街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園のウスラーダとメンシコフの不屈の挑戦

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ウスラーダ(左)とメンシコフ(右)
Photo(C)Алены Бобрович/Газета Metro

ロシア・サンクトペテルブルクのレニングラード動物園で飼育されている28歳の雌のウスラーダと推定27歳の雄のメンシコフについては、つい一昨日に「ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の最近のウスラーダとメンシコフ」という投稿を行ったばかりです。レニングラード動物園は通常はこのペアのこれまでの繁殖行動期である3月から4月上旬の発情期には同居をさせず、それをあえて外して4月中旬頃からの同居を行ったことは、同園自体がこの年齢の高いペアについての繁殖はもう想定しないという意向であったことを十分に示すものであったはずです。つまり同園自体がこのペアは繁殖の舞台からの事実上引退を認めたものであったと理解してよかったはずです。
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Photo(C)Алены Бобрович/Газета Metro

ところが一昨日の投稿の「後記」にも追加しましたが、このペアに22日に繁殖行為が確認されたわけで、おそらく同園はこれを想定していなかったものと思われます。このウスラーダは現在28歳で1994年以来10回の出産に成功して16頭の子供たちの成育に成功しています。これについては「ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の女帝ウスラーダの15頭の子供たちの姿」という投稿をご参照頂きたいのですが、その投稿のあとでさらに一頭(ザバーヴァ)の出産・成育に成功していますので合計16頭ということになるわけです。札幌のララが現在まで6回の出産で8頭の成育に成功していますが、ちなみにウスラーダが現在のララと同年齢の時点では7回の出産で12頭という子供たちの数だったわけで、やはりララを上回るペースでの実績を上げていたというわけです。ところがこのウスラーダの長女であるモスクワ動物園のシモーナ(札幌のララと同年齢)も現在までで7回の出産で12頭という子供たちの数はウスラーダのペースと並んでいるというわけです。ただしシモーナの子供たちの場合は血統登録情報の不正確さのために実際は子供は11頭かもしれないという点と、彼女のパートナーであるウランゲリが現在推定25歳となっている点で、果たしてシモーナがウスラーダを子供たちの数において凌駕できるかどうかは微妙な点もあると思います。将来このウスラーダの記録に並ぶことのできる可能性があるのはノヴォシビルスク動物園のゲルダかもしれません。
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Photo(C)Алены Бобрович/Газета Metro

さて、話をウスラーダに戻しますが、こうして彼女がメンシコフとの間で繁殖行為を行ったことが確認されたからには、レニングラード動物園は夏ごろから彼女への給餌量を増加させて出産の準備を行うことになるはずです。同園は "Но мы по-прежнему надеемся на Усладу и Меньшикова." (「ウスラーダとメンシコフにはまだ期待している。」)と言い出しており、これは非常に注目せねばならないでしょう。ウスラーダが今年の年末に出産に成功しれば29歳での育児を一年間行うことになるはずで果たして母乳が出るかどうかという点も気がかりではあります。しかしこのウスラーダというのは並みのホッキョクグマでは到底ありえず、「奇跡」のようなことをやってのける可能性は十分にあるわけです。日本のホッキョクグマ界では旭川のサツキが現在24歳であり、仮に彼女が年末に出産に成功した場合は25歳での育児となるわけですが、間違ってもウスラーダと同じように考えてはいけないでしょう。日本のホッキョクグマ界ではどうも種別調整者の方が雌は25歳までは繁殖に挑戦させようと考えていらっしゃるらしいことが垣間見えてくるわけですが、留意しておかねばいけないのは母親はそれから最低一年間は子供のペースに合わせて遊んでやったりなどという育児を行い、そして母乳も与えねばいけないという点です。そのためには健康状態が良くなければならないわけで、年齢を重ねた雌の場合はそれが難しくなる場合があるということは大阪のバフィンの例を見てもわかるわけです。バフィンの場合は運良く回復したわけですが、ではサツキやキャンディがどうかと言えば、やはりかなり心配な点があります。「まず出産に成功しないことにはその後はありえない。」ということは事実なのですが、その出産年齢をデータから読み取る際に楽観的に考えてはいけない理由があります。
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ウスラーダ(左)とメンシコフ(右)
Photo(C)Алены Бобрович/Газета Metro

以前に「ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園のウスラーダの歩む道 ~ 再説: 繁殖可能年齢上限」、及び「北米の過去約100年間の飼育下のホッキョクグマ出産記録が語ること ~ 再び考えるキャンディの今後]という二つの投稿で自然下と飼育下でのホッキョクグマの繁殖可能年齢上限について言及したことがあるのですが、そこでご紹介したデータによれば旭川のサツキや札幌の(来シーズン以降の)キャンディも確かに出産成功の可能性はあると思いますが、しかしそのデータで24歳以上で成功した例というのは全てそれまで何回も出産・育児に成功した「偉大なる母」の例であり、サツキやキャンディに当てはめることはできません。さらに留意しておかねばならないのは、そのデータが示す年齢は出産年齢であって、それから最低一年間は育児期間があるということです。これが問題なのです。そしてそれまで何度か出産・育児に成功している「偉大なる母」であっても、やはり年齢というものが立ちふさがる可能性があるわけです。

