街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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生後僅か三ヶ月の娘と一緒にスウェーデンからオランダへ移動した母フギース ~ バフィン親子の先例

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生後三ヶ月の娘のフリーダムと一緒にスウェーデンからオランダに到着したフギース(2002年3月14日) 
Photo(C)Ouwehands Dierenpark Rhenen

すでに先週金曜日に大阪市からバフィンとモモの6月の浜松市動物園への移動が明らかにされていることは御承知の通りです。実はこのホッキョクグマ親子が同時に他園に移動するという事例は少なくともこのブログを開設した2009年以来、海外では全くその事例がありません。まず親子が同時に他園に移動せねばならないという状況自体が想定しにくいわけだからです。ホッキョクグマ親子の姿というのは以前にも申し上げましたが世界中の動物園のどこでも 「神聖ニシテ侵スヘカラス」といった存在だからです。ホッキョクグマを飼育している動物園にとってはホッキョクグマの繁殖に成功すること自体が至難の技であり、それに成功した世界でも極めて限られた数の動物園だけがホッキョクグマ親子の存在を来園者に見せることができるわけで、そういった親子を同時に他園に移動させてしまうという状況そのものが極めて不自然で特殊な状況下でないと起こり得ないことだからです。

バフィンとモモ (Apr.23 2016)

さて、前回の投稿でも述べましたがバフィン親子を移動させるために使用する移動用ケージなのですが、通常の場合ですと親子をそれぞれ別のケージに入れるのが普通でしょう。そのためには親子を一度引き離さねばなりません。二頭を同時に麻酔にかけて、それぞれを別のケージに入れてしまうというやり方ならば比較的楽に行えそうな気はします。今さら「移動用訓練」(最近欧州ではこれを行う場合がよくあります)などやっていられる時間や余裕などないでしょう。
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フギース(2015年5月1日撮影 於 レネン、アウヴェハンス動物園)
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フリーダム(2015年5月3日撮影 於 レネン、アウヴェハンス動物園)

さて、このホッキョクグマ親子の同時の他園への移動について、では本ブログ開設前にそういった事例があったかということですが、実は一つだけあるのです。その時に同時に他園に移動した親子のホッキョクグマは、現在ではどちらも極めて偉大で有名なホッキョクグマとなっています。それは、オランダ・レネンのアウヴェハンス動物園で飼育されている現在22歳の雌のフギース(Huggies)と、現在15歳の雌のフリーダム(Freedom)です。この母娘は二頭ともに現在欧州でも屈指の「偉大なる母」となっています。

時は2002年3月13日、場所は北欧スウェーデン中東部のコルモルデン動物園 (Kolmårdens djurpark)のことでした。前年2001年の12月6日に当時8歳だった野生出身の雌(メス)のフギースは一頭の雌(メス)の赤ちゃんを出産しました。当時のコルモルデン (Kolmården)動物園は飼育展示場が全て岩、またはコンクリートだったためにホッキョクグマの飼育に適さないと厳しい批判と評価を受け、自園で飼育していたホッキョクグマ数頭を順次、欧州域内の環境の整った他園に移動させることを余儀なくされていたわけです。このフギースはロシア極北出身の野生孤児個体でありモスクワ動物園によって保護されたあとにオランダに移動し、その所有権はアウヴェハンス動物園が獲得していたわけです(当時はまだロシア政府が自国の野生保護個体を国外に出すことを認めていたと同時に所有権の国外移転も認めていました)。このフギースがオランダのアウヴェハンス動物園からスウェーデンのコルモルデン(Kolmården)動物園に移動したのは繁殖計画のためだったわけですから、そこで生まれた第一子であるフリーダムの権利は慣習的なBL契約の考え方では当然フギースを送り出したアウヴェハンス動物園にあり、母娘が帰還するとすればそれは当然アウヴェハンス動物園以外にはあり得ないということだったわけです。(*追記 - この関係は大阪の天王寺動物園と浜松市動物園との関係に酷似しているわけです。バフィン親子が移動せねばならない「事情」があるならば、その移動先はこの親子の権利を持つ浜松市動物園以外には考えにくいということと同じなのです。)
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コルモルデン動物園の飼育展示場(2000年8月) Photo:~U&M~

そしてフギースと生後たった三か月の赤ちゃんだったフリーダムは母娘一緒にスウェーデンのコルモルデン (Kolmården)動物園からオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園に移送されたのです。赤ちゃんはコルモルデン (Kolmården)動物園で一般公開されることなく、母娘はオランダに移送されたのでした。ここが肝心なところなのですが、その際にいったいこの母娘をどのような方法で輸送したかについては文章としての詳細な記録が残っていません。途中にフェリーを用いた陸路で行われたことだけはわかっています。以下の写真をご覧ください。これはコルモルデン(Kolmården)動物園よりの搬出なのですが、生後三ヶ月という体の大きさならば母親と一緒にこのケージ(これは当時の欧州内での移動用のものです)に入れることは可能だったような気もしますが、微妙かもしれません。ただしバフィンと現在のモモでは無理でしょう。
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Photo(C)Folkbladet

さて、こうして一日かけてスウェーデンのコルモルデン(Kolmården)動物園からオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園に移動したフリースと生後三ヶ月のフリーダムでしたが、無事にオランダに到着し、そして到着翌日に母娘一緒に飼育展示場に姿を見せたのでした。それが冒頭の写真です。 そしてさっそくフギースお母さんは娘のフリーダムに泳ぎを教えようとしたそうです。下がその様子を伝える写真です。
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フギースお母さんと娘のフリーダム(2002年3月14日) 
Photo(C)Ouwehands Dierenpark Rhenen

