街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 09月 03日 ( 1 )

ロシア・イジェフスク動物園のドゥムカの幼年時代 ~ モスクワ動物園での「発達障害」の克服

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ドゥムカ (Белая медведица Думка/Eisbärin Dumka)
(2014年9月18日撮影 於 イジェフスク動物園)

ロシア連邦ウドムルト共和国のイジェフスク動物園(現在では公式にはウドムルト動物園 - Зоопарк Удмуртии)で暮らす野生出身の推定12歳の雌(メス)のドゥムカも知られざるホッキョクグマの一頭であると言えましょう。彼女はこれまでに二回の出産に成功しています。最初は2013年12月に産んだ雄(オス)のニッサン(現 イギリスのヨークシャー野生公園)、そして二回目は2015年11月に産んだ雄(オス)の双子であるシェールィとビェールィ(現 ハンガリー、ブダペスト動物園)です。この二度目の出産ではドゥムカは出産の約二カ月後に産室内で体調の不良を起こして母乳が出なくなったためにシェールィとビェールィは人工哺育となったという経緯がありました。私は2014年の秋にイジェフスク動物園を訪問しドゥムカとニッサンの親子に会っていますが、ドゥムカの豪放な育児に驚嘆してしまったことがありました。
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ドゥムカと息子のニッサン (Белая медведица Думка и медвежонок Ниссан)
(2014年9月18日撮影 於 イジェフスク動物園)


ドゥムカお母さんのニッサンへの授乳 - Dumka the polar bear is nursing Nissan, her male cub, at Izhevsk Zoo, Russia, on Sep.18 2014.

さて、このドゥムカが2016年1月に当時は一歳になっていた野生孤児としてチュクチ半島のビリングス (Биллингс) という寒村で保護された後にモスクワ動物園で同じ年の7月まで飼育されるようになった数か月の様子についてモスクワ動物園が報告書 ("Психологическая реабилитация детеныша белого медведя с нарушениями форми- рования поведения.") にまとめたものが公開されていますので、その内容を簡単にご紹介しておきます。それは実に興味深い報告です。
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ドゥムカ (Белая медведица Думка/Eisbärin Dumka)
(2014年9月18日撮影 於 イジェフスク動物園)

まず、ドゥムカが保護されたビリングスという村ではモスクワ動物園のスタッフが彼女を保護するために訪れたときにはすでに約一か月間、村民によって保護・飼育されていたそうです。そこからモスクワ動物園に移されたドゥムカですが、その直後から彼女の行動には通常の飼育下のホッキョクグマの幼年個体とはかなり異なる行動を示すことがモニターカメラの映像による観察によってわかったそうです。それをモスクワ動物園では "о серьезном отставании в психическом развитии" と表現していますが、これを「発達障害」と訳しておくことにします。この「発達障害」具体的な例について同園は、ドゥムカはプールには全く入らず、何種類もあるおもちゃにも全く興味を示さず、活魚にも関心を示さず、一日中座っているか寝ているかだけで、時々自分の腹を舐めているといった非常に奇妙な状態を示していたそうです。こういったドゥムカの状態に対してモスクワ動物園のスタッフは、彼女の外界からの刺激に対する反応の能力をチェックするために食べ物が隠されている紙袋や箱などを与えてみたそうですが、そういったことから判明したことは、彼女は姿を見せた飼育員さんの姿にだけ強い関心を示し、そして食べ物を乞うという態度を示すことが明らかになったそうです。そして食べ物についても甘いものにだけ興味を示すといった特異な嗜好を示したそうです。おそらくこの嗜好は村民が一か月間にわたって彼女を保護していた際に彼女に甘いものだけ与えていたからではないかという気がしますね。
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ドゥムカ (Белая медведица Думка/Eisbärin Dumka)
(2014年9月18日撮影 於 イジェフスク動物園)

