街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園が静岡・日本平動物園に突き付けた法外な条件

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ウスラーダお母さんとピョートル(ロッシー) 
Photo(C)Ленинградский зоопарк

いやはや、まったくレニングラード動物園は常識を外れた極めて高飛車な要求をしてきたものです。3月25日に行われた静岡市長の定例記者会見の内容が静岡市より公開されています。それを以下に要約します。

・3月31日にサンクトペテルブルク市の文化委員長とレニングラード動物園のスキーバ園長などが出席してホッキョクグマのピョートル(ロッシー)の貸与期間延長に関する合意書の調印式を行う。

・ピョートル(ロッシー)の貸与期間延長に関する合意書には、繁殖した子グマ5頭をレニングラード動物園側に引き渡した時点でロッシーの所有権を日本平動物園に譲渡するという内容が新たに盛り込まれることとなった。

こういうことです。欧米やロシアの動物園におけるホッキョクグマの貸与から所有権移転への移行についてこれほど奇想天外な条件を私は聞いたことがありません。完全に足元を見られてしまっていますね。「繁殖した子グマ5頭をレニングラード動物園側に引き渡した時点で...」という文言ですが、そもそもこれと当初の契約書の繁殖個体の所有権の帰属についての条項が抵触・矛盾しないかという重大な問題が真っ先にあるわけですが、とりあえずそういった契約条項の法的整合性の問題は脇に置いておき、「子グマ5頭を繁殖・成育させる」というのは繁殖が極めて難しい飼育下のホッキョクグマでは本当に容易ではありません。日本平動物園がピョートル(ロッシー)の所有権獲得に興味が無く、永遠にずっと不自由であるこのままの貸与でよいのだと考えているのだと理解するしかありません。そうでなければ実におかしな話になってしまいます。

何故レニングラード動物園がこのような新条件を合意契約書に盛り込むように要求してきたかについて私はその理由と背景がかなり理解できます。まず「ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の28歳のウスラーダ (Услада)、出産ならず」という投稿をご参照下さい。レニングラード動物園で飼育されている名実共に世界最高のペアであるウスラーダとメンシコフですが、もうこのペアの間に新しい個体が誕生することは無いだろうという見通しのもとで、レニングラード動物園はホッキョクグマの赤ちゃんを売却して利益を上げることができなくなったわけです。仮に繁殖に成功してもモスクワ動物園が盟主であるEARAZAの繁殖計画に組み入れられてしまい売却しても大きな利益にはならないわけですが、それでもないよりはましなのです。しかしピョートル(ロッシー)はロシア国外で飼育されているために、ピョートル(ロッシー)が繁殖に寄与した個体のうちレニングラード動物園が所有権を主張できるものに関しては有償売却が可能なのです。レニングラード動物園というのはロシアの動物園の中では入園料が最も高く、そして近年ではそれも毎年かなりの上昇を続けているのです。何故ならレニングラード動物園の財政は極めて厳しいために入園料を高く設定し、そしてそれをさらに毎年また上げていくということを行い続けているのです。レニングラード動物園はピョートル(ロッシー)が繁殖に寄与した個体を間違いなく自分たちが売却するという意図であることが今回の新設された条件でハッキリと読み取れるわけです。日本平動物園がいくら繁殖に努力しても日本のホッキョグマ界における頭数維持には相当長い期間に渡って何の寄与もできないということなのです。5頭の成育に成功しようとすれば平均的には連続して3~4回の出産・育児の成功が必要なのです。これができるのはヴァニラがシモーナ・ララ級のホッキョクグマであることが必要なのです。そもそも世界の繁殖現役世代の雌のホッキョクグマで5頭(以上)の繁殖・成育に成功したホッキョクグマを思いつくまま挙げれば、シモーナ、ムルマ、ララ、フギース、フリーダム、オリンカ、クリスタル、コーラといった有名で錚々たるメンバーのホッキョクグマだけのはずです。繁殖引退世代で存命しているホッキョクグマを挙げればアンデルマ、ウスラーダ、ヴィエナだけのはずです。こういった「入会」が「名球会」以上に難しいメンバーにヴァニラが加わるというのは常識的に考えても難しいです。ましてや強制離乳(あるいはひょっとして人工哺育)で育ったヴァニラにとっては酷な話なのです。
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ウスラーダお母さんとピョートル(ロッシー)、そしてクラーシン(カイ - 現ノヴォシビルスク動物園、大阪のシルカの父)
Photo(C)Ленинградский зоопарк