さて、こうしてこの母娘は無事にアウヴェハンス動物園に到着してすぐに飼育展示場に慣れていったというわけです。

この現在22歳のフギースはフリーダムを含めて現在まで7頭の子供たちの出産と成育に成功しています。実はもう一頭、2008年にスウィマーという赤ちゃんを産んでいるのですが戸外初登場の4日後の2009年3月21日、つまり生後104日目に悲劇がおこりました。 それはスウィマーの突然の死です。 この日はあのイコロとキロルの一般公開日の翌日だったわけです。スウィマーはプールで溺死と思われる「謎の死」を遂げているわけで、この赤ちゃんが無事に育っていれば8頭となっていたはずです。
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死亡した赤ちゃんに悲しむフギース Photo(C)EPA

このスウィマーの「謎の死」については「『ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual) 』よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?]、及び「オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生!」、及び「「情愛型」 と 「理性型」、「対象関与型」 と 「対象非関与型」 のそれぞれの母親像の違いを探る 」という三つの投稿をご参照下さい。一方、フリーダムは5頭の出産・成育に成功しています。

フギースの授乳(2012年3月3日) - Huggies nurses her twin cubs at Ouwehands Dierenpark, Rhenen (Mar.23 2012)

フリーダムの授乳 (2015年5月1日)- Freedom the polar bear nurses her twin cubs at Ouwehands Dierenpark, Rhenen, the Netherlands (May.1 2015)

さて、こうしてフギースの娘であるフリーダムは生後三か月の時に母親であるフギースと一緒にスウェーデンからオランダへ移送されてきたわけです。そしてフリーダム自身も「偉大なる母」となったわけですが、現在でもフリーダムはフギースを自分の母親だと認識しているそうです。ただしこのアウヴェハンス動物園はフリーダムの育児中にフリーダムの母親であるフギースを同居させるなど、なかなか「刺激的」な試みを行ったりするわけですが、その時にはフリーダムは自分の母親であるフギースを大いに警戒するわけです。以下は私の撮った映像ですが、そういったシーンを再度ご紹介しておきます。

接近するフギースを警戒するフリーダム親子(2015年5月3日)Freedom the polar bear with her twin cubs is alert to Huggies, at Ouwehands Dierenpark, Rhenen (May.3 2015)

大阪のバフィン親子の浜松への移動ですが、移動中のストレスはあるかもしれませんが、到着後はバフィンもモモも通常の親子の姿に戻ると思います。別々のケージに入れられる可能性は非常に大きいと思いますが、それが原因で「親子の断絶」といったものは生じないでしょう。数時間程度で、そのようなことが起きる可能性は非常に低いと思います。

ただし母娘でも最低約半年近く離れていると、そのあとで再会しても母親は娘に非常に冷たくなったり敵視したりしたという事例を以前ご紹介しています。「ホッキョクグマの母娘の再会で何か起きるのか? ~ セシ、ヴィルマ、ピリカに冷水を浴びせた母親たち」を是非ご参照下さい。なんとこのフリーダムもその例外ではなかったというわけです。そして札幌のララ、彼女は娘のピリカと再会したのは三年後だったわけですが、ララはピリカに冷たかっただけでなく非常に機嫌を損ねたわけです。下の円山動物園の公式映像ではそのあたりはうまく感じ取れませんが、私は当時札幌でそのララの態度をよく見ています。



しかしこういったことは数時間母娘が離れた程度ではバフィンとモモの間には起こらないでしょう。

(*追記)このスウェーデンの動物園の "Kolmårdens djurpark" ですが、これを「コルマーデン」とか「コルマルデン」と表記する日本の動物園は明らかに間違いです。大阪大学のスウェーデン語講座のこのページを開いて発音を聞いてみて下さい。"å" は決して「ア」とは発音しないのです。ですから「コルマ...」ではなく「コルモ...」が正しいのです。こういったことは最初にちゃんと正しく表記しておかないと、間違いがどんどん広まってしまうわけです。

(過去関連投稿)
浜松市動物園のキロルが釧路市動物園へ ~ 注目すべきバフィン親子の浜松帰還時期
大阪・天王寺動物園のモモの将来のパートナーを考える ~ 「二大血統」の狭間で苦しい展開を予想
大阪・天王寺動物園のバフィン親子が6月に浜松市動物園へ移動することが発表される
ホッキョクグマの母娘の再会で何か起きるのか? ~ セシ、ヴィルマ、ピリカに冷水を浴びせた母親たち
『ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual) 』よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?
「情愛型」 と 「理性型」、「対象関与型」 と 「対象非関与型」 のそれぞれの母親像の違いを探る

(*アウヴェハンス動物園訪問記)
(2011年5月)
遂にレネン、アウヴェハンス動物園に到着!
シークーとセシ、その伸びやかさと無邪気さの大きな魅力
フリーダムを称える
(2012年3月)
レネン、アウヴェハンス動物園でホッキョクグマたちに御挨拶
アウヴェハンス動物園のフギースお母さんの双子の性格
フギースお母さんの性格と子育て
フリーダムお母さんと1歳になったシークーとセシの双子
(2015年5月)
フリーダムお母さんお久しぶりです、二頭の赤ちゃん、初めまして! ~ レネン、アウヴェハンス動物園へ
欧州屈指の偉大なる母フギースは今何を考える?
アウヴェハンス動物園二日目 ~ 三世代同居の問題点
アウヴェハンス動物園の双子の赤ちゃんの性格と素顔 ~ 「冒険家ちゃん」 と 「甘えっ子ちゃん」
フリーダム、偉大なる母のその素顔 ~ 「細心さ」から「鷹揚さ」を取り込み、咲かせた大輪の花
by polarbearmaniac | 2016-04-25 07:00 | Polarbearology

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