街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 05月 16日 ( 2 )

シルカ (Шилка)、その成長と抽出された長所のエキス部分 ~ Shilka retrouvée ....

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シルカに会うのは久しぶりである。
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この年齢での一年の成長というのは大きな意味がある。彼女は果たして以前から変わったのか、それとも変わらないのか、このことは興味のある話である。
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このシルカについて、彼女がいったいどういうホッキョクグマであるか(or あったか)という点について何度か自分の考えを述べている。最初は私が初めてノヴォシビルスク動物園で彼女に会った時であり、そして彼女が大阪に移動した後にも何度も述べてきた。しかしつまるところそれは、彼女が外から持ち込まれる刺激に対してどういう反応を示すかということの意味を考えることに非常に近いと私は考えるに至っている。この点について述べたのが「シルカにとっての「おもちゃ」の意味するもの ~ その想像力を引き出す源泉」という投稿であった。
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そういった観点から今日一日彼女を観察していた。
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その結果だが、驚くべきことに彼女の特質、そしてその長所はいささかも色褪せてはいないということだった。
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彼女の遊びは肉体的な動きであるというよりは、外部から与えられたものに対して向き合うときに想像力を働かせ、そして自己とおもちゃとの間の関係についての距離感に意味を与えるといった、非常に高度な感性の動きを見せてくれることである。だから私たちは彼女と共におもちゃとの向き合い方を模索していくことになる。
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つまり、私たちは遊んでいるシルカを見て楽しむのではなく、彼女と共に想像力を働かせて一緒に楽しむのである。こういったことはホッキョクグマの観察にとって得難い体験でもある。たとえば以下のシーンである。平凡に見えるシーンが20分以上も続く。しかしここでシルカは、眼の前にあるおもちゃとどうやって遊んだらよいかを自らの想像力を働かせて考えつつ時間を過ごしていく。おもちゃをいくつも水中に隠しておき、それを一つ一つ取り出しながらどうやって遊びを進めていくかを自ら想像しているシーンである。こういったことは映像ではなかなか伝わらないものなのだ。シルカは非凡なホッキョクグマである。


Shilka the polar bear plays herself with toys, thinking in her own imagination on how to proceed, at Tennoji Zoo, Osaka, Japan, on May.16 2017.

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定例の午後のお楽しみ給餌である。
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Daily afternoon treat for Shilka the polar bear at Tennoji Zoo, Osaka, Japan, on May.16 2017.

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以前の彼女にはもっといろいろな雑多な要素が性格的にも行動的にも見られた。
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しかし現在の彼女には、そういった以前の雑多なものはそぎ落とされ、そして彼女の本質的なものがエキスのように残ったように思える。
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一般的にはこうして本質的な要素が抽出されて結晶した場合、非常に先鋭的で屹立したものとして尖った形で我々に見えてきてしまう傾向がある。
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ところが彼女から浮かび上がってくるものは何かもっと幻想的・思索的な要素である。この矛盾というものが実におもしろいのである。


シルカのおもちゃ遊び - Shilka the polar bear enjoys herself, playing with a toy object, at Tennoji Zoo, Osaka, Japan, on May.16 2017.

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このシルカを観察していると私たちがホッキョクグマを見る眼というものが鍛えられていくことを感じる。
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彼女は実に素晴らしいホッキョクグマである。
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やや気になったことがあった。シルカは今日はやや眼の状態が良くないように感じた。私はホッキョクグマの写真を撮影しても眼が閉じられた写真は全てその場で消去してしまうのであるが、今日のシルカはそうして消去した枚数が多い。特に気になったのは片目だけ閉じた写真が何枚かあったという点である。経験的に間違いなく言えることだが、こういった場合にはホッキョクグマの眼の状態が正常ではない時である。以前この動物園でバフィンの眼の状態が悪くなった時があったが、その時も消去した枚数は非常に多かった。また、以前のピース(今はどうか知らないが)も眼を閉じた写真が非常に多くなったのである。シルカに関しては多分、プールの水が取り換えられる時期にきているため木の枝やらなにやらが水中にあって、そのために水質に問題があるためだろうと思う。さほど心配することはないとは思うが.....。

Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
Panasonic HC-W870M
(May.16 2017 @大阪・天王寺動物園)

(*注 - このシルカには日本で新しい名前が付いていますが、彼女のロシアでの誕生から成長、来日、そして日本でのこれからの生活を一貫して捉え、本ブログでは引き続き彼女の名前をシルカ - Шилка - で統一して記載するのを方針としています。)
by polarbearmaniac | 2017-05-16 21:00 | しろくま紀行

横浜ズーラシアのペアについてのレポートを読んで ~ そしてズーラシアでの繁殖を考える


数日前からネットに登場している記事ですので読まれた方も多いと思います。私の感想を述べておきます。

まず、このレポートを書かれた方は非常に文章が巧いと思います。特に記述の展開のやり方が優れていると感じます。ですから一気に読み終えることができます。多分これを書かれた方はホッキョクグマについてもある程度の知識のある方だと思います。そうでありませんと、わざわざズーラシアのホッキョクグマ、特にツヨシを話題にすることはなかっただろうと思うからです。

