街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 08月 10日 ( 1 )

ロシア・カザン市動物園のマレイシュカに人工授精が計画される ~ ドナー候補はどの雄(オス)の個体か?

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マレイシュカ (Белая медведица Малышка/Eisbärin Malyshka)
(2015年8月14日撮影 於 カザン市動物園)

ロシア国内の飼育下のホッキョクグマの血統は「アンデルマ/ウスラーダ系(カザン血統)」が主流となってしまっているわけで、これは過去10~15年においてロシアの動物園が次世代の飼育下のホッキョクグマの遺伝的多様性の維持について真剣に考えなくなってしまっていたということに理由があると思われます。ところが昨年後半あたりから欧州とのホッキョクグマの繁殖についての協力関係が急ピッチで動き出してからというものの、ロシアの動物園のホッキョクグマの次世代における血統の多様性の維持にロシア自体が大きな危機感をもって取り組んでいることがわかる動きが生じています。その一つとして私がロシア滞在中に報じられたのがカザン市動物園で飼育されている21歳の雌(メス)のホッキョクグマであリ現在はパートナーのいないマレイシュカに対して同園が人工授精 (Искусственное осеменение) を行うことを計画しているというニュースです。

マレイシュカは私も現地で実際に何度か会っていますが、四回の出産で四頭のホッキョクグマの出産・育児に成功している実績を持つ優秀なホッキョクグマです。2005年にクージャ(Кузйа - 個体番号1814)、2007年にプロメテイ(Прометей - 個体番号2890)、2009年にピリグリム(Пилигрим - 個体番号3018)、2012年にユムカ(Юмка - 個体番号3302)という4頭です。2015年にはチェリャビンスク動物園から野生出身のアルツィンが繁殖目的でカザン市動物園に短期間出張してきたわけですが、その時は繁殖の結果は出なかったわけです。


カザン市動物園のマレイシュカ (Белая медведица Малышка/Malyshka the Polar Bear)
(2015年8月14日撮影 於 カザン市動物園)

さて、その後もカザン市動物園はマレイシュカの繁殖のために雄(オス)の導入を狙っていたようなのですが、結局それは不可能でした。つまり「アンデルマ/ウスラーダ系(カザン血統)」以外の雄(オス)の導入ができなかったということを意味します。このマレイシュカはサンクトペテルブルクのウスラーダの妹ですから、パートナーは「アンデルマ/ウスラーダ系(カザン血統)」以外でなければならないわけです。ロシア国内を見わたしてみてこの血統以外で繁殖可能な年齢である雄(オス)はチェリャビンスク動物園のアルツィン、エカテリンブルク動物園のウムカ、ロストフ動物園のテルペイ(ヤクート)、イジェフスク動物園のアイオン、クラスノヤルスク動物園のフェリックスといった野生出身の雄の個体が候補になるわけですが、彼らには全てパートナーが存在しています。モスクワ動物園のウランゲリも野生出身ですが、彼は「アンデルマ/ウスラーダ系(カザン血統)」であるシモーナをパートナーにして繁殖に成功してきましたのでマレイシュカのパートナーになることは難しいわけです。
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マレイシュカ (Белая медведица/Eisbärin Malyshka)
(2015年8月14日撮影 於 カザン市動物園)

今回報じられているマレイシュカへの人工授精の計画ですが、これが実現するためにはドナーとなる雄(オス)はやはり上に挙げたアルツィン、ウムカ、アイオン、フェリックスの四頭くらいしかロシア国内には見当たらないということです。欧州の雄(オス)の個体ならば何頭かは有り得るでしょうが、果たして欧州個体からマレイシュカが精子の提供を受けることが可能かという問題があり、果たしてそこまで欧露間のホッキョクグマ繁殖に関する協力関係が深化しているかは疑問の余地があります。しかし欧州の雄(オス)の個体でドナーとなりうる最有力候補はイギリスのヨークシャー野生動物公園の現在18歳であるロストック系のヴィクトル(英語読みではヴィクター)ではないでしょうか。彼はオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園でフギースやフリーダムをパートナーとして12頭もの繁殖に成功しているわけで、それが理由で彼は繁殖スキームからの「引退」を余儀なくされてしまったという事情があるわけです。ロシア国内にロストック系の個体はいないわけで血統的にマレイシュカへの精子のドナーとなりうる非常に有力な個体であることは間違いありません。ただし欧州の繁殖計画(EEP)にはそれを担う(担っていた)個体群の範囲が決まっており、ヴィクトルはそれをすでに外れてはいるもののロシアの個体への精子のドナーとなることが可能なのかは欧露間のホッキョクグマ繁殖に関する協力関係がどれほどまでに深く進行してしているかを判断する試金石になると思われます。

つまり今回のニュースはマレイシュカへの人工授精が成功するかどうかよりも、いったいどの雄(オス)の個体がドナーとなるかのほうが興味があります。ホッキョクグマの繁殖で人工授精が成功した例は世界ではまだありません。中国が成功しているのではないかという説はあるものの、中国の施設はその具体的・科学的データを全く提示しておらず、中国がホッキョクグマの人工授精に成功しているという説には根拠がありません。

(資料)
Казанский зооботсад (Jun.29 2017 - Настоящее и будущее белых медведей в Казанском зооботсаду) (Jul.17 2017 - Получение потомства от самки белого медведя в Казани с помощью искусственного осеменения- это не фантастика)
Татар-информ (Aug.2 2017 - Белую медведицу Малышку из Казанского зоопарка планируют оплодотворить искусственно)
inkazan.ru (Aug.2 2017 - В Казанском зооботсаду намерены искусственно оплодотворить белую медведицу)

(過去関連投稿)
ロシア・カザン市動物園の「国際ホッキョクグマの日」のマレイシュカの姿 ~ 昨年末には出産に成功せず
ロシア・カザン市動物園に短期出張したアルツィンがチェリャビンスク動物園に帰還 ~ 行方不詳のユーコン
ロシア連邦・タタールスタン共和国 カザン市動物園の20歳のマレイシュカ、昨シーズンは出産ならず
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ロシア・カザン市動物園が誇る自園の雌(メス)の個体の高い「育児成功率」 ~ 根拠薄弱な数字の魔術

(*2011年9月 カザン市動物園訪問記)
カザン市動物園へ ~ 貧弱な飼育環境と大きな繁殖実績との間の巨大なパラドックス
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(*2015年8月 カザン市動物園訪問記)
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by polarbearmaniac | 2017-08-10 21:30 | Polarbearology

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