕をもって作業が行えるからです。
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Photo(C)KCTV

日本の動物園関係者は麻酔の危険について非常に軽視しているのではないでしょうか? 私が非常に驚いたのは、札幌の円山動物園で2012年8月にデナリを「世界の熊館」内を移動させるために麻酔を使用したという件です。たかが園内移動にすら麻酔を使用するというのは、これは正に狂気の沙汰以外の何物でもありません。あの時に我々がデナリを失っていたとすれば日本のホッキョクグマ界の大損失は計り知れないわけです。麻酔というものは「今まで何回か使用して大丈夫だったから今回も大丈夫だ。」などというのは間違いで、「今まで何回か使用して大丈夫だったから今回はそろそろ死ぬ時だ。」というように考えておくべきなのです。オーストラリアのシーワールドがロシア・サンクトペテルブルクのレニングラード動物園でウスラーダの産んだ双子のリューティクとリアを購入して2001年にオーストラリアに移送させるときにレニングラード動物園対して「絶対に麻酔を使用するな」という条件を付け、そして同園がこの双子を移動用ケージに収容する際に、わざわざその様子を監視に行ったという話は有名なのです。ロシアのクラスノヤルクス動物園で以前にやはりホッキョクグマの園内移動がありました。その時のことは是非「ロシア・クラスノヤルスク動物園がフェリックスの園内移動に3週間も費やす ~ ロシア人の大陸的な悠長さ」という投稿をお読みいただきたいのですが、もうこれはロシア人にしかできない悠長さです。しかし考えてみれば、だからこそロシア人はホッキョクグマと「相性が良い」とも言えるわけです。そこまではともかくとして、日本でもホッキョクグマの移動に際しては事前に移動準備訓練を行うべきでしょう。それによって麻酔の使用を回避し、移動時のホッキョクグマのストレスをいくらかでも軽減してやる必要があるわけです。最近では日本でもホッキョクグマについて訓練が流行しているようですが、それでしたら移動準備訓練を行うことも可能でしょう。我々ファンは動物園関係者の行うことについて目を光らせておかねばならないと考えます。そういったお互いの緊張感があってこそ初めて日本のホッキョクグマ界の前進と発展を確かなものにすることができるだろうと思っています。

(資料)
WMC Action News 5 (Dec.31 2015 - Nikita practicing to leave Kansas City on FedEx plane)

(過去関連投稿)
野毛山動物園・しろくまの家 ~ 主なき家の悲しさ
動物園による情報公開 ~ アメリカ・バッファロー動物園でのホッキョクグマ連続死亡事件
アメリカ・アリゾナ州レイドパーク動物園のボリス、麻酔の副作用で死亡
カナダ・ケベック水族館の11歳のティグアク、歯科治療の麻酔中に亡くなる
アメリカ・フロリダ州オーランド、シーワールドのジョニーが急死 ~ 繰り返される麻酔関連の死
ウスラーダお母さんの2頭の子供たちとの別れ
ロシア・クラスノヤルスク動物園がフェリックスの園内移動に3週間も費やす ~ ロシア人の大陸的な悠長さ
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
カナダ・ケベック州、サンフェリシアン原生動物園でのイレの健康チェックトレーニング
カナダ・オンタリオ州コクレーン、「ホッキョクグマ居住村」のヘンリーに給餌を兼ねた訓練が行われる
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園でのホッキョクグマへの訓練 (Training)
by polarbearmaniac | 2016-01-09 07:00 | Polarbearology

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