街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 08月 06日 ( 2 )

ロストフ・ナ・ドヌにソルジェニーツィン (Александр Солженицын) の足跡を求めて

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ロストフ・ナ・ドヌにゆかりの作家といえばそれはアレクサンドル・ソルジェニーツィン (Александр Солженицын - 1918~2008) である。彼はソ連の反体制作家としてノーベル文学賞を受けたが1974年にソ連を追放され西側に移ったが、ソ連崩壊後の1994年にロシアに帰還している。私は学生の頃に彼の作品を多く読んでいる。その中でも「ガン病棟」「煉獄の中で」「収容所列島」に強く引き付けられた。とりわけ「ガン病棟」は20世紀のロシア文学の最高傑作の一つだと思っている。非常に暑い日なのだが動物園から市内に戻り、今度はソルジェニーツィンゆかりの場所を訪ねてみたい。ソルジェニーツィンは1924年から1941年までこのロストフ・ナ・ドヌに住んでいた。まずこの教会は聖母子聖堂 (Кафедральный собор во имя Рождества Пресвятой Богородицы) である。1860年に完成したものだそうである。
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その聖堂から延びている通りがソボルニ通りであるが、その26番地に彼が1927年から1936年まで学んだ第15学校がある。
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それを示すプレートがある。
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彼の父親は彼が生まれる前に亡くなり母親は再婚せずにタイピストとして懸命に生計をたてて献身的に彼を育て上げたそうである。生活は極めて苦しかったそうだ。これから彼と彼の母親が1924年から1934、つまり彼が6歳から16歳までを貧困のなかで住んだ場所を訪ねてみたい。
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ボリシャヤ・サドヴァヤ通りをひたすら西に向かう。とにかく暑い。
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ボリシャヤ・サドヴァヤ通りからハルトゥリンスキー通りに入ることにする。このハルトゥリンスキー通り (Халтуринский переулок) の48番地にその時の住居が現存しているそうである。
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さて.....困ったことになった。48番地というのは存在していないのである。46番地から56番地に番地が一気に飛んでおり、そして次に72番地、74番地と続いている。この上の写真はその72番地と74番地の建物である。48番地というのは私が朝ホテルでPCで調べた番地なのだがひょっとして間違いなのかもしれない。あるいは私がメモする際に間違えて書いてしまったかもしれない。とにかく暑くてかなわない。体力的にも限界である。私は勝手に上の写真の手前側の72番地の建物がそうではないかと考えることにした。何故なら非常の粗末な建物であり、ソルジェニーツィンと彼の母親が貧困の中で暮らしていた住居というイメージにピッタリだからである。

*後記 - さて、実は48番地は存在していたことがわかった。以下の地図を見ていただきたい。48番地はこの通りには面しておらず、そこから入ったかなり奥の場所にひっそりと存在していたのである。ホテルでちゃんと調べておかなかった私が問題であった。72番地の建物の横を入っていくと48番地に行けたらしい。
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つまり下の写真の左手前の72番地の粗末な建物の横を入って行けばよかったのである。
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さて、実はソルジェニーツィンに関する情報サイトに2007年に撮影されたこの48番地の住居の写真があることがわかった。それが下の写真である。これを見て私は事前にちゃんと調べておかなかったことを後悔した。この48番地の住居はそれほど豊かとはいえないこのエリアにあってもさらに一層、貧民の住むような実に粗末な住居である。この場所で彼の母親は乏しい収入しかなかったにもかかわらず懸命に彼を育て上げたわけである。実際に見ておきたかった。
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(C)Культурно-просветительский интернет-портал "Александр Исаевич Солженицын"

ただし市のサイトによれば、これですら現在の所有者が修理を行ったものだそうで、それよりも以前にはソルジェニーツィン親子が住んでいた時の雰囲気がそのまま保たれていたそうである。しかし修理後は変わったものになっているそうである。