さて、しかしその一方で私にはいくつかの不満を感じるのですが、それは文章のメリハリに満ちた素晴らしい展開力に比べると、ポイントの焦点が定まらないという不思議な矛盾を感じるという点にあります。特にズーラシアの飼育員さんが語っていることは、いったいどういった問題についてそれが語られているのかについての曖昧さを感じさせます。まず、ホッキョクグマの繁殖 (Reproduction) については謎に満ちている点が多いというのは事実であり、本ブログでも何年にもわたってこの問題を追及してきました。しかし「中でも、妊娠期間については解明されていないことが多く...」と述べられていますが、これについては謎の多いホッキョクグマの繁殖の中では海外のデータをもってかなり解明されていますよ。そのデータは本ブログの中ですでに何回もご紹介しています。ですから、この「中でも、妊娠期間については解明されていないことが多く...」という引用がズーラシアの飼育員さんの発言であるとは私には考えにくいと思います。

それから、「毎日、たった2頭の同じ個体と接していると、変化や症状が、 “種の特性”によるものなのか “個体独自”のものなのか判別がつかないことがあります.....」というズーラシアの飼育員さんの発言ですが、これは飼育下におけるホッキョクグマという種の一般的な生態を述べているのか、それとも繁殖が難しいことの理由について述べているのかがはっきりしません。「謎に満ちたホッキョクグマの出産・子育て」というタイトルの付けられているという文章の展開から考えれば当然後者について述べられていると思うのですが、しかしそうだとすると、これそのものを知ることがホッキョクグマの繁殖の成功に不可欠な要素であるとは考えにくいです。上のズーラシアの飼育員さんの述べたことは、いったいどういう質問に対する回答ですか? さらに、ズーラシアの飼育員さんの「ホッキョクグマの恋の季節は春に限られています。一方で、それぞれ個体差もあり、また相性も大切です。ですから毎日、食欲、排便、毛艶や表情、匂いなどつぶさに観察し.....」という発言が引用されているのですが、この発言はいったいどういう質問に対する答えでしょうか? 「個体差」「相性」の問題は同居させる前提条件であるように読めるのですが、その後の「食欲、排便、毛艶」は妊娠の可能性の有無の判断の問題であるように読めます。また、「それぞれ個体差もあり、また相性も大切です。ですから...」とありますが、ズーラシアにはツヨシとジャンブイしか飼育されていませんから「相性 (chemistry)」といってみたところで、この二頭で繁殖に挑戦させるしかないのではないですか? それともこれはホッキョクグマ二頭に関する一般的なことを述べているわけですか? 要するに、この文章を書かれた方がこういった点について問題意識があったのかどうかが私にはよくわからないわけです。

さて、どのような質問に対する答えであるかはともかくとして、ズーラシアの飼育員さんは間違いなく上の内容の発言を行ったのだとは思います。私はいつも感じるのですが、ズーラシアというのはホッキョクグマの繁殖についてあまりに技巧的な側面に拘泥し過ぎているように思います。本ブログでは海外の例を今まで数多く紹介してきましたが、そういった世界の事例を知って私が感じることは、他園ではもっと大胆かつ、おおらかにこのホッキョクグマの繁殖の問題に取り組んでいます。ホッキョクグマ飼育(そして繁殖)の最先進国であるデンマークやオランダは、雄(オス)と雌(メス)の間に敵対意識がなければ、いとも簡単に(そして大胆に)、二頭の同居を始めてしまうわけです。そして見事に繁殖に成功しているわけです。「個体差」「相性」が重要なことは勿論であり、それはモスクワ動物園の飼育員さんが最も重視していることです。それを見極めるには長年にわたって多くのホッキョクグマたちを飼育してきた経験を持つモスクワ動物園にとっては重要な問題なのです。しかしこれには主観的な判断要素が多く含まれているが故に複雑なのです。モスクワ動物園の飼育員さんにとってはやり甲斐のある見極めだと思います。そしてこれは、世界最多のホッキョクグマの繁殖成功を実現してきたモスクワ動物園だけが可能な一種の余裕なのです。一方でズーラシアは客観的なことを軽視していませんか? それは、ホッキョクグマの加齢と繁殖能力との関係です。この点については本ブログでは何回かデータをご紹介しています。「個体差」「相性」といった主観性の混じった要素以上に、ホッキョクグマの年齢(つまりジャンブイの加齢)という客観的な要素を重視すべきなのが現時点でのズーラシアの置かれた状況ではないでしょうか? 

私がこのレポートの筆者だったらズーラシアの飼育員さんにこう聞いてみたいと思います、すなわち「ホッキョクグマの生態と繁殖について、一体何がデータによる裏付けのあることで、一体何が解釈に基づくことですか?」という質問です。そしてさらに「去年この二頭の同居を行わなかった理由は客観的なデータに基づく根拠があったからですか、それとも一種の裁量に基づく考え方ですか?」と。

ホッキョクグマの飼育(そして繁殖)には「大胆さ」と「細心さ」の両方が必要であることは海外の成功例を見てもわかる気がします。しかしズーラシアには前者は希薄であり後者が過多であるというのが私の印象です。ホッキョクグマの生態(そして繁殖)には科学の領域と疑似科学の領域の二つが存在しているように思います。その切り分けという問題意識が重要だろうと思います。
by polarbearmaniac | 2017-05-16 02:00 | Polarbearology

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