街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ホッキョクグマ/ハイイログマ(グリズリー)のハイブリッドとホッキョクグマの将来に関する異なる見解

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ホッキョクグマ/ハイイログマ(グリズリー)のハイブリッド
Photo(C)Didji Ishalook

5月15日にカナダ北部、あの有名なチャーチルの街の北260キロの場所で、ヌナブト準州のアーヴィアト村落に住むイヌイットの青年が狩猟枠に基づいて一頭のホッキョクグマを射殺したはずが、いざ確認してみると非常に奇妙な姿をしていたために、その青年はこの「獲物」の写真をSNSサイトに投稿しました。この写真を見た複数の専門家は、これはホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)のバイブリッド(Grizzly/Polar bear hybrid)に間違いないという見解を述べたわけです。実は以前に「ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド」という投稿を行い、2006年に自然下で初めて確認されたホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)のバイブリッドについてご紹介しているのですが、それ以来現在まで自然下で確認された例は9例だそうで、今回はその10例目ということになります。



現在までこうして自然下で確認されたハイブリッドはDNA鑑定により父親はハイイログマ(グリズリー)、母親がホッキョクグマという例だけだそうです。その理由はいくつかあって、保護政策の成功によって頭数が増加しているハイイログマ(グリズリー)が冬眠から醒めて活動を開始するときには雄は北東の方向に移動するためにそこでホッキョクグマの雌と出会うチャンスがあるものの、雌は移動するケースは多くなく、従ってホッキョクグマの雄と出会うという機会がないからだという解釈のようです。さらにこれが温暖化によってハイイログマ(グリズリー)が冬眠から醒める時期が早まり、さらに彼らの生息域が今までよりも北に広がることが可能になってきたためにハイイログマ(グリズリー)とホッキョクグマの遭遇の機会も増加するといった傾向があることも挙げられています。ホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)とのバイブリッド出現と、その増加の予想について温暖化の影響を重要視する見方と重要視しない見方の両方があるわけですが、私にはそのこと自体はたいして大きな見解の相違の対立軸になるようには思えません。

しかしその次、つまりこのホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)とのバイブリッドの増加の可能性がもたらすであろう結果についての専門家の見解の相違のほうを興味深く感じるわけです。まず、ホッキョクグマの研究者としては第一人者の一人であるカナダ・アルバータ大学のアンドリュー・ドローシェー (Andrew Derocher) 教授の見解を簡単にまとめれば、温暖化によって海氷面積が減少すればホッキョクグマに生息域の減少をもたらしホッキョクグマの生息数が減ったところに温暖化の影響を受けないハイイログマ(グリズリー)がその生息域を拡大してホッキョクグマとの間にハイブリッドを誕生させ、そしてその個体が今度は数において優るハイイログマ(グリズリー)と交配して次の世代のハイブリッドを誕生させ、この地域においてはそういったハイブリッドはハイイログマ(グリズリー)に似た形状を持ち、そしてホッキョクグマの遺伝子を受け継ぎつつ生態が維持されていく可能性を述べています。こういったハイブリッドは将来的にやはりホッキョクグマという種には脅威となり得ることも述べています。ここでドローシェー教授の講演を御紹介しておきます。全体は45分以上あるのですが、ハイブリッドについては後半で述べています。(この講演の内容についてはまた別の観点からの投稿をしたいと思っています。今回は御紹介だけしておきます。)


UNIty in diVERSITY Andrew Derocher March 12 2015 from University of Alberta: IST on Vimeo.

