街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア橋北地域で働く人々とホッキョクグマの不思議な関係 ~ 「蜂蜜(мёд)を食べるお方」への敬意

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Photo : AcidCow

ロシア人にとって「熊」というのは我々とは全く異なる感覚があるようです。ロシア語の「熊」(медведь メドヴェーチ)というのは「蜂蜜 мёд を食べるお方 поедатель」という意味から来ているそうで、キリスト教が伝来する以前にロシアの自然宗教で熊は神だったという文化的背景があるそうです。この場合の「熊」とは本来はホッキョクグマを指しているものではなかったはずですが、ロシア人が極北の地域に進出してホッキョクグマたちと遭遇しても、やはりホッキョクグマに対しては通常の「熊」に対するものと同じ感覚を抱いているらしいことの理由にはこうした文化的・宗教的な伝統に基づくものだと考えてよいでしょう。なるほど、ロシア語でホッキョクグマのことを "Белый медведь(ベルィ・メドヴェーチ - 「白いクマ」)" と言いますが "Полярный медведь(パリャールヌィ・メドヴェーチ - 「北極のクマ」)" という言い方は滅多にしませんね。つまりこれは「蜂蜜を食べる白いお方」という歴史的・文化的理解を背景にした観念が根底にあるからなのでしょう(もちろん野生のホッキョクグマが蜂蜜を食べる情景は想像しにくいですが)。文化的・歴史的・言語的な背景でホッキョクグマを "Белый медведь(白いクマ)" というわけです。一方で科学的(生物学的)概念では "Полярный медведь(北極のクマ)" という言い方になるわけですが、これはロシア人が本来歴史的に持っている「熊」に対する敬意が出てこないわけで、あまりこの言い方は用いられないというわけなのでしょう。 さて、この下の映像は帝政ロシア時代の1912年から1914年まで行われた北極海探検の映像です。この映像の開始後1分20秒後あたりから以降をご覧ください。



上の映像のような感覚をロシア人は遭遇したホッキョクグマに対して抱いていたということです。その後の革命以降のソ連時代についても全く同様であり、以前の「ロシア極北・ネネツ自治管区のアンデルマの街とホッキョクグマたち ~ 人に身近な存在のホッキョクグマ」という投稿をご参照頂きたいのですが通常の感覚では理解しにくい住民たちとホッキョクグマとの関係を示す何枚かの写真をご紹介しています。
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Photo : AcidCow

さて次に、ごく最近公開された映像ですが、まずこれはロシア・ヤマロネネツ自治管区のナディム(Надым)という町の採掘所で働いている人々が現れたホッキョクグマの双子に食べ物を与えているシーンです。映像には映ってはいないものの実は母親も近くにいたそうで、この双子の様子を観察していたそうです。下をワンクリックして下さい。
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上の映像のようなシーンはまずカナダでは見ることができません。野性のホッキョクグマに食べ物を与えることの是非は脇に置いておき、ここで働く人々にとってはホッキョクグマが現れればこうした行動を行うことに全く疑問を持っている様子がありません。

最近ロシアでいくつか話題となったホッキョクグマに危害を与えようとした行動や、ホッキョクグマの密猟といった問題はあるにせよ、ロシア人のホッキョクグマに対する感じ方、接し方には他の国の人々とはかなり異なるものがあることは間違いないでしょう。ノヴォシビルスク動物園で来園者がホッキョクグマに食べ物を投げ入れるといった行動には、どこかでこのロシア人の「熊」というものに対する考え方の背景に存在している過去の文化的・歴史的な認識の一部が関係しているのかもしれません。私にはあれは単純にマナーの問題であると簡単には言い切れない何かの要素があると感じています。本来は投げ与える行為は全て禁止しなければいけないものを、動物園公認のものならばよいのだという発想の根底には、「与える行為」それ自体を否定しない考え方があるわけです。あそこには屈強のガードマンがいつも3~4人配置されていて来園者の行為に目を光らせています。仮に来園者が動物園公認以外のものをホッキョクグマに投げ与えたときのガードマンの注意の言葉は動物園という場所にはふさわしくないほどの拡声器を使用した実に乱暴で威嚇的・威圧的なものです。ところが、動物園公認のものを投げ与えるのは当然何も注意しないわけです。動物園側があれだけガードマンを配置させるのならば、最初から食べ物の投げ入れそれ自体をガードマンに厳しく注意させればよいものを、公認のものならばよいのだというのは不思議な話です。つまりあのノヴォシビルスク動物園のホッキョクグマ飼育展示場での「食べ物投げ入れ」は「投げ入れ行為」自体を是とする歴史的・文化的背景が根底にあるとしか私には解釈できません。つまりあの行為は、「蜂蜜を食べる白いお方」に対する敬意の表現である....そういう解釈がひょとして正しいのかもしれません。

(*追記)余談になるのですが、私が一昨年9月にノヴォシビルスク動物園に三日間通ったのですが最初の日は平日で小雨が降っていて肌寒い日でした。そんな日には動物園を訪れる人は非常に少なかったわけです。その日に私はゲルダお母さんとシルカとの初対面をしたのですが、ゲルダお母さんもシルカも最初の30分ほどはずっと私の顔ばかり見ているのです。来園者が非常に少ないためにゲルダお母さんは私に「今日はお客さんが少なくて食べ物を投げてもらえないのです。あなた、早く何か食べ物を私に投げてくださいな。」という表情をして期待して私の顔ばかり見ていたというわけです。私は何枚もこの親子のカメラ目線の写真を撮り、そして彼女たちを長い時間ずっと観察していました。しばらくしてふと気が付いたのですが、私の20メートルほど横で2名の屈強のガードマンが無言で私を睨みつけていたのです。要するに「こんな長い時間ホッキョクグマの前にいるお前は、きっと何か動物園公認のもの以外の食べ物をホッキョクグマに投げ与えるチャンスを狙っているのだろう。俺たちはそれを絶対見逃さないからな。」という態度に見えました。私は背筋が寒くなると同時に非常に腹が立ちましたね。私の訪問の初日は三時間ほどだったのですが、全てホッキョクグマ飼育展示場に張り付いていたわけです。その間中、このガードマンたちは私から一切視線を外すということがなかったというわけでした。

(資料)
Москва-Баку.ru (Mar.21 2016 - Шахтеры накормили белых медведей пирожками с рук)
Главная страница (Экспедиция Седова Г.Я. к Северному полюсу с 1912 по 1914 гг.)
AcidCow (feeding polar bears)
Blogos (Nov.4 2009 - 佐藤優の眼光紙背)
東京外国語大学(沼野恭子研究室 - ウォッカより古いロシアの蜜酒「ミョート」)

(過去関連投稿)
ロシア極北・ネネツ自治管区のウスチ・カラ村に現れたホッキョクグマ ~ 人とホッキョクグマの生命の尊重
ロシア極北・ネネツ自治管区のアンデルマの街とホッキョクグマたち ~ 人に身近な存在のホッキョクグマ
ロシア極北 チュクチ自治管区の村落、リィルカイピの人々とホッキョクグマとの関係
ホッキョクグマ・アイカ と レディン一家の物語 ~ 愛情の日々、そして悲劇的な終末へ
by polarbearmaniac | 2016-03-24 00:15 | Polarbearology

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