街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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アメリカが次回のワシントン条約締約国会議(CoP17)でホッキョクグマの国際間商取引禁止案の再提出を断念

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シルカ (Белая медведица Шилка/Shilka the Polar bear)
(2015年12月19日撮影 於 大阪・天王寺動物園)

絶滅のおそれのある野生動植物の保護をはかることを目的としたワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)第17回締約国会議(CoP17)が今年の9月から10月にかけて南アフリカのヨハネスブルグにおいて開催されます。前回の第16回締約国会(CoP16)は2013年3月にタイのバンコクで開催されましたが、その際にホッキョクグマを同条約の附属書 II (Appendix Ⅱ) から附属書 I (Appendix Ⅰ) へ移行しようというアメリカの提案(つまりホッキョクグマの国際間商取引禁止案)が否決されたことは本ブログでも詳しくご紹介いたしました。附属書 II (Appendix Ⅱ)とは何なのか、附属書 I (Appendix Ⅰ)とは何なのかについてもその際に述べましたのでここで改めて述べることはいたしませんので、「ワシントン条約 (CITES) 第16回締結国会議とホッキョクグマの保護について ~ 賛成できぬWWFの見解」、及び「ワシントン条約(CITES)第16回締結国会議の採決でホッキョクグマを「附属書I」に移行する案が否決される 」という二つの投稿を御参照下さい。
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シモーナ (Белая медведица Симона)
(2015年10月3日撮影 於 モスクワ動物園)

さて、今年の秋の第17回締約国会議(CoP17)ですが、アメリカ内務省の魚類野生動物保護局 (U.S. Fish and Wildlife Service - FWS)が先月4月末にこのCoP17に臨む基本的な方針を発表したわけですが、その中でホッキョクグマについては次のようなことを述べています。

- Regarding polar bears, though we remain concerned about the commercial use of polar bear hides as an additional threat to the species, we are not pursuing increased CITES protections at this time. We are putting our resources into working in collaboration with other polar bear range states to address climate change and mitigate its impacts on the polar bear as the overwhelming threat to the long-term future of the species.

つまりどういうことかといいますと、アメリカ政府(FWS)は今年の9~10月に開催されるCoP17においては、前回のバンコクでのCoP16で提案したホッキョクグマを同条約の「附属書 II (Appendix Ⅱ)」 から「附属書 I (Appendix Ⅰ)」 への移行(つまりホッキョクグマの国際間商取引禁止)という案を再び提案しないということを明らかにしたということなのです。つまり、ホッキョクグマの毛皮などの製品の商取引を国際的なレベルで禁止することは、ほぼ不可能となったということなのです。これは実に残念なことだと思います。私は前回のCoP16におけるアメリカのこの提案に賛成の態度を本ブログで明らかにしていたわけですが、それはホッキョクグマ保護に対する攻めの姿勢を支持したからでした。しかし今年の秋のCoP17でアメリカはこの案を再提案せず、そのかわりに他のホッキョクグマ生息国(つまりカナダ、ロシア、ノルウェー/スヴァールバル諸島、デンマーク/グリーンランド)と協力して気候変動との関連で迫りくるホッキョクグマの危機に対しての対応を行う方向に注力を向けるということだと述べています。つまりアメリカはホッキョグマについてワシントン条約(CITES)というものの既存の硬直した枠組みの中で保護を行うことは適さないと考えたということを意味するでしょう。
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アンデルマ (Белая медведица Амдерма)
(2015年8月10日撮影 於 ロシア、ペルミ動物園)

私の印象ですが、やはりホッキョクグマの生息数は世界的レベルでは明確に減少しているという科学的根拠を提示することが容易ではないということと、将来における頭数減少という強い推定をもってしてもその数値化の過程はあくまで予見にすぎず、この「附属書 I (Appendix Ⅰ)」への移行要件(3世代 - ホッキョクグマの場合には45年間 - にわたって50%以上の生息数の減少という条件)を満たすことは難しいとFWSは考えたのだろうと思います。このワシントン条約における野生動植物の保護は「生息数が減少したから保護する」といういわゆる従来からの伝統的な受け身の「守りの姿勢」としての野生動植物の保護の枠組みの上に立脚しているわけで、「これから間違いなく生息数は減少するから今からもう保護する」という動的な「攻めの姿勢」は採用が困難であるということなのでしょう。しかし現在までこの伝統的な「守りの姿勢」を維持したために手遅れとなってしまった種の例は非常に多いわけです。こういった従来からの伝統的な「守りの姿勢」を打破しないことには、ホッキョクグマに限らず他の絶滅危惧種の未来も極めて暗い情勢であることは必至でしょう。こういった伝統的な生物保護の考え方をする代表格がWWFという団体ということです。「予防」を行わずに発病後の「治療」に徹しているだけでは「病気との闘い」はできません。既存の考え方だけではもう野生動物は守れないのです。
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現時点まででは特定地域は別として少なくとも世界全体のレベルではホッキョクグマの生息数が温暖化の影響によって減少したという明確な科学的根拠はないものの、これから10年ほどの間で彼らの生息数安定崩壊の「臨界点」に達し、彼らの生息数は大きく減少するであろうことは確実です。一方で温暖化を直ちに止める手段はありません。となれば、とにかく今のうちから彼らの生息数が狩猟などによっても減ることを止めておかねばならないわけです。生息数が減ってからあわてて保護してもダメなのです。先手先手で行動することが必要なのです。
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ウスラーダ (Белая медведица Услада) (2015年9月22日撮影 於 ロシア・サンクトペテルブルク、レニングラード動物園)