さてドゥムカこのような状態は約一ヶ月もの間は、そう変化が無かったそうです。モスクワ動物園はドゥムカのこの状態を「発達障害」であると判断して彼女に特別なトレーニングとリハビリ ("Реабилитация") を行うことにしたそうです。飼育担当のエゴロフ氏が一週間に五回、毎日20~30分にわたって行ったその訓練について述べています。まずドゥムカのおもちゃへの関心を引くためにおもちゃの置かれた位置を変え、簡単に水に落下するようにプールぎりぎりのところにおもちゃを置いたそうです。また、おもちゃの手前の障害物を設置して彼女が迂回できないようにするといった工夫を行ったそうです。しかし長い時間ドゥムカはそういったおもちゃには興味を示さず、障害物に接近することも避けていたそうです。彼女の関心を引くために障害物を壊した状態にしておくなどの工夫も行ったそうです。粘り強い取り組みが行われたようです。甘いものだけに興味を示すといったドゥムカの嗜好を変えるために、少量のヨーグルトや蜂蜜を容器の底に注いでおいてその上に肉や魚、野菜といったものを盛り付けるという方法で給餌を行ったそうです。ドゥムカは最初の頃は容器の底の甘いものを最初に舐め、次に上に盛り付けてあった魚を少しだけ食べるといった状態だったようです。さらなる工夫が行われました。食べ物を彼女のいる檻の前で調理するといったものです。ドゥムカは<えエゴロフ氏の調理作業を興味を持って眺めるようになったそうです。こういった一連の工夫が行われると時にはエゴロフ氏は常にドゥムカに話しかけたそうです。彼女の飼育場を掃除すると時には、彼女を無理に別区画に移動させないということで行ったそうです。
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ドゥムカ (Белая медведица Думка/Eisbärin Dumka)
(2014年9月18日撮影 於 イジェフスク動物園)

こうしたことを粘り強く二ヵ月間行ったところドゥムカの行動には変化が見られました。プールの縁に置かれたために水に落下したおもちゃを追いかけてドゥムカはプールンに入るようになたつぉうです。さらに一か月後には彼女はプールで泳ぐことを修得し、そして水の中でもおもちゃ遊びも始めるようになったそうです。こうして約三ヶ月以上を要してドゥムカの「発達障害」は克服されたということだそうです。この報告書の原文のロシア語はなかなか難しいのですが、さすがにホッキョクグマ飼育に関して理論よりも実践を重視するアプローチを採るモスクワ動物園らしいと思いました。もっと細かい具体的な工夫もいくつか述べられていますが今回は省略します。

私が興味を持ったのは、こういった一連のリハビリの作業の過程で絶えず飼育員さんがホッキョクグマに話しかけながら行っているということです。これはロシア人とホッキョクグマとの間の特殊な関係を解くカギかもしれません。この報告の冒頭部分では以下のように述べられています。

幼年個体の離乳 (отъем) 時期が早いと種特有の行動の発達を阻害する可能性がある。- ("... что слишком ранний отъем от матери детенышей млекопитающих может приводить к нарушению онтогенеза (формирования) видоспецифического поведения. ")

この離乳時期については個体差があるように思います。ドゥムカの場合は生後一年で孤児になったわけですが、孤児となる前の生後約一年間を母親と過ごしたものの「発達障害」の症状を示していたわけです。となれば、飼育下で二年間強を母親と過ごさせてやることは根拠のあることだと思います。
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イジェフスク市街 (2014年9月18日撮影)

こうしてモスクワ動物園の飼育員さんの努力で「発達障害」を克服することのできたドゥムカは2008年9月からイジェフスク動物園で暮らしているということなのです。

(資料)
Егоров И.В. Психологическая реабилитация детеныша белого медведя с нарушениями форми- рования поведения. Статья из сборника «Научные исследования в зоологических парках», Выпуск 20, 2006 Московский зоологический парк.

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by polarbearmaniac | 2017-09-03 22:30 | Polarbearology

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