街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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徳山動物園のユキとヨハネスブルグ動物園の故ギービー(札幌生まれのポロのパートナー)は双子姉妹だった!

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南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園の故ギービー (Geebee) 
*血統番号#490
  Photo(C)Johannesburg Zoo
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ユキ(2012年6月30日撮影 於 徳山動物園)
*血統番号#489


数日前に河北新報に「ホッキョクグマ最高齢 仙台vs山口どっち?」という記事が掲載されました。国内最高齢のホッキョクグマはいったい誰なのかということについては以前に私も「現在日本国内最高齢のホッキョクグマはどの個体か? ~ カアチャン、ユキ、ナナの三候補を比較する」という2014年7月に投稿を行ったのですが、その時点では仙台のナナが最高齢ということで一応の結論を出していたわけです。しかしこの三候補のうち2016年2月にカアチャンが亡くなった時の投稿である「阿蘇・カドリー ドミニオンのカアチャン亡くなる ~ 国内最高齢(1983年誕生) が実は真相だった」において、実はカアチャンこそが最高齢だったことを私は述べています。つまり、2014年7月の投稿で一応は出した結論は間違いであったことがわかったということです。そうなると現在は仙台のナナと徳山のユキが非常に元気で残っているわけですが、これについては2014年7月時点で出した結論通り、仙台のナナをもって国内最高齢とするという結論は再び復活したということになるわけです。生年月日の判明している個体と不明の個体があった場合は記録性が優先され、仙台のナナをもって国内最高齢とするということが現時点での正しい結論に「復活」したことになります。

実はこの問題、世間で考えられているほど単純な問題ではないのです。私の考察過程をここで単純にご紹介しておきます。そしてその考察の過程で驚くべき事実が判明したというわけです。某動物園で同好のホッキョクグマファンの方々お二人にはすでにお話した内容ですが、今回ここで本ブログご訪問の方々にあらためてご紹介しておくことにします。
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ユキ(2014年11月22日撮影 於 徳山動物園)

驚きになられるかもしれませんが徳山動物園のユキについて私は本当は彼女は公表されているよりも一歳若いのではないか(つまり実際は1985年生まれであって、現在は31歳ではなく本当は30歳ではないか)という可能性を考えてみた時期があったのです。何故そうかといいますと、徳山動物園の雌(メス)のホッキョクグマであるユキは血統番号#489 であり血統登録の付帯情報では徳山動物園入園は1986年4月9日です。この日付は徳山動物園の展示場に掲載されていた日付と同じであり信頼性は極めて高いわけです。ところが実はこの1986年4月9日に徳山動物園に入園したホッキョクグマはもう一頭いたわけです。それが雄(オス)のホッキョクグマである故ホクト(血統番号#1266)だったわけです。このホクトが亡くなったときの本ブログの投稿である「徳山動物園のホクト逝く ~ 閉塞状況打開を目指したその功績と意義」、及び山口新聞の2009年5月19日付けのホクトの愛媛から徳山への帰還記事「愛媛へ繁殖出張、おかえり“ホクト”-徳山動物園」を御参照下さい。私の投稿の中で引用した朝日新聞のホクトの愛媛出張の記事、及び山口新聞のホクトの愛媛帰還の記事を総合しますと、徳山動物園は当時ホクト(野生出身)の生年を1984年だと認識していたらしいことがわかるのです。ところが実は重大な問題があるのです。それは、1986年4月9日に徳山動物園にユキと同じ日に入園したはずの故ホクト(血統番号#1266)は、血統台帳上では雄(オス)ではなく雌(メス)なのです。さて、そうなると以下の二つのどちらかの可能性が考えられたわけです。

A.故ホクト(#1266)は雄(オス)ではなく実は雌(メス)だった。つまり性別が取り違えられていて故ホクトは雌(メス)だったために同じ雌(メス)であったユキともバリーバ(愛媛)とも繁殖には成功しなかった。

