街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ノルウェー・スピッツベルゲン島で母親が射殺されたホッキョクグマの幼年孤児個体が殺処分される

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射殺されたホッキョクグマの母親 Photo(C)Nordlys/Sysselmann

先週の月曜日6月13日にノルウェー領のスヴァールバル諸島(Svalbard)・スピッツベルゲン島(Spitsbergen)のアウストフィヨルド(Austfjorden)の猟師のロッジで一頭の雌(メス)のホッキョクグマが射殺されるという事件がありました。
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ノルウェーという国は世界で最も野生のホッキョクグマの保護政策が行き届いている国であり保護法制とその運用も厳格に行われているわけで、野生のホッキョクグマが射殺されたような場合は徹底的に状況が調査され、そして射殺した人間に厳しい刑罰が科されるわけです。ホッキョクグマ射殺による正当防衛成立の要件も実に厳格です。この事件についても早速調査が行われ、ホッキョクグマの射殺に関わった二名の猟師はロングイェールビーン(Longyearbyen)の街に連行され、スヴァールバル諸島の総督(Sysselmann)の捜査と厳しい尋問を受けたわけです。この二名の猟師の供述によれば、このホッキョクグマは彼ら猟師のロッジに何度も姿を見せていたため、それを追い払おうと警告としてゴム弾を発射したつもりだったものの実弾のカートリッジが装着されており、結果としてホッキョクグマは死亡してしまったがホッキョクグマを殺す気はなかったと述べているそうです。この事件についての今後の処理は副総督が警察と協議してさらに追加の捜査を行ってこの二名を訴追するかどうかという方針を今週中に結論として出す予定であると報じられています。

さて、この射殺された雌のホッキョクグマですが、実は一頭の子供を連れていたわけでした。つまり射殺されたホッキョクグマは育児中の母親だったというわけです。総督はこの二名の猟師の尋問を行う前にノルウェーの極地研究所(Polarinstituttet)と協議し、そして直ちにこのホッキョクグマの幼年孤児個体(多分生後7ヶ月ほどだったでしょう)を殺処分することを決断し、その孤児は「安楽死」させられてしまったわけでした。多分銃殺だっただろうと思います。この殺処分の理由は「母親なしにはホッキョクグマの子供は独力で生きていけないため、動物福祉の観点から("Av dyrevelferdsgrunner")子供を殺処分することとした。」と総督は述べています。

いや、実に凄いと思います。ここまで徹底的に野生のホッキョクグマの保護政策を貫き通す姿勢はたいしたものです。万が一にもこの孤児個体を保護して施設に送り、その後は動物園で飼育させることも認めるなどというようなカナダやロシアの行っているやり方などは全く採用しないということです。カナダではアシニボイン公園動物園内にホッキョクグマ保護・厚生施設があり、近年はこういった場合は母親を射殺されてしまった孤児個体はそこで保護されるわけです。またロシアでは連邦政府の自然管理局 (RPN - Федеральная служба по надзору в сфере природопользования)がそういった孤児個体を保護し、そしてロシア国内の動物園で飼育するように指定するわけです。しかしノルウェーという国はホッキョクグマがたとえ結果としてであってもカナダやロシアのような形で人間の飼育下に入ること自体を容認せず、ホッキョクグマはあくまで野生下で生きること以外を想定しないわけです。自然下で生きることが彼らホッキョクグマの尊厳が最も保たれた、そのあるべき姿であるという認識なのです。そしてノルウェー政府はそうした野生下で生きるホッキョクグマについては、それを徹底的に保護するという姿勢を貫徹しているわけです。野生動物を保護するということの厳しさを思い知らされる気がします。このスヴァールバル諸島の総督が下した母親を殺されてしまったホッキョクグマの幼年孤児個体の殺処分については、私もやむを得ないこととして支持したいと思います。というよりも、支持する以外にはないということです。

数年前に日本の某動物園が自園で飼育されている個体のパートナーを求めてノルウェー政府に野生のホッキョクグマの捕獲を依頼したということがありました。ノルウェー政府はそれにあきれてしまったのでしょう、その某動物園の実名をノルウェーのマスコミに暴露してしまったという事件がありました。ノルウェー政府が野生のホッキョクグマを捕獲することなどは到底ありえず(というよりもホッキョクグマに限らず、動物園で飼育するために野生個体をわざわざ捕獲すること自体が禁じ手)、ましてや今回のように孤児となった幼年個体すら動物福祉の観点から殺処分しているほどなのですから、そういった日本の某動物園の依頼にノルウェー政府がどれだけ驚いたかは想像に難くないということです。

(*後記)結局このホッキョクグマを射殺した猟師はその不注意による行為で後日訴追され、2万クローネ、つまり約24万円の罰金が科されたそうです。

(資料)
NRK (Jun.14 2016 - Mangler oversikt etter at isbjørn-mamma ble skutt) (Jun.21 2016 - De skulle bare skremme bort isbjørnen, men endte opp med å ta livet av den)
Svalbardposten (Jun.21 2016 - Forvekslet hagl og gummi)
Nordlys (Jun.14 2016 - Isbjørnbinne og unge avlivet på Svalbard: - Forferdelig trist) (Jun.21 2016 - Fangstfolk skulle skremme isbjørnen - endte opp med å drepe den)
VG (Jun. 21 2016 - Fangstfolk drepte isbjørn ved en feil)
LOVDATA (Lov om miljøvern på Svalbard (svalbardmiljøloven).)
(*追記資料)
NRK (Aug.2 2016 - Straffes for uaktsom skyting av isbjørn)

(過去関連投稿)
・ノルウェー・スピッツベルゲン島へのホッキョクグマツアー研究
・歴史を変えたかもしれない1頭のホッキョクグマ ~ 危機一髪のホレーショ少年
・探検家バレンツのホッキョクグマとの遭遇
・ノルウェー・スピッツベルゲン島でイギリスの極地探検体験ツアー観光客がホッキョクグマに襲われ死亡
・ノルウェー極北の街トロムソとホッキョクグマとのつながり ~ ノルウェーのホッキョクグマ保護政策について
・ノルウェー、スピッツベルゲン島で「正当防衛」によりホッキョクグマ射殺 ~ ノルウェーの保護政策について
・ノルウェー・スヴァールバル諸島で遂にホッキョクグマとイルカが遭遇 ~ 無慈悲だったホッキョクグマ
・ノルウェー、スヴァールバル諸島で首にナイロンの紐が巻きついたホッキョクグマが救助される
・ノルウェー、スヴァールバル諸島で廃棄物の漁網にからまれて動けないホッキョクグマが発見される
by polarbearmaniac | 2016-06-22 23:30 | Polarbearology

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