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ハルトゥリンスキー通りを歩いてきた方向に戻り、そしてボリシャヤ・サドヴァヤ通りをわたってさらに歩いてみる。なかなか雰囲気のあるエリアが存在している。
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このハルトゥリンスキー通りというのは当時のソ連社会においても社会的地位の低かった人々が住んでいたエリアらしい。しかしなかなか雰囲気があって歩いていても趣きを感じる。
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ソルジェニーツィンはロストフ州立大学を卒業しこの街の中学校で教員となったが、1941年に独ソ戦が開始されたため召集された。ところが従軍中の1945年1月にスターリンを批判したとして逮捕され、モスクワのルビャンカの内部監獄に連行された。それから彼の辛酸が始まったのである。以下にソルジェニーツィンに関するドキュメンタリー作品をご紹介しておく。



Nikon D5500
AF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR
(Aug.5 2017@ロストフ・ナ・ドヌ)

(資料)
・«Редакция газеты «Наше время» (Jun.30 2010 - Как пройти к Солженицыну?)
・Официальный портал городской Думы и Администрации города Ростова-на-Дону (В Ростове-на-Дону обсуждается вопрос об открытии музея Александра Солженицына.)
Халтуринский переулок (Wikipedia)
・Культурно-просветительский интернет-портал "Александр Исаевич Солженицын" (Дом в Халтуринском переулке)
・Новая газета (Jan.15 2017 - В Ростове-на-Дону будет установлен памятник Александру Солженицыну)
by polarbearmaniac | 2017-08-06 05:30 | 異国旅日記

ロストフ動物園訪問二日目、36℃を示した温度計 ~ テルペイ (ヤクート)とコメタに幸あれ!

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今日もロストフ動物園にやってきた。昨日に続いて猛烈な暑さである。昨夜も昼間の暑さが抜けない、まさに熱帯夜だった。


メルキュールホテルからロストフ動物園までのタクシー走行(約15分) - From Mercure Rostov-on-Don Center Hotel to Rostov Zoo, by taxi (Aug.5 2017)

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テルペイさん、おはようございます。今日もよろしくお願いいたします!
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彼も暑い中、本当によく頑張っていると思う。


猛暑の中で歩き回るテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear walks up and down, at Rostov-on-Don Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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コメタさん、おはようございます。今日もよろしくお願いいたします。
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このコメタはバックヤードで何かもらっているようだった。
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その様子がこちらからも見えるのである。


バックヤードで動き回るコメタ - Kometa the Polar Bear, walking at inner yard at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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園内の日陰の場所に設置された温度計は36℃を示している。
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園内のネコもぐったりなのだ。
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そうした中、テルペイの場合は居場所を少しずつ移動させることによって陽の光が当たるのを避けようとする努力が見られる。


水の中で暑さに耐えるテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear in the water, avoiding summer heat at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017.

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彼はしっかりと日陰の部分を見つけてそこで休むのである。よくこういう人がいる、「ホッキョクグマには夏の暑さはさほど影響しない。むしろわざわざ日の当たる場所に居たがる。」と。 しかしこれはテルペイには見事なまでに当てはまらない。
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このテルペイのペルミ動物園時代の素晴らしい行動を見てきた私にとっては現在のロストフ動物園でのこの状態は本当に残念なのである。彼は自分の長所をここでは全く発揮できないのだ。


直射日光のある場所を避けるテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear does not like direct sunlight, at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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このコメタは暑くても必ず一定の時間は遊び回る。
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コメタの水遊び - Kometa the Polar Bear plays in the water at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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コメタのおもちゃ遊び - Kometa the Polar Bear, playing in the water with plastic object at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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このコメタの将来に幸あれと祈りたい。
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テルペイはまた体を水に入れている。午後も三時近くなると飼育展示場には日陰の部分が無くなってしまうからである。逃げ場が無くなって水の中に入らざるを得なくなったのだ。
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彼に対する深い同情の念を禁じ得ない。突然テルペイは私に背を向けてゆっくりと私のそばから泳ぎ去っていった。テルペイさん、お元気で!


背を向けてゆっくりと泳ぎ去るテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear, turning his back and swimming away slowly, at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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テルペイさん、コメタさん、お元気で!

Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
Panasonic HC-W870M
(Aug.5 2017 @ロシア南部、ロストフ・ナ・ドヌ動物園)
by polarbearmaniac | 2017-08-06 05:00 | 異国旅日記

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