B.故ホクト(#1266)の性別は雌(メス)であるという血統台帳上の情報は誤りである。

ここで話をユキ(血統番号#489)に戻しますが、カナダ側の非公開資料によれば彼女は1985年8月15日にカナダ・ケベック州のハドソン湾東岸(つまりチャーチルとはハドソン湾をはさんで逆側)で野生孤児として捕獲され、1985年8月17日にトロント動物園で保護されるようになったわけです。ところがそれから約半年後に動物商に権利を移されてしまい、そして日本に送られたというわけです。ところが故ホクト(血統番号#1266)については1986年の早い時期に野生で捕獲(保護)されたものの、その場所と具体的な日付が不明です。そうなると故ホクトの生年は1984年と1985年という二つの可能性があるということになります。血統番号#489と血統番号#1266は同じ日に徳山動物園に入園しました。どちらも血統情報では雌(メス)となっています。さて、ここでまた考えてみなければならないことがあるのです。何故なら、血統番号#489を日本のホッキョクグマ界ではユキだと考えるのは実は間違いであり、真相はユキは血統番号#1266として日本に送られたホッキョクグマというのが正体ではないかという疑惑です。つまり、故ホクトこそが実は血統番号#489ではないかという可能性です。つまりトロント動物園で保護された血統番号#489はユキではなく故ホクトのほうではないかという可能性です。先日の河北新報の記事に徳山動物園の担当者の方が「来園時の体の大きさから推察すると、当時は2歳ぐらいだったようだ」と語っている事実が記事に引用されています。この証言は重要です。この証言は、野生孤児個体のユキの生年は1984年であることを示しており、ユキがトロント動物園で保護された個体、つまり血統番号#489であることを強く示唆する有力な証言です。しかし一方で血統番号#1266も1984年生まれである可能性は残っているのです。そして上でも述べましたように仮にユキと故ホクトの血統情報が入れ替わっていた場合にはユキは血統番号#1266となるわけですから今度は1985年生まれという可能性も生じてくるということなのです。これが本投稿の冒頭に述べた徳山動物園のユキについて本当は彼女は公表されているよりも一歳若いのではないかという疑惑を私が持った理由なのです。

さて、ここで私は袋小路に入ってしまったわけです。そこで次の探究に入ったわけですが、トロント動物園では1985年8月17日に、後に血統番号#489が割り振られた雌であると判定されたはずの個体を保護した際に実はこう一頭の雌(メス)の野生孤児個体を保護していたことが記録により判明したのです。その雌(メス)の個体は後に血統番号#490が割り振られたわけです。血統番号#489(ユキと考えられる個体)と血統番号#490は連番であり、つまりこの事実はトロント動物園において同時に血統登録(申請)がなされたことを示しています。そしてトロント動物園内部における管理番号すらも血統番号#489 の個体が20030、そして血統番号#490の個体は20031、つまり連番となっていたという事実です。これは、この二頭は野生孤児の双子姉妹であることを強く示していることになります。そうなると、血統番号#490は双子姉妹であるはずの血統番号#489と外見上よく似ている可能性が極めて大きいことになります。このことによって#489の正体は従来から考えられていたようにユキなのか、それとも取り違えによって故ホクトが正解なのかに決着がつくことになるはずです。

徳山動物園のホッキョクグマである血統番号#489と番号が連番である血統番号#490のホッキョクグマとは何者なのか.......? それが2014年1月13日に南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園で亡くなった雌のギービー (Geebee)なのです。ヨハネスブルク動物園は彼女の死後に彼女の未公開の生前の写真を何枚か公開したのですが、その写真が冒頭の写真です。一目瞭然です。このギービー (Geebee)こそカナダのトロント動物園でユキと一緒の保護された双子姉妹のうちの一頭であることは、もう全く疑問の余地もないでしょう。血統番号#489は従来から考えられていたようにユキであるということです。そして先に挙げたAとBの二つの可能性のうちBが正しいということを意味します。
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ユキ(2012年6月30日撮影 於 徳山動物園)
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南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園の故ギービー  
Photo(C)Johannesburg Zoo


血統番号#490、すなわちヨハネスブルグ動物園のギービー (Geebee)は動物商に権利が渡ることなく直接1986年にトロント動物園からヨハネスブルグ動物園に移動し、そして彼女のパートナーとなったのは1985年12月に札幌・円山動物園に生まれ、その翌年の春に強制離乳で母親から無理やり引き離されて単独展示を強いられ、その後にヨハネスブルグ動物園に移動したポロだったというわけです。私は生前のギービーには会ったことはないのですが、彼女のことをいろいろと述べている人々の印象を読むとギービーとユキは双子姉妹とはいっても性格は相当に異なるように思います。ユキのほうが気が強くて自分を外に出してくる傾向が強く、ギービーは非常に温和なホッキョクグマであったという評価になるでしょう。
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ユキ(2012年6月30日撮影 於 徳山動物園)
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故ギービー  (2012年8月、ヨハネスブルクに約30年振りに降った雪の中で) Photo(C)Johannesburg City Parks and Zoo