私は以前にも述べていますが、日本平動物園で繁殖に成功して成育した個体(その最初の5頭)のほとんどは中国に売却されるでしょう。何故ならウスラーダの息子であるピョートル(ロッシー)の血の入った個体を購入しようとするロシアの動物園などなく、そして欧州の動物園も購入しないでしょう。となれば日本のどこかの動物園がその個体をレニングラード動物園から購入する可能性があるかといえば金額面で中国に負けることは必至ですので無理でしょう。つまり、日本平動物園で生まれ育ったた赤ちゃんは次から次へと羽田から中国へと送られ、そしてその後にどうなるのかについてはブラックホールに入ってしまったような問題になるのです。中国の動物園は最近ロシアの動物園からホッキョクグマを購入しようにも、モスクワ動物園がEARAZAの繁殖計画の名目でそのロシアで生まれた個体のパートナーがいることを移動・売却の条件にし始めたために、そういった個体を用意できない中国の動物園はロシアからのホッキョクグマ購入の道を閉ざされつつあるのです(天王寺動物園はゴーゴがいたからシルカの入手ができたのです)。ところがレニングラード動物園が権利を持つピョートル(ロッシー)が繁殖に寄与した個体はロシア国外にいるわけですからEARAZAの繁殖計画を名目に購入希望個体のパートナーの存在の有無を問われることはないのです。つまり中国の動物園にとっては日本平動物園で生まれ成育した個体は金さえあればレニングラード動物園から購入できることになり、まさに絶好のターゲットなのです。レニングラード動物園は本当に日本平動物園で生まれた赤ちゃんを5頭まで根こそぎ自分のものにして売却しようという意図がこれでハッキリと明らかになったわけです。「ピョートル(ロッシー)の貸与期間延長のお願いに静岡市長がわざわざサンクトぺテルブルクに来たくらいだから日本平動物園は貸与期間延長どころか本当はピョートル(ロッシー)の所有権が欲しのだろう。そしてそのためだったら5頭を本当に繁殖・成育させようと必死になるだろう。そういうエサをぶら下げれば必ずこちらの条件は飲む」というのがレニングラード動物園の考え方なのです。それから、「子グマ5頭をレニングラード動物園側に引き渡した時点でロッシーの所有権を日本平動物園に譲渡する」そうですが、実質的には5頭の幼年個体とピョートル(ロッシー)1頭との交換ということと結果的には同じ意味なわけです。ひどくバランスの取れない条件です。レニングラード動物園はもう滅茶苦茶なほど高飛車な態度だと言えます。イジェフスク動物園のペアであるノルドとドゥムカの権利はいずれもイジェフスク動物園が有していないわけで、この二頭の間で繁殖に成功した個体の権利は全てモスクワ動物園に帰属することはおかしくないわけです。ムィコラーイウ動物園のジフィルカとナヌクのペアの権利についてもムィコラーイウ動物園が有しているわけではないのでこのペアの間で繁殖した個体の権利の全てがモスクワ動物園に帰属するのは不思議ではありません。ところが、日本平動物園のペアの片方のヴァニラの権利は日本平動物園にあるわけですから、ペアのもう一方であるピョートル(ロッシー)とヴァニラとの間での繁殖の成果を5頭まで全てレニングラード動物園に引き渡すことをピョートル(ロッシー)の所有権移転の条件にするのは全く理解不能です。
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ウスラーダお母さんとピョートルとクラーシン
Photo(C)Photo(C)Ленинградский зоопарк

私が日本平動物園だったらこのようなレニングラード動物園の新たな条件追加の要求は絶対に承諾しませんね。「そのような条件は受け入れられません。どうしても受け入れろと言うならばピョートル(ロッシー)はそちらにお返しします。」と強気で返事しますね。そしてピョートル(ロッシー)の代わりに、札幌市と交渉してキロルを入手してヴァニラのパートナーにしようと考えます。なにしろキロルは浜松での立場が微妙になっているわけです。バフィン親子の浜松への帰還に合わせてキロルを静岡に移動させて札幌市との間でキロルのBL契約の締結を狙います。それはまさにイコロの所有権が札幌市に残ったままでイコロがBL契約で上野に長期出張してきているのと同じ形を狙うわけです。「キロル/ヴァニラ」の組み合わせは「ピョートル(ロッシー)/ヴァニラ」の組み合わせよりも血統的に数段優るのです。何故ならキロルとヴァニラとの間には血縁関係は全く無いからです。

さて、日本平動物園はこうやってキロル入手のシナリオを前もって用意しておいて、とりあえず日本平動物園はレニングラード動物園の突き付けてきた条件を強く拒否すればレニングラード動物園は必ず折れるのは間違いないのです。以前にロシア国内の情勢については「静岡・日本平動物園のピョートル(ロッシー)、貸与期間10年延長へ ~「塩漬け状態」の日本永住へ 」という投稿で述べた通りなのです。実は弱い立場にあるのはレニングラード動物園であって日本平動物園ではないのです。日本平動物園はレニングラード動物園が語るままの諸々のストーリーを最初から信じ切っているようですが、実は全く違うのです。ロシアの動物園の(ホッキョクグマ)事情などピョートル(ロッシー)入手当時は誰も知っている人などいなかったのでしょう。本当に残念な話です。今回の件は静岡市長がもう決裁していますので、もうどうにもなりません。

ロシアという国、そしてロシアの企業とビジネスを行うのは実に大変なのです。こちらが一度でも低姿勢に出ると(つまり昨年静岡市長がわざわざレニングラード動物園に契約の延長を頼みに行った)、そこを容赦なく付け込んで(つまり今回のレニングラード動物園の条件追加)くるわけです。ロシア人というのは個人としては付き合いやすいし善良で情が厚く実に素晴らしい人たちが多いです。しかしビジネスや交渉事となると、本当にしたたかで手強いのです。

(*後記 - 3月31日のニュースです。)



(資料)
静岡市(市長定例記者会見(平成28年3月25日)- ロシアレニングラード動物園と貸与期間延長に係る合意書の調印式 ロシアレニングラード動物園と貸与期間延長に係る合意書の調印式)
静岡新聞(Mar.26 2016 - ロッシーの貸与期間延長へ 静岡市、ロシアと調印式

(過去関連投稿)
静岡・日本平動物園のピョートル(ロッシー)、貸与期間10年延長へ ~「塩漬け状態」の日本永住へ
静岡・日本平動物園のヴァニラの出産とその後 ~ 想定外の「突発事故」
by polarbearmaniac | 2016-03-29 00:15 | Polarbearology

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