札幌・円山動物園のデナリの母であるシヌック (1977~2002)は25年の生涯で10頭の子供たちの出産と成育に成功した「偉大なる母」でした。彼女は2000年12月に彼女が23歳のときに自身の最後の子供であるアナーナ(あのバッファロー動物園で人工哺育された有名なルナの母親)を生み、そして育児に入ったわけですが、その頃からやや内蔵機能の低下が見られたものの懸命に育児を行い、そしておそらくそれが原因で体に無理がたたって亡くなってしまったわけですが、詳細は以前の投稿である「アメリカ・ユタ州、ホーグル動物園のシヌック(1977~2002 デナリの母)が最後まで殉じた母親役」を是非ご参照下さい。当時の貴重な写真をその投稿でご紹介しています。大阪のバフィンがこのシヌックのような姿になっても何ら不思議はなかったということなのです。ましてやサツキやキャンディなどはバフィンよりももっと危なっかしい感じがします。

ウスラーダは体、特に内臓が頑強らしく、そう簡単に倒れてしまうということはないかもしれませんが、しかし29歳で育児を行うとすればやはり負担は大きいでしょう。仮にウスラーダが年末に出産し、そして来年春になって親子で戸外に出てくるとすれば、同好のホッキョクグマファンの方々に申し上げたいのは、是非サンクトペテルブルクに行かれ、そして「世界の頂点」であり既に「歴史上の名ホッキョクグマ」となっているウスラーダの母親としての姿を見ていただきたいということです。ウスラーダほどの偉大なホッキョクグマの、その母親としての姿を見ることができるチャンスは、これからももう多分ないでしょう。ウスラーダこそが容易に凌駕しえないホッキョクグマの「頂点」なのです。

メンシコフ、ウスラーダ、16番目の子供のザバーヴァ(2014年)

私はよく人から「繁殖至上主義者」と見られているようです。確かに私は繁殖のためにはホッキョクグマを将棋の駒程度にしか考えない過激で思い切った移動案をここで何度も述べてきました。しかし私は年齢の高い個体(サツキ、キャンディ、バリーバなど)については早めに繁殖の場から解放してやるべきだと考えてそう書いてきたわけです。ところが種別調整者の方を中心とした日本の動物園のホッキョクグマ担当の方々は、移動については抑制的であるものの、個体の年齢については相当に高い年齢まで繁殖に挑ませようとしているように思います。同じ「繁殖至上主義(?)」であってもベクトルの向きは私とは正反対らしいということです。私は後者の考え方は危険であると思っていますが、しかし旭山動物園、円山動物園を中心として日本のホッキョクグマ界は「飼育個体数維持」を至上目的にして実践しようとしているようです。「移動」を重視するのか「高齢繁殖挑戦」を重視するのかといった考え方の違いですが、そもそも私は動物園関係者ではありませんから、できることはここでせっせと海外の事例やらデータをご紹介することだけです。

(*追記 - 欧州でも年齢の高い雌のホッキョクグマにパートナーを与えて敢えて繁殖を狙わせた例はいくつかあります。24歳だったシュトゥットガルトのヴィルヘルマ動物園のコリンナなどもその例です。「ドイツ・ニュルンベルク動物園のフェリックスがシュトゥットガルトのヴィルヘルマ動物園へ ~ 仕事師登場」という投稿をご参照下さい。また、23歳の雌のビンバをわざわざブダペスト動物園まで移動させて繁殖に挑戦させよとした事例などです。これについては「トスカーナの丘からドナウの真珠へ ~ 繁殖への希望をのせてビンバがブダペストへ 」をご参照下さい。このビンバは移動後一か月で亡くなりました。「ハンガリー・ブダペスト動物園のビンバ死す! 」をご参照下さい。さらに、22歳だったロストック動物園のヴィエナに新しいパートナーを付けるべくイタリアから個体を移動させた例もあります。「年齢差18歳に挑戦した衝撃のEAZAの繁殖計画 ~ ドイツの壮年個体に新しいパートナー決定 」をご参照下さい。このコリンナ、ビンバ、ヴィエナはいずれも出産・育児経験があったためにさらなる繁殖を期待されて新しいパートナーがあてがわれた例です。一方でロッテルダム動物園生まれのターニャ(1990 ~ 2013)は何頭ものパートナーをあてがわれたものの20歳までに全く出産経験がなかった時点でEAZAのコーディネーターは彼女の繁殖を事実上断念したのです。「ウィーン・シェーンブルン動物園、ターニャの孤独(上)」、及び「ウィーン・シェーンブルン動物園、ターニャの孤独(下)」をご参照下さい。これらの例から言えることは、22歳以上の雌の繁殖を狙う場合は、その雌に出産・育児の経験がある場合だけなのです。それが無い場合には20歳あたりで繁殖計画からは外してやるというのが欧州のやり方なのです。こういった例を知ると、サツキ、キャンディ、そして場合によってはルルも繁殖挑戦から解放してやってもよいという見解は容易に出てきそうです。20歳まで全く出産経験が無く、その後に出産・育児に成功したのは近年ではデトロイト動物園のベアレしか存在しないのです。「アメリカ、デトロイト動物園のベアレ逝く ~ 20歳で初出産に成功したサーカス出身のホッキョクグマの生涯」をご参照下さい。日本には日本の事情や考え方があるのだろうということで、これ以上述べることは今回は止めておきます。)

(資料)
Газета Metro (Apr.23 2016 - Белые медведи из Ленинградского зоопарка снова задумались о потомстве)

(過去関連投稿)
女帝ウスラーダとシモーナ、コーラ、リアの三頭の娘たち ~ 偉大な母親たちの三代の系譜
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園のウスラーダの歩む道 ~ 再説: 繁殖可能年齢上限
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の女帝ウスラーダの15頭の子供たちの姿
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の28歳間近のウスラーダ、その果て無き挑戦
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の28歳のウスラーダ (Услада)、出産ならず
ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園の最近のウスラーダとメンシコフ
by polarbearmaniac | 2016-04-24 00:15 | Polarbearology

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