さて、一方でアメリカ・ミネソタ大学の助教授でありクマ一般を研究している専門家であるデイヴ・ガーシェリス(Dave Garshelis)氏は先にご紹介したドローシェー教授の見解を真っ向から否定しています。ガーシェリス氏によれば、ホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)のバイブリッドがホッキョクグマに取って代わることなどあり得ないと述べています。進化の過程において確かにハイブリッドは存在したが、そのハイブリッドが優位に立ったことなどなかったと語ります。仮にハイブリッドが優勢となるのならば、環境の変化に対してホッキョクグマやハイイログマ(グリズリー)よりも適応性がなければならないはずだが現実は全くその逆で、ハイブリッドはホッキョクグマほどには極地の海氷上における適応性はなく、またハイイログマ(グリズリー)ほど陸地において優れた能力などないために、ホッキョクグマとハイイログマ(グリズリー)の両方に対して適応性や能力が劣っていると述べています。ドローシェー教授のアルバータ大学での同僚である、やはりホッキョクグマ研究では第一人者であるイアン・スターリング(Ian Stirling)氏は、ホッキョクグマの体が白く見えるのはアザラシ狩りの際に身を隠したりする場合に非常に重要な要素でありハイブリッドにとってはその体の色は有利な要素とは言えないと述べ、ハイブリッドの優位性を否定しています。さらにカリフォルニア大学でゲノムとDNAの研究でホッキョクグマの起源の解明に成果をあげているべス・シャピロ(Beth Shapiro)准教授は、多くのハイイログマ(グリズリー)にはホッキョクグマの祖先の遺伝子を受け継いでいるがその逆はなく、この事実はハイブリッドが極地においてはホッキョクグマほど生き延びていくことが難しいことを示していると述べています。ここでデイヴ・ガーシェリス助教授のミネソタ大学での講演を聞いてみましょう。議題は "The bears of the world - Are some species headed for extinction?" (絶滅に向かうクマはあるのか?)です。



私にはガーシェリス氏の主張のほうがドローシェー教授の主張よりも説得力があるように思えます。さらに付け加えて言えば、以前にも「近年の海氷面積減少によりホッキョクグマの集団レベルでの北極点方向への移動傾向が明らかになる」という投稿でご紹介していますが、この最新の研究によれば氷面積の減少によってホッキョクグマという種は集団レベルで、より海氷が安定している北極圏の中心に少しづつ移動しているという事実が明らかになっているわけです。つまりハイイログマ(グリズリー)とホッキョクグマの遭遇は短期的にはありえても、中・長期的にはその機会はほとんどなくなることを意味しているわけです。つまりハイイログマ(グリズリー)とホッキョクグマのハイブリッドはあくまでも短期的には生じても、これからはむしろ少なくなっていき、そしてやがてその機会はほぼなくなるであろうことは確実だと考えられるわけです。そうであるならばハイイログマ(グリズリー)とホッキョクグマのハイブリッドがホッキョクグマに対して優位に立つなどということは考えられないわけで、現在生息している少数のハイブリッドすらやがて環境に適応できずに消滅に向かう傾向となるだろうと考えられるわけです。
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Photo(C)Didji Ishalook

こう申し上げては一部の方々には失礼かもしれませんが、私はハイイログマ(グリズリー)には全く興味はありませんし、ハイブリッドがイヌイットに射殺されても特に何かの感情を抱くということはありません。この今回のイヌイットの青年が彼の住むコミュニティーが持つ狩猟枠のうちの一頭をホッキョクグマ一頭ではなくハイブリッド一頭に結果的には使ってしまったことをむしろ幸運だったとすら感じるほどです。上に御紹介したアンドリュー・ドローシェー教授の講演ではドローシェー氏の言葉の端にはハイイログマ(グリズリー)を卑下したようなニュアンスが感じられる点があるなど、ドローシェー氏もハイイログマ(グリズリー)にはあまり好意的ではない様子です。いや、こう言ったほうが正確でしょう、それはドローシェー教授のハイイログマ(グリズリー)に対する隠れた感情は第二次大戦中のアメリカのフランクリン・ローズヴェルト大統領が長年にわたって日本人に対して抱いていた感情にいくらかでも近いのかもしれないということです。そして次のトルーマン大統領は前任者の気持ちを組んで決定的な形でそれを日本人に対して示したということです。

オバマ大統領の広島での献花

オバマ大統領の広島での演説(全17分間)