カナダで母親が(おそらくイヌイットに)殺されてしまい野生孤児として保護された双子姉妹のホッキョクグマはこうして南アフリカと日本に分かれて住むことになったというわけでした。私たちは野生出身のホッキョクグマというと、誰が母親かがわからないためにそのルーツについて考えようなどとは思わないわけです。要するに思考停止となるわけです。さらに、実際にそのホッキョクグマが双子であった場合には、その片方が誰なのかを追いかけるのは容易ではありません。徳山動物園のユキはたった一頭で暮らしているホッキョクグマですが、こうして彼女の双子姉妹のもう一頭が判明すると、たった一頭のホッキョクグマであるユキにも、そこに過去の物語を想像することができるというわけです。
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ユキ(2014年11月22日撮影 於 徳山動物園)

ヨハネスブルグ動物園でのギービー(手前側)とポロ(奥)

徳山(周南市) - トロント - ヨハネスブルク - 札幌、これらを結ぶ一つの線が浮かびあがってきたわけです。実に興味深い話だと思います。

(*追記)資料というものを取り扱うのは本当に難しいです。たとえばヨハネスブルグ動物園はこのギービーが亡くなったときのプレスリリースの中で、「ギービーは1984年2月27日に生まれた」などと述べていますが、そもそもこれはホッキョクグマの誕生日としてはほとんど有り得ない日であり、しかも彼女は野生出身なのですからそもそも誕生日など不明なのです。トロント動物園には野生孤児個体保護の明確な記録が残っています。しかしそのトロント動物園すらも血統番号#489の捕獲日を1985年7月15日と誤記して血統登録が行われているわけです。正しくは1985年8月15日です。同園で実際に保護されたのは1985年8月17日であり、仮に7月15日に捕獲されていたとすれば、それから約一か月間を収容する施設は当時のカナダにはなかったからです。さらに私がカナダから入手した非公開資料では双子のユキのもう一頭は雄(オス)であるように読み取れることになっていますが、これも他の情報全体から考えれば間違いであるとことを意味します。さらに血統登録情報も故ホクトの性別が雌(メス)として取り扱われていたりと、それぞれの資料には間違いが生じています。資料上の記録のどこが正しくてどこが間違っているかを判断して全体の矛盾を解決するという critical な態度がないとなかなか正しい結論には到達できないということです。

(*追記2)この "Geebee" は英語流に「ジービー」と発音されることが放送などでは一般的には多いようです。

(資料)
河北新報 (Sep.20 2016 - ホッキョクグマ最高齢 仙台vs山口どっち?
山口新聞 (Mar.7 2011 - ホッキョクグマ「ホクト」、永眠 老衰で - 徳山動物園
Johannesburg Zoo (Press Release/Jan.15 2014 - Joburg Zoo mourns the loss of its female polar bear, Geebee)
Glabo.com (Jan.16 2014 - Morre na África do Sul a ursa polar Geebee, que amava o sol)

(過去関連投稿)
徳山動物園のホクト逝く ~ 閉塞状況打開を目指したその功績と意義
現在日本国内最高齢のホッキョクグマはどの個体か? ~ カアチャン、ユキ、ナナの三候補を比較する
阿蘇・カドリー ドミニオンのカアチャン亡くなる ~ 国内最高齢(1983年誕生) が実は真相だった

(徳山動物園関連)
周南市徳山動物園のユキ、その変わらぬ「永遠の青春」の素顔
美しく年齢を重ねたユキ、その出自の奇妙な謎に迫る ~ カアチャン、ミッキー、謎の死亡個体X を結ぶ線
晩秋の陽光の徳山動物園、ユキの 「オリジナル スマイル」 ~ 「永遠の青春」の笑顔
ユキが身を任せる時間 (詩的、哲学的感興) ~ 動物園の時間を超えて、そして遠い記憶の時間を超えて..

(ヨハネスブルグ動物園関連)
1985年に札幌で生まれたホッキョクグマの消息
南アフリカで今も元気に暮らす札幌生まれのホッキョクグマ
1985年札幌・円山動物園生まれのポロの南アフリカでの近況 ~ 樋泉さんのブログの記録的価値
南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園のギービー逝く ~ 円山動物園生まれのポロ(ワン)のパートナーの死
南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園のポロ (札幌・円山動物園生まれ)、パートナーの死への悲嘆
南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園のポロ (札幌・円山動物園生まれ) にバレンタインデーのプレゼント
南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園のポロ (札幌・円山動物園生まれ) の近況 ~ 単独展示だった幼少期
南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園のポロの不幸な幼年時代 ~ シロお母さん、そして栄子さんの時代
1985年12月に札幌・円山動物園で生まれ南アフリカ・ヨハネスブルグ動物園に暮らしていたポロが死亡
by polarbearmaniac | 2016-10-03 02:00 | Polarbearology

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