今回のアメリカのFWSの方針発表に対して案の定カナダのイヌイットたちは大喜びのようです。ホッキョクグマの体の部位を用いた毛皮などの商品を売ることによって収入を得る道を閉ざされることにはならなかったからです。一人はこのように言っています。無知も甚だしいと言えましょう。東京が晴れていればロンドンもニューヨークも晴れているのだといった程度の視野狭窄でしょうか。

- "We're seeing a lot of bears; they're in good health, they have good body conditions. We're also seeing polar bears with cubs. [The] polar bear is very adaptable to climate change. [The] polar bear can survive in winter or summer, weather there's ice or not."

- "We do know how to deal with the challenge of climate change along with the wildlife here."

さらにカナダの女性環境大臣は以下のように言っているそうです。

- " [The] next goal is to open up more markets to the polar bear trade."

イヌイットはカナダ社会では確かにマイノリティで「弱者」ということになっています。しかし本当にそうであるならば、これらの発言はまさに「弱者の脅迫」に他ならないということになるでしょう。カナダ国民の85%は前回のCop16のアメリカの提案(つまりホッキョクグマの国際間商取引禁止案)を支持していたわけです。ホッキョクグマの国際間商取引、つまり毛皮などの取引で利益を得ているのはイヌイットだけであり、カナダ政府はそうした「少数者」「弱者」の強烈なロビー活動で彼らの利益を守らざるを得なかったというわけだったのです。「泣く子(マイノリティ・弱者)と地頭には勝てぬ」といったところでしょうか。

(資料)
The U.S. Fish and Wildlife Service (Apr.28 2016 - U.S. Supports Protections for Pangolins, African Grey Parrots, Chambered Nautilus at CITES Meeting)
CITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora - COP17)
外務省(ワシントン条約第16回締約国会議)(ワシントン条約 / 絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約
通商産業省 (貿易管理 - ワシントン条約
環境省 (自然環境・生物多様性 - ワシントン条約
CBC (May.3 2016 - Inuit applaud U.S. decision not to push polar bear trade restrictions)
Toronto Star (May.2 2016 - Canada welcomes news U.S. dropped bid to ban polar bear trade)
Nunatsiaq News (May.2 2016 - U.S. drops bid to ban international trade in polar bear products)
(*追加資料)
The Guardian (May.4 2016 - US ceases efforts to end global trade of polar bear parts)

(過去関連投稿)
(*CITES関連)
ワシントン条約(CITES)第15回締約国会議におけるホッキョクグマの国際商取引禁止案の否決に関して
ワシントン条約 (CITES) 第16回締結国会議とホッキョクグマの保護について ~ 賛成できぬWWFの見解
ワシントン条約(CITES)第16回締結国会議の採決でホッキョクグマを「附属書I」に移行する案が否決される
(*ホッキョクグマ生息数関連)
温暖化による海氷面積減少にも影響を受けず生息数が減らないチュクチ海地域のホッキョクグマたちの謎
近年の海氷面積減少によりホッキョクグマの集団レベルでの北極点方向への移動傾向が明らかになる
カナダ北部、ヌナブト準州の村落近くでホッキョクグマ親子3頭が射殺される ~ 経験と科学の相克
ホッキョクグマの生息数評価をめぐる 「主流派」 と 「反主流派」 の主張の対立 ~ 過去、現在、未来..
モスクワで「ホッキョクグマ保護国際フォーラム」が開催 ~ 保護協定締結40周年と今後の行動方針に向けて
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ロシアのホッキョクグマ生息数未調査地域への調査進行中 ~ 世界推定生息数約2万5千頭が上方修正必至の情勢
カナダ・オンタリオ州政府の調査報告が示唆するホッキョクグマの生息数安定崩壊の「臨界点」の接近
by polarbearmaniac | 2016-05-03 22:00 | Polarbearology

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