広島の被爆者を抱く(embrace)オバマ大統領

オバマ大統領の広島訪問を報じた英フィナンシャル・タイムズ

私が当時のトルーマン大統領の立場だったら後世においてそれが正しかったと判断されるかどうかは別にして、やはり同じ決断をしていたでしょう。

(資料)
CBC (May.18 2016 - Grolar or pizzly? Experts say rare grizzly-polar bear hybrid shot in Nunavut) (May.26 2016 - What do grizzly-polar hybrids mean for polar bears? Scientists debate)
Globalnews.ca (May.25 2016 - As climate warms, grizzly bears and polar bears interbreed)
Toronto Star (May.26 2016 - Did Nunavut hunter shoot grizzly-polar bear hybrid?)
The Washington Post (May.23 2016 - Love in the time of climate change: Grizzlies and polar bears are now mating)
BBC (May.25 2016 - 'Polar bear hybrid' shot in Canada)
The Huffington Post.(May.25 2016 - Grizzly-Polar Bear Hybrid Might Have Been Shot In Nunavut)
"Supplementary information to Kelly, B., Whiteley, A. & Tallmon, D. ‘The Arctic melting pot’ Nature 468, 891 (2010)"

(過去関連投稿)
(*ハイブリッド関連)
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(1) ~ ドイツ・オスナブリュック動物園のティプスとタプス
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(2) ~ セルビア ・ ベオグラード動物園を覆う深い謎
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド
セルビア・ベオグラード動物園のホッキョクグマのハイブリッド個体(Ursid hybrid)は何故出現したのか?
某国営放送局の某番組について ~ 決して姿を見せぬ "暗黒の闇" と "深い霧" に潜む "謎の顔"
セルビア・ベオグラード動物園のハイブリッドの正体 ~ “Polar Bear/Kodiak Bear Hybrid”
(*ホッキョクグマの起源関連)
ホッキョクグマの起源について(1) ~ 諸説の成立過程を整理する
ホッキョクグマの起源について(2) ~ ホッキョクグマ版 「イヴ仮説」 の登場
ホッキョクグマの起源について(3) ~ 画期的な新説が登場するも依然として残る謎
ホッキョクグマの起源について(4) ~ 衝撃的で強力な新説の登場により通説が遂に崩壊へ
ホッキョクグマの起源について(5) ~ ホッキョクグマとヒグマとの進化過程での交配を否定する新説登場
ホッキョクグマの起源について(6) ~ 「新・通説」の結論を否定した新説が登場し謎は再び深まる
(*「ホッキョクグマの将来」関連)
温暖化による海氷面積減少にも影響を受けず生息数が減らないチュクチ海地域のホッキョクグマたちの謎
近年の海氷面積減少によりホッキョクグマの集団レベルでの北極点方向への移動傾向が明らかになる
カナダ北部、ヌナブト準州の村落近くでホッキョクグマ親子3頭が射殺される ~ 経験と科学の相克
ホッキョクグマの生息数評価をめぐる 「主流派」 と 「反主流派」 の主張の対立 ~ 過去、現在、未来..
モスクワで「ホッキョクグマ保護国際フォーラム」が開催 ~ 保護協定締結40周年と今後の行動方針に向けて
ロシアでのホッキョクグマ生息数未調査地域で研究者チームが本格的に生態・生息数調査を開始する
ロシア極北・サハ共和国のラプテフ海地域のホッキョクグマ生息数調査 ~ 頭数減少傾向が明らかとなる
アメリカ地質調査所(USGS)の報告書が語るホッキョクグマの将来 ~ 彼らへの挽歌
ロシアのホッキョクグマ生息数未調査地域への調査進行中 ~ 世界推定生息数約2万5千頭が上方修正必至の情勢
「ホッキョクグマ 生態と行動の完全ガイド」(日本語版)が間もなく発売 ~ 優れた記述と美しい写真
by polarbearmaniac | 2016-05-27 23:55 | Polarbearology

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